ラブコメ風味の黒歴史
まずは雑貨店で事前に購入の予定を立てていた可愛らしいクッションやブランケット、そしてブラッドナイトが妙に気に入った縦に長いネズミのぬいぐるみなどを購入する。
そして、その次に向かったペットショップでは短毛用のブラシや爪とぎ、窓に設置するタイプのハンモックなどを購入した。
商品を眺めている内に予定外の物も購入しなければならなくなったが、ある程度は事前に計画を立てていたわけであるし、猫によって好みの分かれる物はブラッドナイト本人に選ばせればよいので、買い物は比較的スムーズに進んだ。
傾きかけてもギラついたままの太陽を背に、三人は徒歩で赤崎宅へと向かう。
赤崎は愛用の自転車である「風切丸」のカゴに、荷物の中でも特に大きくて重い爪とぎやハンモックを入れ、ハンドルには細々した商品の入った買い物袋を引っ掛けて歩いた。
肩には、いつも通りブラッドナイトが乗っており、器用に丸まって居眠りをしている。
「お買い物で疲れちゃったのかしら? 可愛いわね」
金森がフサフサな耳をちょんとつつくと、ブラッドナイトはビシビシビシッと数度、耳の先を振動させ、顔を腹に埋めて隠してしまった。
甘えたい時には他人の邪魔すら厭わないブラッドナイトだが、気分でない時に構われるのは気に食わないらしい。
一部始終を見ていた赤崎は呆れて苦笑いを浮かべた。
「ブラッドナイトは本当に気まぐれだな。少し前までは妙に可愛い声を出していたくせに。孤高な闇に選ばれしナイトの相棒とは思えんぞ。全く」
胸元に垂れて不機嫌に揺れる尻尾を摘まめば、ビチビチビチッと動いて脱出し、鞭のようにしなってビシッと赤崎の指先を弾く。
金森につつかれぬよう両耳を前足で隠し、赤崎につままれぬよう尻尾も腹の下にしまい込むと完全防備の姿、ごめん寝になった。
「いいじゃない。猫らしくて可愛いし」
「猫……いや、ブラッドナイトは正確には猫じゃないが一部は猫らしいからな。う~む」
「アンタは、また面倒くさいことを。いちいち難しく考えなくてもいいじゃない。通常よりも賢い不思議な猫ちゃん。それがブラッドナイトよ」
金森が高らかに宣言すると、同調するようにブラッドナイトも甲高く鳴いた。
しかし、赤崎は「ふむ……」と納得のいかない表情を浮かべている。
頭の中はブラッドナイトに関する考察でいっぱいなのだろう。
真直ぐだった車輪がぐらぐらと蛇行運転を始め、ハンドルにかかっている買い物袋もユラユラと大きく揺れ出した。
このままでは袋が前輪に巻き込まれ、中身もろともグシャグシャに破壊されてしまう。
「全く、本当に赤崎は難しく考えることが好きね。そんなに考えたいなら考えてても良いけど、荷物には注意を向けなさいな。ブーちゃんのおやつがグッチャグチャになっちゃうわよ」
金森は放置すれば悲惨な目に遭うことが確定している買い物袋に目を向けると、
「ほら、そっちのヤツは持ってあげるから貸しなさいな」
と、右手を差し出した。
「おお! 悪いな、金森響。そうだ、どうせならこっちを持ってくれ」
金森の声で思想の世界から現実の世界に戻って来た赤崎は、大分傾いていた自転車を真直ぐに戻すと、前輪に巻き込まれそうになっていた方とは反対側の買い物袋を手に取った。
ポンと手渡された袋には可愛らしいグッズばかりが詰め込まれている。
だが、商品自体は綺麗にラッピングされており袋自体にも色がついていたため、他人に購入物を見られる心配はない。
まあ、あえて言うのならば、桃色の袋には可愛らしいクマのイラストがデカデカと印刷されていて、妙に愛らしい雰囲気ではあったが。
