4,78-2

 7月8日。

 三澤にとっては二度目の日付。


 ――さて、まずは状況を整理しよう。

 俺は7月8日を繰り返している。ここに関しては2度目だから断定はできない。

 俺以外の人間の記憶は軒並み消えている。そうでないなら、今頃SNSは大騒ぎになっているはずだ。

 根拠は無いが、おそらく12時の時点で時間が巻き戻るのだろう。

 次に、原因。これに関してはもう慣れたことだ。

 何者かが起こした超常現象だろう。

 これは言い伝えの受け売りで、しかも仮説。要は、何の根拠もない言説なのだが、この世には人間には知覚できないどころか、どうやっても観測できない粒子が存在していて、人間はそれを操ることができるらしい。

 知覚は出来ないが、操ることは出来る。つまりは無意識だ。

 誰かの無意識が時を巻き戻した、ということだろう。

 まず疑うのは、俺だろう。なんせ、俺だけが時間を巻き戻されたわけだから。

 時間を巻き戻すことから、まず一番に連想されるのは、明日が来てほしくないという思いだろう。むしろ、それ以外には思いつかない。

 だとすれば、俺が原因の可能性は低いだろう。無意識だから断言はできないが、そこまで強い感情を抱く根拠がない。超常現象を起こしてしまうような強い感情なら、ある程度は自覚できるはずだ。

 なら次に疑うべきは、俺と親しい人間。佐伯だ。

 佐伯は昨日、殺人鬼を追いかけていたはずだ。もし仮にそれが失敗したとしたら……ああ見えて、佐伯は負けず嫌いなところがある。根拠としては少し弱いが、試してみる価値はあるだろう。


 思考にある程度片が付いた三澤はリビングへと出て、テレビの電源を付ける。


「今朝未明、瀬戸内駅前で大規模な火災が発生し……」


 ニュースでは前回と同じく、今朝の火事が報道されている。

 ——軽傷20名。死亡、0名。

 おかしい。俺の記憶がおかしいのか。俺の記憶では確か、昨日は死者2名と報道されていたはずだ。


「どうしたの。そんな真剣に見つめて」


 佐伯は眠そうに目を擦りながら本のページをめくる。


「いや……物騒だなって」

「何をいまさら、ずっと物騒じゃない」

「それはそうだけど……」


 三澤の脳にはどうも引っかかっていた。もしこの1日が何度も続くようなら、いずれ実験してみよう。


「やっぱり――気になる?」

「気になるって?」


 佐伯は本から目を離し、上目遣いで三澤の方を見る。


「……例の殺人鬼よ」

「ああ、何かわかった?」


 ――話がいい感じの方角に勝手に傾いてくれた。これはありがたい。時間を繰り返していることは、出来る限り伏せておきたい。


「次、人が殺されそうな場所がわかったの」

「それは?」


 ――だとすれば昨日の時点で犯人にたどり着いていそうなものだが。だとすれば、今日に心残りなどないはず。

 いや、昨日じゃないな。今日だ。結論を出すのは、実際に見てからでも遅くないだろう。


「今から行こうと思うの」


 佐伯はそう言って、柔らかな灰色の瞳を三澤の方へと向ける。

 黒よりの灰色の瞳は、今にも水滴を地面にこぼしそうな空を連想させる。


「……俺も、付いて行っていい?」

 

 佐伯は見開いた目をすぐに伏せた。その時わずかに頬が緩んだのを、三澤は知る由もない。


「……10時ちょうどに出発するから」





 時刻は10時ジャスト。二人は玄関を開いた。

 佐伯の私生活はいろいろと杜撰ではあるが、時間だけはきっちりと守る。


「まず、今までの殺人は4件」


 曇り空の下を、並んで歩く。


「どれも人気のない廃墟で、人がバラバラになっている」

「そう、犯行はどれも日曜日。廃墟はすべてこの街の物で、毎回違う廃墟。だとすると、この街の廃墟は残り一つ。そこで待つのよ」

「警察は、そこに目を付けてないのか?」

「地図に載って無い廃墟だもの。——塞条さいじょうの敷地。あそこ、今は廃墟だと思うのよ」


 ――確か、例の吸血鬼にやられた一族だったか。


「地図に無いなら、犯人も来ないんじゃないか?」

「来るわ」


 ――この連続殺人の一番の異常性はその残虐性ではなく、犯人を示す証拠が異常なほどに残っていないということだ。

 埃の溜まった部屋に残るのは、被害者の足跡のみ。髪の毛一本たりとも残っていない。

 

「つまり、そういう事か」

「まあ、そうね。一応、覚悟はしておいて」


 佐伯は平坦な口調のまま、そんな意味合いのことを言う。


「……ミステリーみたいに、理屈が通じたらいいのだけれど」

「だよな」


 いつもよりほんの少し活気のある住宅街を抜け、二人は田畑に覆われた地帯に出る。

 そのさらに先、途方もない規模の塀と、その中央に漠然と佇む門が視界に入る。それはどこかで見た寺社仏閣の入り口を連想させるような景色だった。


「どうするよ、これ」


 当然のことながら、門は固く閉ざされている。塀も高く、よじ登れるような高さではない。


「壊せる? 三澤くん」

「……了解」


 三澤は助走を十分につけ、最高速度で跳ぶ。

 地面を蹴った両足を、揃えたまま前に突き出す。

 いわゆるドロップキックのような姿勢で、足を門へと突き立てる。


「お、うおぉ」


 結論として、門は破壊された。

 だが門に突き立てた足はそのまま突き刺さった。足が動かないのだから、着地できるわけもなく、三澤は頭から地面に墜落した。

 視界が白に包まれる。

 どこか遠のいていく。

 ――気がした。


「……あら」


 飛びかけていた意識は現実に引き戻される。

 三澤でなければ即死していたところだ。

 

