大事な想い

そこには庭の半分を使った畑や、休憩所としての東屋あずまに、畑に水遣りをする為か、井戸もあった。

畑には、多くの野菜が青々とした葉を茂らせ、瑞々しい生命力を感じさせている。


半透明な身体で畑仕事をしている幽霊や精霊達。

その中には、ミーナの母親のミリネや、元豪商夫人のロアナまでいた。

ここで起きた悲劇など微塵も感じさせないその表情は清々しく、幽霊のくせに充実した生活を送っているのだと窺えた。


「ミーナに聞いてはいたけど、本当に菜園やってるのね。」


狭也は呆れた顔をして、菜園を眺めた。


「楽しそうでしょ? 私がここを離れて、守る必要も無くなって、何をしようか考えてこうなったみたい。」


「いずれキュリア市の市場に出荷するそうよ。」と、ミーナは小さく溜息をついて、苦笑していた。

器用に力を使って、ポルターガイストよろしく、鎌や如雨露じょうろが宙に浮いている。

楽しそうに畑仕事に精を出す幽霊。

それは、誰がどう見てもホラーな光景だった。


地の精霊の力で、野菜の成長は速いらしく、中には既に収穫できそうなのもあるのだとか。


「ギルマスが見たら、卒倒しそうね。それなら冒険者の養成に協力してくれ。とか言いそうだわ。」


一旦は、ここを冒険者達の養成施設として利用しようと考えていたギルマス。

そのおかげで、狭也はミーナと出逢い、ミーナは地上へ出る決意をして、前に進み始めた。


「で、ユア達は何やってんの?」


東屋で何かをしているユアと、それを手伝っているニケ。


「そろそろお昼だから、お弁当広げているの。」


東屋とはいっても、結構大きく、八人ぐらいはテーブルを囲んで座ることが出来そうだ。

そのテーブルの上には、ユアが腕によりをかけて作った料理が並んでいる。

(いつ作ってたの?)と疑問に思いながら、狭也とミーナは、畑仕事で青春を謳歌している幽霊達に休憩しようと声を掛けた。


「あら、ミーナにサヤさん。着いていたんですね。」


狭也達に気づいていなかったようで、ミリネが爽やかな笑顔で近づいて来た。

その後ろから「やっほー」と手を振っているロアナが続いてやって来る。

初めて出会った頃は、妖艶で怪しいお姉さんだったロアナは、すっかり近所のお姉さんみたいになったいた。


「……色気、何処行った………。」


狭也の小さな独り言を聞きつけたミーナが、苦笑しながら狭也の頭をポンポンした。


「ロアナの色気なんて、随分前に無くなっているわ。今はただのおばちゃんよ。」

「おばちゃんなんて、ひどいな。こう見えても私は、永遠の二十四歳よ。」


ミーナの言葉に、ロアナはその胸を強調するように前に突き出した。


「それを言ったら、私も永遠の二十二歳よ。」


対抗するようにミリネは、微笑んで言う。


「………透けた身体で言われてもね、羨ましくないわ。お母さんに至っては、その前に三百が付くでしょ。」


ミーナ達、吸血族は、他の亜人族と同じように長命である。

年老いた村長等は生きていれば、一万歳を超えるのだとか。

ミリネの二十二歳は、彼女の成長が止まった年齢だった。

ミーナも十八歳でその成長が止まっているように、二十歳前後で殆どの人が成長を止める。

その先は個人差はあるものの、大体二千歳を超えたあたりから再び、身体が成長を始めるのだとか。

そして緩やかな時間の流れの中で、他の種族と同じように老衰を迎える。


「お久し振りですな、サヤさん。」


ミリネとロアナの後ろに続く村長。


(村長はもしかしたら、創世の時代を経験して居るのかも知れない。)