「持ってるだけで恥ずかしいの? 別に他人からは中身なんて見えないし、見えたところで、多分、誰も気にしないわよ。普段は可愛い子ぶるくせに変なところで恥ずかしがるわよね、赤崎は」
金森がうんざりとした口調でヤレヤレと首を振ると、赤崎はムッと唇を尖らせた。
「うるさいぞ、金森響。照れるものは照れるのだ。この手のものは俺の趣味ではないしな。というか、俺がヘアピンつける度に可愛い子ぶるだのと不名誉な評価を与えるのはやめろ! 格好つけたことはあるが、可愛い子ぶったことは無いぞ! 俺は!!」
「な~に言ってんのよ。あんな色とりどりのヘアピンつけてキュルンキュルンしてたら可愛い子ぶりっこよ! 料理する時はバンダナまで頭に巻いてたし。上から可愛いヘアピンをするなんてぶりっ子の極みよ! 見損なったわ! 赤崎怜!!」
清川や守護者はおろか、赤崎のヘアピンを見た者の内、誰一人として彼のヘアピンを可愛い子ぶりっこだと判定する者はいなかったが、何故か金森だけは頑なに糾弾し続けている。
いっそのこと大好きなのではないだろうか?
たくさんヘアピンをつけているイケメンが。
そのことを証拠づけるかのように金森は、
「じゃあ、響ちゃんには、ヘアピンをたくさんつけてる怜君が、かわいく見えてるの?」
と清川に純粋な目で問われ、ぐうの音も出ずに黙りこくった挙句、逃げ出したという過去がある。
「あれは料理に髪の毛が入らぬよう配慮したのだ。それに、可愛いも何も色がついてるだけのアメピンだろうが! 黒い髪に合わせるのだぞ!? カラフルな方がゴージャスだし目立つし良いだろうが!! 大体、いつも思っていたが、俺は可愛い系ではなく格好良い系だ! 非常に高い顔面偏差値を誇るイケメンの顔をよく見、綺麗に通る美声をよく聞け! この愚か者!!」
可愛さは格好良さで対抗するスタイルのようだ。
なんだかズレている上に、結構イタいぞ、赤崎。
一方にケンカを売られれば、もう一方が必ずそれを買い、揚げ足を取り合ってヒートアップしていく。
そんな厄介な彼女たちを止めるのは、友人の清川か守護者であることが多い。
だが、今はそのどちらもおらず、ブラッドナイトは我関せずといった様子で耳をパタパタさせるのみだ。
しょうもない小競り合いが発展した結果、殴り合いの大喧嘩になる! ということは流石になかったが、代わりに、
「大体、人見知りでテンパりやすい性格をしているくせに変なところで格好つけるから、雑貨屋で、あんなに恥ずかしいことになったんでしょう! どうしてくれんのよ! 私たち、付き合ってるみたいになったじゃない!」
と、脳の奥に埋めておいたはずの出来立てほやほやの黒歴史を掘り起こし、互いの地雷を勢いよく踏み抜いてしまった。
青春系黒歴史確定イベントを生み出したのは雑貨店での会計時のことだ。
雑貨店の主に女性をターゲットとした可愛らしい雰囲気の内装は、赤崎の羞恥心をグサグサと刺し、いたたまれない気分にさせる。
隣に金森がいるという事実に頼もしさを感じつつ、真っ赤な顔で商品を買い物かごに入れていった赤崎だったが、どうしても一人きりで会計をすることができず、レジにも彼女を連れて行った。
ずっと居心地悪そうにモジモジしているものの、お会計時にはスッと財布を取り出す赤崎と、ひっそりブラッドナイトと戯れて楽しそうに笑う金森。
ブラッドナイトの姿は基本的には人間には見えないため、金森が赤崎にちょっかいをかけているようにしか見えず、店員の女性にはショッピングに付き合わされている照れ屋な彼氏と悪戯っ子な彼女のように映っていた。
店員歴十年、土、日、祝に積極的にレジに入って仕事をしてきた彼女の趣味は、店に訪れるかわいいカップルを眺めて心を潤すことである。