「今のは、かなり間抜けた死にざまだったわよ」

「ああ、死にざとかいいから、助けて」

「口までま抜けじゃない」


 まあまあ、死にざまとかいいから――。

 今のはなかなか冴えた返しだったんじゃないだろうか。などと三澤が考えているうちに、佐伯に引っ張られ、足を穴から引き抜く。

 その穴の周囲を蹴り、更に削る。


「通れるか、これぐらいやれば」

「そうね」


 穴を抜けると、先には武家屋敷のようなものが見えた。その周囲は竹林に取り囲まれている。

 

「言ってた廃墟って、あれか」

「今はね。――少し、怪しいけど」


 佐伯の言葉は後半に向けて、しぼんでいった。自信満々ではあったが、確信には至っていないという様子だ。

 確かに、目の前の武家屋敷はとても廃墟には見えないほど立派なのもだ。住民が居なくなってからおよそ2か月。それが廃墟扱いになるかは、怪しいところだろう。


「待っていれば、いずれ来るはず。とりあえず、散策としましょう」


 玄関を蹴破り、土足のまま室内に上がる。

 三澤にとっては物を壊すことより、土足で床を踏むことの方が罪悪感が大きかった。


「まあ、どうせ朽ちるだけだし」


 二人並び、廊下を歩く。

 視界に入ったふすまはすべて開き、部屋という部屋を覗いた。

 その中の一つ。他と大差ないと思われた一室。

 ふすまを開いた瞬間、異様なにおいが鼻を突く。

 その部屋だけは、異様に散らかっていた。

 赤くて、紅くて、朱い。

 どろりとした赤色が染みついた畳の上に、人が、人であったはずのものが、無作為に散らばっていた。


「——なっ」


 始めに声を上げたのは、佐伯だった。

 特に意味はない、驚嘆の声。その声色から、恐怖は感じられない。ただ単純に、驚いたと、そういった意味合いの声。

 

「おかしい、変よ。——時間帯が明らかに嚙み合ってない」

「……どういうこと?」

「妖刀。血を求め一人鞘から抜け出し、宙を飛んで人を切る。一度目覚めると、定期的に人を襲うタイプの夜行種」

「……法則に会わないってことか」


 夜行種は物理法則に縛られない代わりに、別の法則に縛られる。それを理解していれば、一般人でも十分撃退可能だ。それが言い伝えや、伝承というものである。


「ええ、毎週日曜の夜。言い伝えにはないけれど、一定周期で人を襲うのは、こういうタイプではよくあることよ」

「血は、乾いている。昨夜あたりか」

「いくつか、推測ができるわね。妖刀が昨夜誰かに抜かれた、もしくは全く関係のない犯行か、それとも、今までが意図的に制御されていたか」

「制御?」

「妖刀は革を食べるだとか、石を食べるだとか、そうすることで一時的に動かなくなるとか、そういった言い伝えがあるの。——まあ、制御なんて現実的じゃないけど」


 化物を人間の分際で従えようなどと言う傲慢は、大抵がろくでもない結果を生む。物語などでも、よくあるパターンだ。


「はぁ……。帰りましょう」

「? もう帰るのか」


 ――もう少し何かできそうなものだが。


「残念無念、また来週よ」

「まあ、そうか」


 これ以上のヒントが見込めそうにないなら、とっとと帰るべきなのだろう。

 人死にはあるが、町が滅ぶほどではない。急いで解決する必要もない。

 二人ははまっすぐと家へと帰り、いつもどうりの休日に戻っていった。


 ——さて、佐伯の妖刀調査における、昨日と今日の差異は俺の存在だ。昨日の佐伯は何があったかは知らないが、遅くまで帰ってくることができなかった。

 つまり、……。

 死体が昨日もあるなら、昼には帰ってくるはずだ。ならそれ以外、帰り際に襲われたとかだろうか。だとすると、俺が居たことで帰ってこられたことにも説明がつく。

 ともかく、佐伯は今日に心残りはない。そう結論付けてもいいだろう。となると、次に可能性がある人間、俺と関わりのある人間は、勇樹か、木原さんあたりか。

 勇樹とはこの土日で一度も出会っていない。彼が、俺が巻き込まれた原因となっている可能性は低いだろう。

 木原さんは、一度目の夜に出会ったはずだ。なら、次は木原さんに会いに行こう。

 時刻は午後3時。バイトはすっぽかしてしまったが、どうせ今日が繰り返されるなら、別に構わないだろう。

 昨日木原さんと出会ったのは8時半ごろ、それまで時間ができた。

 佐伯の部屋に入り、昨日呼んでいたものと同じ本を本棚から抜き出す。


「あ」


 リビングのソファーに座っている佐伯はこちらを見て何か言いかけたもの、すぐに口を閉じた。

 分かりずらいが、佐伯は目を輝かせている。よほど誰かと語りたかったのだろう。

 ドアを開け、三澤は自分の部屋に入る。

 この部屋には服と布団しか置かれていない。

 布団の上に腰を下ろし、本を開く。

 昨日は半分ぐらい読んだから、200ページあたりか。


 

 

 

 

 


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る