打ち合わせ

お屋敷の居間には、今回の関係者全員が揃っていた。

狭也、ミーナ、ミリネ、ロアナ、吸血族の村長。

そして、ニケとその上司で巫女長のアイシャの七名である。


「まずは、お集まりいただきありがとうございます。」


村長が全員を視界に納め、頭を下げて挨拶をする。


「今回は、この地下に在る龍脈の修復をする為の、打ち合わせでございます。」


それぞれの自己紹介は既に済ませている。


「村長さん、その龍脈は見ることは出来るのですか?」

「はい、完全に修復するためにも、直接見ていただこうと思っております。」


村長はミーナに視線を動かす。

ミーナは頷き、居間の一番太い柱の前に移動した。

その柱は他の柱と比べて、何の装飾もない地味な柱だった。

ミーナは全員の位置を確認して、柱の小さな窪みに手を翳して魔力を通した。

すると床が音を立ててずれ始めた。


「こ、これは…っ!?」


初めて見る仕掛けにニケと巫女長は驚く。


「隠し扉? 下に階段が…。」


覗き込むニケを、巫女長はそっと抑える。


「この下に、我らの村があり、その奥に龍脈があります。」


村長を先頭に、全員で地下へ降りて行く。

少し進むと、精霊による縮地が現れた。


「こ、こんな…こと。」


お屋敷に着いてからの信じられない風景の連続に、流石の巫女長もパニックに陥り掛けていた。


「巫女長さま。」


巫女長の後ろを歩くニケが、巫女長に囁き掛けた。


「だ、大丈夫ですよ。行きましょう。」


村長、ミリネ、ミーナと続いて縮地を通って行く。

次は巫女長とニケの番だった。


「大丈夫ですよ。」


狭也が不安がる二人を見兼ねて前に出た。


「ほら。」


狭也が縮地に左手を出し入れして、危険は無いことを知らせる。


「お心遣いありがとうございます。行きましょう、ニケ。」

「はい。」


ニケが縮地を潜り抜ける時、狭也がニケに微笑み掛けたのが見えた。

その笑顔にニケは、頬を染めて俯きながら、巫女長の後を追った。


「初々しいねぇ。可愛いこと。」


ロアナがそんな二人を見て、狭也を揶揄う。


「良いでしょう。」


狭也はそんなニケを自慢する様に、ロアナにドヤ顔を見せて、縮地に入って行った。


「……あぁ……羨ましくなんかないやい…。」


「私にはミーナがいるもん。」と呟きながら、ロアナも続いて縮地を潜った。



縮地を抜けると、直ぐに地階へと辿り着く。

そこは通路になっていて、右側にいくつか扉が設置されていた。


ニケ達が縮地を抜けて来ると、村長はその扉を無視して、一番奥まで進む。


「これは…まさか、大地の扉…?」

「大地の扉?」


巫女長の言葉に、ニケは首を傾げた。


「よく知っておりますな。そうです、これは大地の精霊が我らの為に作ってくださった特別な扉です。」


地の精霊の力に溢れた扉。

それは、眷属である吸血族に、大地の精霊が送った扉だった。


「大地の扉は、この大陸では一ヶ所しかその存在を知られていません。そこは異次元に通じる扉と言われています。」


「まさか、こんな近くにあったなんて。」と、巫女長は驚愕していた。


「異次元ではありませんが、外の者には、そう見えるのでしょうな。」


ミーナが再び、大扉の横の窪みに魔力を通した。

すると大扉は、大きな音を立てて少しずつ開いて行く。

開き切るのももどかしく、人が通れる程度の隙間が開くと、村長はその中に入って行った。

全員もその後に続く。

門を抜けた先。

そこにあったのは、地中とは思えない広大な空間に広がる、それは正しく村だった。


「…………。」


余りの景色に、ニケと巫女長は、開いた口が塞がらず、呆然としていた。


「ここが、私達、吸血族の故郷であり、龍脈を管理する場所です。」


