自堕落金森とMOTIN
カレンダーがペラリと捲られ、七月から八月へと切り替わる。
初夏の時点でかなり蒸し暑く、早めの夏本番が来たか!? などと冗談半分に笑っていた金森響だが、暑がりな彼女は本物の夏本番にすっかりとやられてしまった。
金髪を緩く一つに括り、薄いキャミソール一枚と綺麗な太ももをさらけ出す非常に丈の短い部屋着ズボンを一枚のみ身に着けるという、だらしのない格好が家でのデフォルトとなり、主な生息域が水風呂かクーラーの効いた自室となった。
そして、バイトの日以外は外出することを拒み、定期的に更新されるSNSを眺めたり、無料の動画投稿サイトMotiTubeを眺めたり、友人から勧めてもらったアプリゲームで遊んだりする自堕落な日々を過ごしている。
初めの頃は快適な生活に幸福を覚えていたのだが、生来、暇なことが嫌いで飽き性な彼女は優雅な引きこもり生活に嫌気が差し始めていた。
『近所のコンビニにでも行こうかしら。でも、外はあっついのよね。別に欲しい物も無いし。あー、でも、このまま家に居るのもなぁ……』
彼氏とキャンプに行き、焼きマシュマロを頬張っている友人をSNS越しに眺めていると、妙に焼きマシュマロ欲が増す。
三時のおやつと言うには大分早い時間だが、金森が人知れず腹を鳴らしているとスマートフォンが軽快な通知音を鳴らした。
メッセージアプリであるMOTINの通知をタップすると、友人である清川藍からのメッセージが画面に表示された。
『今度、守護者さんがハンバーグを作ってくれることになったんだ! 楽しみ!!』
近いうちに材料も買いに行くらしい。
たった数行の簡素な文字列だが、ウキウキとした清川の心が伝わって来て金森は自然と笑みを溢していた。
『ハンバーグかぁ。いいね、私も食べたくなってきちゃった。今週末は私もハンバーグにしようかな』
友人からの癒しのMOTINにほっこりしつつ、ジューシーで柔らかな肉塊に思いを馳せる。
本格的に腹を空かし始め、今夜はどのような料理が晩御飯として出されるのか、ここ最近の母親の買い物を含めて考察を重ねていると、再び軽快な通知音が鳴った。
『誰だろ? ゲッ! 赤崎!? 面倒くさいわね……』
赤崎も大切な友人なのだからそんなに嫌がらなくてもいいだろうに、金森はあからさまに眉間に皺を寄せると面倒くさそうに通知をタップした。
清川からのメッセージと同様にいくつかのメッセージと画像が送られてきたのだが、金森は赤崎の自室を撮影したと思われる写真をタップして目を丸くした。
床には数冊の本と千切れた紙やティッシュペーパー、綿が散乱しており、空き巣にでも入られたかのように荒れていたからだ。
『どうしたの? 滅茶苦茶散らかってるじゃない! 私の部屋より大変なことになってるわよ。赤崎、お片付けできない系だったのね。意外だわ。あ、言っとくけど部屋の片づけは手伝わないわよ』
室内の惨状に金森が呆れ笑いを浮かべながら返信をすると、
『何を!? 俺は闇に選ばれているのだぞ!? 闇に選ばれたナイトなんだぞ!? キチンとお片付けくらいできるに決まっているだろう! 部屋だって、とっくに片付けているしな! 俺が相棒たる金森響に依頼したいことは掃除ではない。お買い物のお誘いだ! 今から俺の優れた頭脳により簡潔に事情を説明してやるから、少し待っていろ』
といった調子で、赤崎が長文のメッセージを送りつけてきた。
画面越しに偉そうに腕を組んでドヤ顔をしている赤崎の姿が伝わり、イラっとした金森は衝動に身を任せて、猫が地団太を踏み「早く!」と叫んでいるスタンプを送信しまくる。
いわゆるスタ爆攻撃に晒された赤崎は、
『わっ! ちょっと待て! 待てってば! おい! せっかち過ぎるぞ!!』
と、大慌てした後、アニメキャラクターと思しき男性が両手をこちらに差し出して、「落ち着け!!」と宥めているスタンプを送信しまくって応戦してきた。
画面の高速連打による白熱のスタ爆合戦が始まる。
互いに一歩も引かぬ争いの中、二人の指はほぼ同時に限界を迎え、一時休戦となった。
金森が肩で息をしながら麦茶を飲んで休憩している隙に、赤崎が素早く長文メッセージを送りつける。
