章 間

神殿長が怖い

妖煉華の騒動から、一週間がすぎました。

予想外の幕切れは、想像以上の反響を周囲に振りまきました。


まず国が動きました。

キュリア市からの報告を受けた国は、王都魔学研究院が現地での調査を命じられました。

王都魔学研究院は、各都市にある魔学研究所をまとめる組織で、普段は研究に没頭し、表に出てこないそうです。

まぁ、あの現象を引き起こした狭也さんの刀がないので、何もわからないとは思いますが。

国が動くとなると、ドキドキしますね。


各地の薬草採取地に現れていた妖花も、あれ以降、まったく姿を見せなくなったようです。

商業ギルドが、さっそく薬草の入手に動き出しました。

また、あの光を浴びたからなのか、サヤさんと一緒に暮らされている薬草師のニケさんが、「薬草の質が上がっていて、いい回復薬ができる。」と喜んでいました。


騎士団や、冒険者の間では、怪我が完治した方が多く、すみやかに職場に復帰されたのだとか。

また、月初めに行われている施しですが、あの光のおかげで患者さんが減り、当分は様子をみて、中止になることが決定しました。


そして狭也さんですが、どうやら狭也さんは私に龍脈の修復を依頼されていたようでした。

私はまだそのお話を聞かされていなかったので、あの日、焚火の傍でご本人から、直接、聞かされることになりました。

龍脈の修復なんて、新人の私に出来るのでしょうか?

なので後日、巫女長さまと一緒に下見に行くことになりました。


それよりも、狭也さんが、私を、憶えていて、くださった。


そのことが私の胸を熱くし、ドキドキとはねさせて、あまりのうれしさに、狭也さんのお顔をまっすぐ見ることができませんでした。


焚火の優しい明りに照らされて、狭也さんは正しいお名前の書き方を教えてくださいました。


私の知らない字。

私の知らない言葉。

初めて出逢ったあの日、狭也さんの言葉が少しおかしかったのは、まだ大陸の言葉に慣れていなかったからとうかがいました。

今は、精霊の加護のおかげで、言語に不自由はなくなったとのことです。

精霊の加護だなんて、やはり狭也さんはすごい方です。


今回、ずっと狭也さんの気配を追いかけて、ひとつ気がついたことがあります。

彼女の発する力、それは、私の内にある女神さまの御力と似ているということです。

そしてそれは、いつも夢の中で私を照らしてくれるあの光と同じなのです。


これはもう、運命としか思えません。

夢の中をたゆたう女神さまが、私と狭也さんを廻り逢せてくれたのでしょう。


私は、こっそり心の中でそう思うのでした。



焚火の明かりと、優しいパチパチという音。

私の右隣りには、狭也さんの温もりが。

いつの間にか、私は狭也さんにもたれかかって眠ってしまったようです。



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そして今、私は、巫女長さまに連れられて、神殿長さまの部屋まで来ています。


