つのおねえさん
幼い子供というものは小さな体に核と見紛うほどの大量のエネルギーを詰め込んでいる。
おかげで小さな子供についていけるのは同じ年代の子供だけだ。
一度暴れ出すと大人ではとても手が付けられないが、幽霊となって疲労する体を失った少女はそれ以上だった。
肺や足を痛めること無く走り続け、彼岸花の花畑をどこまでも進んでいく。
これに対し、常日頃から運動不足であり、夏休み中にだらけまくっていた金森の身体は五分以上、小走りになることすら耐えられない。
膝と肺が悲鳴を上げ、酸素を吸い込むのですら鋭い痛みを感じるようになる。
重くて地を這いそうになる足を何度も上げ、少女を見失わないようにトロトロと駆けるので精一杯だった。
『今回も前回も走らされてばっかりじゃない! 私、体育では長距離走が一番嫌いなのに!!』
真っ赤に火照った口元から憂さ晴らしのように荒い息を吐く。
身体的な苦痛と共に怒りまで脳へせり上がってきて顔つきが険しくなった。
しかし、内心で文句を溢しつつも必死で少女を追うしかない。
涙目になりながら必死で走り続けていると、急に視界に飛び込む景色が色鮮やかになった。
変化に気が付いたのは、自分の背後の景色まで色彩豊かになった時だ。
たどり着いたのは、古びた小さな村だった。
コンクリートで蓋をされていない道は人々に踏み固められることで、かろうじて形を成している。
また、道の両脇からは好き放題に雑草が伸びていて地面の上にも進出しており、生命力の高さを見せつけていた。
村には一本、太い川が通っており、上流の方では大きな水車が設置されていてカラカラと音を立てながら回っている。
下流の方には洗濯をする女性も見られた。
似たような色合いの家屋が点々と建っている様子は物寂しいが、自然豊かで空気が澄んでおり、長閑な雰囲気だ。
電気すらも通っていないように思われる村は妙にファンタジー的で、都会の人間が老後に住みたいと憧れる田舎のようでもあった。
息も絶え絶えな金森だが、モノクロの花畑を抜け出し、自分以外の生命体が良そうな場所へ出ると安心して力が抜けた。
足取りがゆっくりになり、止まってしまいそうになる。
しかし少女は金森を無視して走り続け、真直ぐに一軒家へと向かった。
それから扉をドンドンと激しく叩いて、
「つのおねえさん、つのおねえさん、こんにちは! きょうは、おもだちをつれてきたよ!!」
と、大声で叫び出した。
勿論、肉体を持たぬ少女は息切れの一つも起こしていない。
満面の笑みで嬉しそうに叩き続けており、「ウェルカム! 幽霊の迷い子さん」と書かれたプレートがガンガンと揺れて扉を傷つけていた。
少女の姿はもはや無邪気を通り越して狂気だ。
彼女が扉を叩き続けること約五分後、家の中から、
「はーい、今開けるからドンドンはやめてねー」
という、おっとりとした女性の返事が返ってきて、ゆっくりと引き戸が開いた。
出てきたのは、こめかみの辺りからアンモナイトのような大きな巻き角を生やした女性だ。
女性は大きな胸に尻、そしてキュッとくびれた腰という抜群のスタイルを誇っているが、背は百五十センチ前半とやや低く、金森たちと同年代の幼い顔つきをしている。
また、腰まである長い黒髪は三つ編みに編まれており、トロンと眠そうな黒目を飾るのは銀縁の丸っこい眼鏡だ。
透き通る白い肌にパチリと長いまつ毛が愛らしい美女だが、堀が浅く、どことなく日本人を思わせる顔立ちをしている。
そのため、角を生やした明らかな人外であっても妙に親しみやすく感じられた。
「ゆうちゃん、まだ成仏してなかったんだ。もう、とっくに成仏したと思っていたのに。ゆうちゃんはちっちゃい子供だから、悪いお化けさんになりやすいんだよ? 早く成仏した方が良いよ」
気だるげな声でムニャムニャと話すと大きな欠伸をする。
おそらく、昼寝をしている間に珍客が現れたので大急ぎで支度をして出てきたのだろう。
二本の三つ編みからはモサモサと寝癖がはみ出しており、後れ毛が目立つ。
おまけに、皺の目立つセーラー服も前についているチャックを上げきっていないせいで隙間からチラチラと胸元の肌や下着を覗かせている。
また、胸が豊満であるせいでバインと揺らすたびにチャックが更に開きそうになっており、気だるげで妙に扇情的な、幼子の教育に悪い姿をしていた。
おっとり、のんびりとした口調の女性に少女はムッと口を尖らせる
顎に寄った皺が実に不満そうだ。
「つのおねえちゃんのいうこと、むずかしくてわかんない。じょうぶつ、わかんない! こわいのやだ!!」
ウルウルと涙を溜め、嫌だ、嫌だと地団太を踏む。
女性は暴れる少女を落ち着かせようと頭を撫で、
「成仏は怖くないよ。ところで、今日はどうしたの? 遊びに来たの?」
と、優しい声で語りかけた。
しかし効果は薄かったようで少女はポコポコと怒ったままだ。
「もう! さっきいったのに! おともだちをつれてきたんだよ! ひびきおねえさん! おばけなかまなの!!」
目元と顔全体を真っ赤に染めた少女が怒鳴った瞬間、トロンと重そうだった女性の瞼がカッと見開いた。
「え!? おばっ!? 故人!? どうやって連れてきたの!? お友達はどこ!!」
大慌てでキョロキョロと辺りを見回していると、すっかり疲労困憊となった金森がノロノロと失速した駆けを見せながら二人の元へとやって来た。
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