そこには、最近ブラッドナイトが部屋で暴れ、おもちゃ等を壊しまくっている事が書かれていた。
クッションなどと戦い、狩りの練習をするブラッドナイトの姿は勇ましく見え、初めの頃は歓迎していたのだが、いくつものおもちゃを修復不可能な状態にまで壊されてしまい、とうとう供給が追い付かなくなってしまった。
そして、ブラッドナイトが赤崎の腹をトランポリンにしたり、髪の毛を相手に格闘し出したりするのは、おもちゃがなくなった時なのだという。
部屋を荒らされるのは仕方がないにしても、夜中に格闘を挑まれて眠れなくなったり、日々の勉強や研究を邪魔されたりするのはかなりキツイものがある。
そのため、ペットショップなどを巡って猫用の玩具や耐久性のある物などを買いたいのだという。
『それに、相棒のためのチグラっぽいものとかも必要だからな。やはり、相棒の生活環境は整えねば!!』
何故か、この一文に強い熱意を感じる。
ストレス云々の話も嘘ではないのだろうが、単純に相棒のために猫グッズを買いたい! というのが大きいのかもしれない。
『経緯は分かったけれど、どうして私が一緒に買い物をする必要があるの? 荷物持ち? それとも、どんなグッズを買えばいいのか相談したいとか? 私、猫飼ったこと無いから詳しいことは分からないわよ』
『いや、流石に金森響を荷物持ちにはしない。それに、ブラッドナイトは猫ではないからな。食事は俺と同じものをとるし、尻尾を使ってペットボトルの蓋も開けられるから、食事用の器などは必要なかったりと、何かと要らないものが多い。恐らくだが、身動きが取れないほどの荷物にはならないと思うぞ』
それならば何故、金森が赤崎の予定に付き合わなければならないのか。
金森が画面の前で訝しげに眉根を寄せていると、再び赤崎から複数の画像が送られてきた。
写真はファンシーな雑貨店のサイトの商品ページをスクリーンショットしたもので、猫柄で埋め尽くされた可愛らしいパステルレッドのクッションやブランケットが写っていた。
その他にも、可愛らしい蹴りぐるみなどが写っている。
赤崎が言うには、行き当たりばったりな買い物をしないためにも、事前にブラッドナイトに欲しい商品はないか確認をとっていたらしい。
その際に雑貨屋やペットショップの商品画像を見せていたのだが、その中でもブラッドナイトが所望した商品が、たった今送られてきた画像の品々だった。
『へえ、可愛くていいじゃない。可愛いブーちゃんにも似合いそう』
ハートを浮かべている猫のスタンプを送れば、「……」と、なんとも言えない複雑な表情をしたアニメキャラクターのスタンプが返ってくる。
『可愛いのが問題なのだ。いや、ブラッドナイトの趣味が可愛らしいのが問題なのではなくてだな、この俺が、可愛らしい品々を購入するのが問題なのだ。これらを持って、店員さんのところに行ける気がしない』
赤崎怜は気合の入った中二病患者だ。
両手両足に包帯を巻いて校則違反を繰り返した制服を着用し、挙句に人目もはばからず痛々しい言動、行動を繰り返して新学期早々に教室どころか学校中の注目を集め、密かにハブられた凄い男性である。
人見知りをする性格なので、初対面の人間と会話をすると場合によっては著しく緊張してしまうことがあるが、基本的に態度は堂々としているし、不特定多数から集まる視線には動じないタイプだ。
そのため、変わった趣味に基づく派手な服装をして周囲から好奇の視線を集めてしまった時も平然としていた。
一人で特撮ショーに行くこともギリギリ可能であるし、堂々と子供用のおもちゃ売り場を闊歩することやアーケードゲームを遊びつくすこともできる。
だが、そんな赤崎でも可愛らしい物は一人で購入できないらしい。
『少し意外だわ。赤崎なら平気で可愛い物も買いそうなのに』
赤崎って羞恥心あったんだなぁ、と金森が失礼な感想を抱いていると、再度お出かけを依頼するメッセージが飛んでくる。
何だかんだと文句をつけつつ、暇を持て余した金森だ。
結局、彼女は赤崎と共にショッピングに出かけることにした。
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