6,78-3
「佐伯、妖刀って、人を操ったりするのか?」
リビングのソファーでは、佐伯が寝ころびながら本を読んでいる。
「それは、割と現代風のイメージね。そういうイメージがあるってことは、そういう妖刀もいるんでしょうけど」
「今回は、どうなんだ?」
「そうね、まだ何とも言えないわ。まあ、空を飛んで人を切るのは、北の方の妖刀。それがこんなところまで来たんだから、変異していても不自然じゃない。ってところよ」
「へぇ……」
どちらもありうる、そういう事だと、三澤は受け取った。
「まあ、操る意味も薄いし、そんなことはしないと思うけど」
「……確かに、一人で飛んで人を切れるなら、人を操る必要もないか」
「ところで、妖刀、調べてたの?」
「まあ、うん」
ループについては、言わないほうがいいと、三澤派は判断した。
「奇遇ね。それと、朗報よ。今日、そいつに会えるかもしれない」
「ほんと?」
「ええ」
それから、三澤が前回聞いたものとほぼ同じ説明を佐伯は語った。
「明日、十時に出発よ」
「わかった。じゃあ、今日はもう寝るよ」
三澤は佐伯にそう言い残し、自分の部屋に入る。
――十時から例の廃墟に向かうと、そこにはすでに死体があった。ならさらに早く廃墟に向かい、死体があるのか確かめるべきだ。
部屋の窓を開け、飛び降りる。三澤の部屋は二階にあるが、それぐらいなら問題はない。多少、膝に来るものはあるが。
歩くたびに違和感を感じながら、それでも歩く。
そして、三澤は走り、できる限り急いで例の屋敷へと戻って来た。
前回は二人だったから、門を破壊することになったが、一人ならその必要はない。
「……あった」
前回から三澤が目星をつけていた、塀の近くに生えていた木。ジャンプし、その木を蹴る。その勢いで壁へと飛び、さらに壁を蹴る。それを何度か繰り返すと、塀の上へと辿り着いた。パルクールのような動き、だがこの場だと、それは忍者を連想させる。
三澤の足の裏からは血が流れている。木で切ってしまったのだろう。三澤は気にせず駆ける。
暗い空の下、和風の屋敷へと向かう。前回は日中で、三澤は気に留めなかったが、こうして見ると、かなり雰囲気のある屋敷だ。妖怪の一つや二つ、出てきても不思議じゃない。
部屋の位置は覚えている。ここで死体がなければ、妖刀が来るまでそこで待っていればいい。それで、妖刀事件は解決だ。
――おそらく、木原さんは妖刀に操られ、人を殺してしまったことを悔やみ、それによって時間を巻き戻してしまった。ということだろう。
部屋のふすまを開ける。
——死体は、前回と全く同じ様子で、そこにあった。
「……知ってた」
玄関を蹴破った時点で、強烈な臭いが鼻を刺した。その時点で、三澤は漠然と察していた。
――まあいい。プラン変更だ。
木原さんに誰も殺させない。そのことを目標にして動こう。
木原さん一人では、妖刀から逃げきることは出来なかったらしい。なら、俺と佐伯で護衛しよう。
ぼんやりと歩きながら、三澤は屋敷の外に出る。
落ち着くと、切った足裏が痛む。
壁をよじ登り、二階の窓から帰宅する。まだ空は暗い。時計を見ると、時刻は午前三時。いつもより一時間ほど早くはあるが、三澤は眠ることにした。
「お帰りなさい、三澤くん」
暗闇の中、浮かび上がる黒い髪。
佐伯は部屋の中央に座り込んでいる。
「……ばれてた?」
「案外気にしてるのよ、あなたのこと」
「うん、ありがとう」
この後文句は言われるだろうが、三澤にはそんなことはどうでもよくなった。
「で、どうだったの?」
「張り込んどくつもりだったけど、もう死体があった」
「そう……困ったわね」
佐伯は目を伏せ、考え事を始める。
「一応、次の目星はついているんだけど」
「……聞かせて」
「たぶん、ここ」
三澤は携帯で地図を開き、佐伯の方に向ける。
木原が住んでいるであろう地域の廃墟。死体を置きに来るのなら、ここだろう。
「根拠は?」
「俺、実は今日が三度目で、前回はこの近くに住んでいる人が妖刀に操られた」
「? ……あ、うん」
――ちょっと、唐突すぎたかもしれない。だが、突拍子もないことではないことは、佐伯も十分理解していた。
木原は妖刀に操られたと決まったわけでは無いが、理由としては、それが一番自然だろう。
「——という経緯で」
「なるほど、いろいろと文句は言いたいけど、対処が先よね」
「わかってる。なんとかしよう」
「それじゃあ早速……でもその位置だと、あそこからは少し遠いわね」
「あそこって?」
「塞上の敷地の裏山に、底なし沼があるの」
三澤は底なし沼の実在に驚いたが、実際に底なしかどうかはこの場合にはあまり関係ないことを思い出した。
「伝承、だったか」
「そう。山に捨てても川に捨てても戻ってくる妖刀は、神のお告げの通りに底なし沼へと捨てると、二度と戻ってくることはなかった」
「なるほど」
普通にやれば、二人そろっていても丸一日はかかるかもしれないと、三澤は予測した。なら、少し体を張らなければ。
「——ストロングスタイルね。大丈夫?」
「大丈夫。痛いだけだから」
「だめ……いや、問題ないわ」
三澤が平然と話す作戦は、とても正気の物とは思えなかった。佐伯がそれを否定できなかったのは、単に三澤の意思を尊重したという、それだけの話だ。
——妖刀と出会える時間にもよるのだが、今日が終わるまでに、片を付けれればいいのだが。
遠くでけたたましいサイレンが鳴り響く。
——そういえば、火事があったとかニュースで言っていたような気がする。
「……ん?」
――何か引っかかる。何かを見落としているような、そんな気が……。
「——あ」
そうだ。もしもそうなら、全てに説明がつく。
推論は立てた。あとは確かめるだけだ。
「ちょっと、出かけてくる。調べものができた。」
言うと同時に、三澤は勢いよく立ち上がる。あれほど痛みを主張していた足裏の傷はすでに治っている。
「ありがとう。じゃあ、また」
穏やかな表情のまま、三澤は玄関を開く。
三澤は町を駆ける。今度は靴を履いているからか、足は先程よりも活発に回っている。
目標は、木原が住んでいる場所の近くの廃墟。
一息で線路を飛び越える。駅の更に向こう、普段三澤が訪れないようなエリアに、その廃墟は佇んでいた。
それほど大きなものでもない、普通の一軒家。異質なのは、それが異常に寂れていることぐらいか。だが、廃墟としてみれば、それも平均的なものだ。
策を飛び越え、三澤は躊躇なく窓を蹴破る。
「ああ、やっぱり」
刺すような血の匂い。床を侵食する一面の赤。それを見ながら、三澤は心から安心していた。
「……よかった」
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