今まで静かにしていたミーナが進み出て、ニケ達二人を見て簡単に説明をした。


「と言っても、私は龍脈の管理方法は知らなかったのですけどね。」


苦笑しながら、ミーナは言った。

この村の中で、唯一、ミーナの目に留まらなかった、龍脈の管理に関する資料。


「それは仕方ないの。龍脈に関するものは、二十歳の血の儀式で初めて、大地の精霊の血を通して知ることのできる知識じゃからな。」


巫女長に対する言葉使いとは違い、ミーナに対してはいつも通りに話す村長。


「この村の奥に、龍脈が露出している部分があります。そこは龍脈が傷付きやすい場所で、我らは大地の精霊に選ばれた時より、この地で管理・維持を行ってきました。」


そこには、地上とは比べ物にならない程の、地の精霊に溢れた場所。

ミーナの傍には、さっそく精霊達が集まって来ていた。


「今日は貴方達の相手はして居られないの、ごめんね。」

「あなた、精霊とお話が?」


精霊達に手を差し伸べて、謝るミーナに巫女長が問い掛けた。


「はい。一族が滅亡し、まだ五歳だった私は、この子達に育てられました。」


少し悲しい顔をするミーナに、ミリネとロアナが寄り添う。


「ありがとう。」


ミーナは、気遣ってくれる二人に、小さくお礼を言った。


「今日は、打ち合わせだけですが、もしすぐにでも修復できそうなら、やっていただきたいと思います。」


村長の勝手な言い分に、巫女長は表情を険しくする。


「こちらは、依頼されて来ているのですよ。あまり身勝手なことは慎んでもらえませんか。」

「これは、失礼しましたな。こちらもミーナが最後の生き残りになって五百年、少々、焦っておりました。」


素直に謝罪をする村長に、その心情をおもんぱかって、巫女長は「こちらも言い過ぎました。」と謝罪を返した。



地下とはとても思えない景色に、ニケと巫女長は暫く村を見て回った。

大扉の入り口まで戻ってきた二人は、素直な感想を口にする。


「とても五百年前に滅びた村には、見えません。」

「どこもすごくきれいです。畑も地上の畑と同じくらいお野菜ができていますよ。」

「ここは、五百年間、ミーナが地の精霊達と一緒に守り続けていたの。」


ロアナが二人に近付いて、説明をした。


「精霊が一緒とはいえ、おひとりで?」


ニケがミーナを見た。

ミーナは少し恥ずかしそうにしながら頷いた。


「精霊達は、遊び好きだから、喧嘩しながら頑張ったわ。」


ぎゃあぎゃあ言い合いながら、一緒になって掃除等をするミーナを想像して、ニケは微笑んだ。

そんなニケを見ていて、巫女長は村長に今回の目的である龍脈についての話をおもむろに持ち掛ける。


「村長さん、一つお伺いしたい事があります。」


真剣な表情の巫女長に、一同の空気が一気に緊張したものに変わる。


「お伺いしましょう。」


村長は巫女長を見て、先を促す。


「貴方がたは、龍脈を管理・維持するために、大地の精霊から選ばれた一族と言われていましたが、では、ミーナさんに修復をさせる事は出来ないのですか?」


管理・維持する為に選ばれた一族であるなら、生き残りのミーナがそれをするのが当然と、巫女長は主張した。


「ふむ。……それは出来ません。」

「何故ですか? お聞きしても?」


巫女長はニケを、身体の後ろに隠すようにして、村長を睨み付ける。


「我々の力は、大地の精霊から頂いた力です。ですがその力では、一時的な修復は出来ても、完全な修復は出来ないのです。」

「大地の精霊の、直接の眷属なのにですか?」

「だからこそです。」


場が凍り付きそうな程の、冷たい気配を感じさせる巫女長に対し、村長は静かに首を左右に振った。


村長が言うには。

龍脈の力は、力の根源から流れ出る力そのもの。