店内に客が少なく暇だったことも相まって、彼女は、
「あらあら、可愛い彼女さんね。これ、彼女さんへのプレゼント? 素敵ね~」
と、無邪気に話しかけた。
これに対し、金森は話が飲み込めなくて一瞬だけ固まったが、すぐに苦笑いを浮かべて、
「違いますよ、一人じゃ恥ずかしいって言うので、買い物に付き合ってあげてるんです」
と、赤崎の代わりに否定しようとしたのだが、金森が口を開くのよりも先にすっかりテンパった彼が「はい」と肯定の言葉を滑らせてしまった。
「はぁ!? 『はい』じゃないでしょうが! 私、赤崎の彼女じゃないですよ」
ギョッとした金森が慌てて訂正するも、女性は、
「恥ずかしがらなくてもいいのに。ふふ、お姉さん、彼氏さんが彼女さんの手をギュって引っ張っているのを見たわよ。初々しくて可愛らしいわね。大丈夫よ、他の人に言いふらしたりしないから」
と余裕たっぷりに笑うばかりで、まともに話を聞いてくれない。
一人で誤解を解くのは無理だ! と判断した金森が即座に赤崎の方を見るのだが、彼は真っ赤な顔で「はい」と頷くばかりである。
というか、ショートした挙句に真っ白になった頭ではろくに考え事ができず、「はい」という返事以外はできなくなっていた。
「それにしても、お兄さんも格好良いけれど彼女さんも可愛いわね~、お人形さんみたいで。スタイルも良いし、美男美女カップルねぇ。ちゃんと可愛いって言ってあげてる? 付き合った後も愛情を示すと長続きするわよ」
「はい」
「それにしても、彼女さんの制服、水晶高校の生徒さん? いいわね~、青春な感じで。放課後もデートとかしてるの?」
「はい」
結局、赤崎は店員の全ての言葉に真っ赤な顔で汗を流しながら頷き続け、最終的には、
「彼女さんのこと、大切にするのよ。彼女さんも彼氏さんのことを大事にね」
という言葉に、
「はい、大切にします」
と、しっかり返事をしてしまう始末だ。
金森の方も今更口を挟めず、二人揃って真っ赤な顔で退店することとなり、その後ペットショップに着くまでは一言も口をきけなかった。
金森は付き合ってる「みたい」になったと言っていたが、赤崎による致命的な失敗の連続により、店員にとっては、二人は付き合っていることになっている。
基本的に金森は例の雑貨店に行かないし、赤崎の方も特別な事情がなければ可愛らしい雑貨店には立ち寄らない。
この先の人生で例の店員に接触することも無いだろう。
今日の出来事が二人の人生に何らかの影響を与えてくるわけではない。
だが、そういう問題ではないのだ。
雑貨屋でのことは無かったことにしよう! な! と、示し合わせたわけではないが、二人とも今日のことは闇に葬り去ろうと心に誓っていた。
そうだというのに、なぜアッサリと黒歴史を口にしてしまったのか。
後先考えない女、金森響。
彼女はキレ気味であり、バフがかかったような状態になっているため怒りを貫き通しているが、赤崎の方は一瞬で出来事を思い出し、真っ赤になって口をパクパクさせたまま固まった。
彼の中では、走馬灯のように数時間前の出来事が脳内で駆け巡り、同時にその時の感情と緊張感まで思い起こされてしまう。
何故あの時、全肯定してしまったのか。
後悔と羞恥心が激しく胸に押し寄せて、無駄に身体に溜まり始めたエネルギーが赤崎に競歩を促す。
そして、激しく動揺する赤崎の姿を見て金森にも照れが移ってしまい、彼女も同じように真っ赤になって競歩を始めた。
赤崎のアパートに着くまでの数分間、二人は終始無言だった。
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