椅子に座られている神殿長さまの後ろには、大きな布につつまれた杖のようなものがあります。


「ニケさん、先日はお疲れ様でした。戦巫女としての貴女の活躍は、しっかり報告書で上がって来ていますよ。」


「大変でしたね。」と、神殿長さまのお優しい声は、巫女長さまとまた違う安心感を私に与えてくれます。

巫女長さまがお母さんなら、神殿長はおばあちゃんのような温もりがあります。

失礼なので、口が裂けてもご本人たちには言えませんが。


報告内容には、巫女長さまとギルマスさんが話し合って、狭也さんの刀とその一連のことは、やはり黙っておくことになりました。


「それにしても、女神様の“揺り籠”まで習得されているとは思いませんでした。」


女神様の“揺り籠”とは、インデストラクティブルドームのことで、妖煉華の炎から、狭也さんたちを守ったあの結界です。

この身体に宿る女神さまの御力を最大限に引きだす防御系神聖魔法の奥義のひとつです。


「膨大な魔力を使うのでたくさんは使えませんが、調子がよければ二回までは使用できます。」


魔力は、体内にある女神さまの御力を呼び起こし、引きだすのに使用します。

魔法に必要なだけの御力を引きだすのに比例して必要魔力が増えます。

女神さまの御力がなじみ、全身に御力がいきわたるようになると、消費魔力は格段に減ると教えられていますが、私にはまだまだのようです。


「大したものです。そんな貴女に、預言者殿から、プレゼントがあります。」


神殿長は立ち上がると、後ろに立てかけられている物を手に取り、私の前まで来られました。


「これを、貴女に。」


渡された物は、私の身長よりも長い杖で、頭には、白く輝く光をたたえた宝玉がはまっていました。

花をかたどった彩とりどりの装飾は杖を華やかに見せています。


「魔力を流し、短剣を思い描いて下さい。」


私は神殿長さまに言われるとおりにします。

すると、宝玉から、同じく白く輝く刃を持った短剣が現れて、差し出した私の手の平に、その柄がおさまりました。

短剣の柄には、小さな花弁が風に舞う意匠が彫られています。


「これは、【】という名を持つ杖です。この杖の持つ意味は、“自然・輪廻・治癒・再生・誕生”。貴女のような戦場に身を置く、戦巫女が持つに相応しい神具です。」


【ヒャッカリョウラン】、それはどの精霊にも属さない“白き精霊”が宿る神具と言われています。

中央神殿の女神像の傍らに飾られ、すべの神官と巫女の憧れの杖です。


「貴女には、やはりその杖を使う資格があります。」

「資格、ですか?」


疑問に首をかしげる私に、神殿長さまは柔らかく微笑まれます。


「その短剣が何よりの証です。教祖様も預言者殿も、そしてそこの巫女長にも、その杖は何の反応も示しませんでした。」


私は後ろで静かにたたずむ巫女長さまをふり返りました。

私の視線に気がついた巫女長さまは、静かにうなずきました。


「貴女は、“白き精霊”に認められたのです。自信をお持ちなさい。」


巫女長さまは、戦巫女を除く全神官・巫女の中でも一線を画する実力の持ち主です。

黒魔毒を癒すまではいきませんが、使えるすべての治癒術が、他の追随を許さいほどの効力を発揮します。


正直、教祖さまとか預言者さまと言われても、一度もお会いしたことはなく、実感はわきません。

でも、もっとも身近にいる巫女長さまなら、その言葉は確信をもって私の心に沁みこんでいきます。


「いずれ、“白き精霊”とも言葉を交わすことが出来るでしょう。その報告を楽しみにしていますよ。」


巫女長さまの言葉に、神殿長さまもうなずかれました。


「これから、戦巫女として、貴女は冒険者ギルドや騎士団との連携が増える事でしょう。」


【ヒャッカリョウラン】を胸に抱きしめる私に、神殿長さまは、表情をひきしめて話題を次に移されました。


「そこで貴女にお願いがあります。サヤという冒険者を一度、神殿に連れて来て下さいませんか?」


神殿長さまの口から、狭也さんの名前が出てきて、私の心臓ははね上がりました。


「あの、申し訳ありません。なぜ、狭也さんを・・・?」

「サヤさんとは施しの際に一度だけお会いしていると、報告を受けています。にも拘らず彼女は、貴女に龍脈の修復という、困難な依頼を指名しました。」


指名依頼するには、新人の巫女は不適当過ぎます。

なのにサヤさんは、私の帰還を待ってまで、龍脈の修復を私に任せようとしています。

そのことに疑問を持った神殿長さまは、サヤさんの身辺を少し調べたのだそうだとか。

突然この街にあらわれ、名だたる冒険者パーティーがそろって、「自分たちの力が釣りあわない」と加入をこばまれたこと。

正体不明の石を持ちこみ、冒険者ギルドと魔学研修所の職員が動かれていること。

龍脈を発見し、ニケに冒険者ギルドを通して依頼をしてきたこと。

さすがに、龍脈を発見するきっかけになったミーナさんの件は、秘匿されている為、調べることはできていないようです。

そして今回の、妖煉華騒動での活躍。

神殿長さまが調べただけでも、狭也さんの行動は異常にしか見えないそうです。



「一度、直にお会いして、見極めさせて頂きたいと思います。」


お会いするのは、狭也さんの都合に合わせると告げられ、私は神殿長さまにお辞儀をして退室しました。





ニケが出て行った後、巫女長は小さく溜息を吐きました。


「神殿長さま、もう少し、落ち着かれてからの方が良いのでは?」


今は、先日の“女神の救済”の件で、教会内も大騒ぎである。

何が出来る訳でもないが、女神を信仰する教会にとって、あの事象は放置できないものだった。


「巫女長・・・私はね、あの娘を知らない相手に取られるのが嫌なだけですよ。」


神殿長は先程までの真剣な表情を崩して、苦笑しながら答えた。


「え・・・あ、そ、そうですか。」


意外な返答に、巫女長は言葉に詰まってしまう。


「貴女がニケを自分の子供の様に思っているのと一緒で、私もあの娘が孫の様に思えてね。」


いつもの近寄り難い雰囲気は消え、優し気に目を細める年老いた女性がそこには居た。


「十年前、あの娘を貴女と一緒にお世話したのは、私ですよ。神殿長に就任してから、あの娘だけを構うことが出来なくなってしまいましたが、それでも私の可愛い孫です。」


神殿長は、未だ小さかった五歳のニケを、その腕に抱く様な仕草をし、巫女長に手の平を向けた。


「貴女も、私の娘同然ですよ。貴女が赤ん坊の頃からの付き合いですものね。」

「お、お止め下さい。私はもう三十前の大人ですよ。」


巫女長は頬を染めて、顔を背けた。

「ふふ。」と神殿長は恥ずかしがる巫女長を見る。


「何も知らない相手に、可愛い孫を嫁に出す気にはなりません。二人で厳しく見極めて上げましょう。」


サヤという人物が、ニケに相応しいのかどうか。


「・・・どうしてそこまで?」


疑問に思う巫女長に、神殿長は静かに告げます。




「予言者殿が言われたのです。ニケは、サヤさんの為に、この神殿に預けられたのだと。彼女に付き添う為の【ヒャッカリョウラン】だと。」










何も知らずにニケは、【ヒャッカリョウラン】を大事に抱えて、自室に戻り、


「どうしよう、神殿長さまが怖いです。」と頭を抱えるのだった。



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