対して、大地を含むこの世界に溢れる精霊は、龍脈から産まれた力であり、つまり下位の存在である。


「魔法の事を考えれば、わかりやすいと思います。」


村長は地の精霊使いだった。

その為、説明は精霊魔法で行われる。

初級回復魔法のアースヒールでは治せない傷も、上級回復魔法のアースウォームでなら、欠損していない限り殆どの傷を癒す事が出来る。


「では、神聖魔法の聖なる守り人は下位の存在ではないと?」


聖なる守り人とは、神聖魔法使用の際に、呼び掛ける相手である。

しかし、神聖魔法の事をあまり知らない村長は、狭也に視線を向けた。

視線を向けられた狭也は、村長に頷いて、巫女長の前に出た。


「それについては、私の方から説明をします。」


神聖魔法とは、大自然そのものの力である【守護力ぷろと】の事であり、それは龍脈の源泉と同じ力と言われる【龍牙力】の一部であること。

それ故、【龍牙力】は、世界そのものと云われている事。


「つまり、神聖魔法の力は下位どころか、同種の力なんですよ。」

「サヤさん、貴女はどうしてそんなに詳しいのですか? 報告では、大陸にない力を使うと聞いていますが。」


「もしかして…。」と言う巫女長に、狭也は頷いた。


「私の使う力は【龍牙力】です。」


あどけない見た目と違い、狭也の醸し出す雰囲気は、巫女長が今まで会って来た上位の冒険者達以上の圧力を放っていた。

それだけで彼女が、只者ではない事が窺い知れ、巫女長は一歩後退りそうになり、ニケの存在に気が付く。

ニケは、不安そうに巫女長と狭也を交互に見ていた。


(この娘を守るのは私です。貴女じゃない。)


巫女長は、杖を力いっぱい握って、狭也を睨み付けた。


「同じ、その、【龍牙力】ですか? それを使うと言うなら、貴女が修復を行えば宜しいのではないですか?」


巫女長の剣幕に、狭也は少し考えて小さく溜息を吐いた。


「ん……えっと、丁度良いから、皆に見てもらおうかな?」


狭也はニケとミーナに、一度、視線を向けてから、右腕を前に突き出した。


「ユアは居ないけど、いずれは皆に話そうと思っていたことだし…ね。」




そう言う狭也の突き出された右腕が、ボトリと地面に落ちた。

そして間髪開けずに狭也の身体に異変が起きる。







残る左腕は肘から下の皮膚が無くなり、その筋肉も、一部が削げ落ちている。

そしてフレアスカートから除く両足も、同じように筋肉が露出しているが、左腕よりは状態は良さそうで、筋組織は正常に見えた。

まだ、血が溢れ出して来ないのが、救いと言えた。
















突然の惨状にロアナ以外の誰もが絶句をし、動くことが出来なかった。


ロアナは、以前、狭也の過去を覗き視ている。

そこにはこれ以上の状態の狭也を視ていた。

ロアナは悲痛な顔をするが、決して目を背けない。


「ロ、アナ…?」


ミーナがロアナを見て、狭也を見る。


「静かに聞いてあげて……。」


ロアナの声に、ミーナは小さく頷いた。


「これ、十年掛けてやっとここまで治癒出来たんだ……。チイ…ううん。【蒼姫そうき】、出ておいで。」


狭也が足下に転がる右腕を見て呼び掛けた。

右腕は水色に輝き出し、中空に浮かび上がった。

全員が息を飲んで見守る中、右腕はその形を解き、やがてそこから【千五百夢ちいほのゆめ】が現れた。

そしてその上空に、水色に光る小人が現れる。


妖煉華の時に現れた精霊である。


-狭也、無理しないで。-


水色の精霊・【蒼姫】は、狭也の右肩に乗って、その頬に手を触れる。


「ごめんね、【蒼姫】。でも、大丈夫だから。ニケさんとミーナには知っておいて欲しかったからね。」















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