今は、ただの好々爺こうこうやにしか見えない村長に、手を振り返しながら狭也は、そう考えていた。

他の者達は、ユアの方に行き、広げられたお弁当を見て楽しそうに騒いでいる。

ユアは一つひとつ、お弁当の説明をし、ニケは、大量の幽霊に囲まれ、あわあわと焦っているようだった。


「今日は、ニケさんを紹介しに来ました。彼女が龍脈を修復してくれます。」


狭也は、「顔合わせですね。」と三人にニケを示しながら言った。


「ふむ。確かに彼女からは大自然の力を感じますな。大地の精霊とも相性が良さそうです。」

「さ~や~、食べるよぉ~。」


説明を終えたユアが、ニケを席に着かせながら狭也達を呼んだ。


「詳しくは、食事をしながらしましょう。」


ミーナが何気にロアナの傍に寄りながら言った。

それに気が付いたロアナは、ミーナの肩を抱くように手をまわした。

もちろん幽霊なので触れることは出来ないが、格好だけでもしたかったのだろう。


「恥ずかしいからやめて。」


ロアナの仕草に気付いたミーナが、小さい声で抗議をする。


「ふふ、相変わらず照れ屋なんだから。」

「相変わらずの仲良しさん振りよね。お母さんも、相手を探して見ようかしら。」

「大丈夫ですよ、ミリネさんも私がお相手をして差し上げますから。」

「まぁ。」

「……たらし…。」


「親子で手を出してんの…。」と、イチャイチャする三人に狭也は呆れ、ユアの方へ歩き出す。

優しく穏やかで、狭也を揶揄うのが好きなお姉さんは、二人の前では、可愛い反応をする初心な女の子だった。



東屋の席には、狭也、ニケ、ミーナが並んで座り、狭也の前にユアが、その隣にロアナ、ミリネが座った。

村長達は東屋の周囲に集まった。


「えっと、流石に食べにくいんだけど……。」


今回の趣旨を考えれば、(ロアナではなく、村長が座るべきでは?)と考えながら狭也は周囲の幽霊を見回した。


「おぉ、それはすみません。お前たち、ここに集まるでない。」


村長がしっしっとする様に手を振ると、幽霊達は「仕方ねぇなぁ…。」とか「私たちも聞きたいのに…。」と愚痴りながらも離れて行った。

初めて会ったときは、こんな楽しい関係になるとは誰が考えたか、ユアは当時を思い出して苦笑いをしていた。


落ち着いたところで、狭也達は「いただきます。」と言って、お弁当に手を伸ばした。

以前と同じサンドウィッチが中心だったが、サラダや肉団子、焼き魚等、おかずも充実していた。

ユア一人でこれを作ったのかと、ミリネが感心していた。

幽霊であるロアナ達は当然、食べることは出来ないものの、見た目だけでも楽し気なお弁当に満足していた。

何よりも美味しそうに食べるミーナの様子に、二人はニコニコしていた。


食事の合間に、それぞれが改めて自己紹介をした。


地の精霊達は、嬉しそうにミーナの周りを飛び回り、「貴方達、煩いわょ。」と追い払われると、今度はニケへとその興味は移る。


「わ、わ……。」


周囲を飛び回られ、ニケは動揺して精霊達の動きを目で追っていた。


「こんなに精霊さんたちがいるなんて、すごいです。」


素直に感心するニケに、「邪魔だったら追い払って良いから。」と助言をしていた。

五百年付き合ってきた精霊達に、ミーナは容赦がなかった。

ぶぅぶぅ文句を言う精霊達。

狭也達三人には、精霊達の言っている言葉を解る者は居ないが、精霊達が楽しそうなのは全員に伝わっていた。


今回は顔合わせで、詳しい打ち合わせは、ニケの上司である巫女長を交えて改めて行うことになっている。

今日は、楽しく過ごせればそれで良い。

精霊を含め、反発する者が居ないか、それだけが心配だったが、問題なさそうで狭也は安堵していた。



-----



日が陰り、狭也達はミーナを残して帰っていった。

泊まって行けば良いとミーナは誘ったが、ユアは翌日仕事があり、ニケも外泊許可は取っていない為、帰らざるを得ず、狭也は二人を送るために帰って行った。


「もうすっかり溶け込んでいるわね。」


居間の窓から外を眺めていたミーナを、後ろから抱き着く様に腕を回してきたロアナ。


「良いでしょ。」


ロアナの仕草に嫌がる素振りは見せず、自慢げにミーナは言った。


狭也の力で一時的に触れ合うことの出来た二人。

その時の温もりと感触は、まだ昨日の事の様に思い出せる。

狭也に頼めば、また触れ合えるだろうが、その必要はないと、二人は考えていた。

今は触れ合えなくても、確かにここには幸せが存在している。


「嫉妬しちゃうよ、ミーナ。」


ミーナの耳元でロアナは囁き、ミーナは「バカ。」と頬を染めて呟いた。



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「えっと、本当にここで良いの? 神殿まで送るよ?」


ニケは、神殿に続くキュリア市の門で、狭也に「ここまでで良い。」と送りを断っていた。

ユアは明日の仕事の準備をする為に、中央広場で別れていた。

二人きりの状況にニケは、胸をどきどきさせながら、手を握ろうかどうか迷いながら、結局、勇気を出せないまま、ここまで帰り着いてしまった。

残念に感じながらも、ニケは狭也と向き合った。


「大丈夫です。ここから神殿はもうすぐですので。」


とは言っても、五分は掛かる距離がある。

ニケがここで断ったのには、訳があった。


(神殿まで送ってもらったら、神殿長と会うかもしれません。まだ心の準備が出来ていません。)


先日、神殿長に狭也を連れて来るように言われた。

その時の神殿長は、まるで怒っているように、ニケには見えていた。

狭也の都合の良い時にと、言ってはいたが、あまり遅くなるのも良くないだろうとは思っていても、怖い神殿長と狭也を会わせるのは、気が引けていた。


「あ、あの…狭也さん。」

「ん、何?」


神殿長の事を伝えようとするが、神殿長の怖い顔が脳内に浮かび、言葉を引っ込めた。

代わりに、「また逢いましょう。」と言って、手を振って走り出してしまった。


「あ、うん、また逢おうねっ!」


意外に早いニケの足に、狭也は大きな声で返事を返した。


「……結局、余り話せなかったなぁ。」


遠ざかるニケの後ろ姿に、狭也は少し寂し気な表情をした。

そしてニケの姿が見えなくなるまで、その場に留まっていた。


ユアやミーナも、狭也を穏やかで安心できる空気で包み込んでくれるが、ニケに感じものはまた別だった。

彼女の優しい気配は、狭也を包み込んで安らぎを与え、その腕で抱き締めてくれているように感じている。

誰よりも身近に感じて居たい女の子。

初めて握手したときに流れ込んできた温かな力は、今でもこの心に残っている。


昏くなり始めた空の下、ニケの笑顔を思い返しながら、狭也も家路についた。





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