夜の静寂

星が煌めく夜空の下、いつかの夜の様に焚火が焚かれていた。


夜になって、後発隊の一部が森の中の広場に集まって来た。

何だかんだ言っても、ここは薬草の採取地であり、この広場に広がる野草の殆どが、薬草である。

妖練華は消滅しても、本当に安全になったか追加調査をする必要があった。


既に“女神の救済”と呼ばれている光の奔流により、どの地域も異常発生していた妖花は居なくなり、緑が復活していた。

ここ数ヶ月に渡りキュリア市を悩ませていた事案が、呆気なく解決していた。


焚火の近くに、三人の少女が身を寄せ合うようにして、眠りに就いている。

周りの大人達は、三人の寝顔に疲れが吹き飛ぶ思いで、誰もが優しい笑顔を向けた。


狭也達と焚火を挟んだ位置には、体格の良い女性が座っていた。

救出されたライサである。

その脇には、半ばから折れた大剣が置かれていた。


「ライサ。」


ライサが名前を呼ぶ声に振り返ると、“女神の救済”の光で目を覚ましたルインが居た。


「大丈夫なのか?」

「あなたこそ。」


ライサの心配気な声に、ルインはライサの隣に腰を下ろしながら聞き返した。


「ありがとうな、黒魔毒に侵されながら、街まで助けを呼びに行ってくれたんだってね。」

「大事な相棒の為だもの、当然でしょ。」


ルインはライサの肩に頭を乗せて、その手を握った。

ライサもその手を握り返した。


「聞いたか? 私たちは、あの三人に助けられたんだ。」

「うん、聞いた。」


狭也とは共同受注で、ニケとは見守り護衛で行動を共にした。

ミーナとは、狭也とパーティーを組んだとは聞いていたが、機会がなく面識は無かった。

だが、二人とも意識が無い中でも、ミーナの優しい力を感じていた。


「不思議な娘たちよね。つい守りたくなるのに、気が付いたら助けられてる。」

「いつか、恩を返さないといけないな。このままで終わらせんよ。」


二人の許に、ルーナが合流をしたニルス達四人が近付いて来た。

ルーナは、結局、あの後、何もすることが無く、暇を持て余していた。

聞こえてくる音にニルス達の心配をし、森の奥から迸る光の奔流に一瞬、死を覚悟したとの事だった。

光に包まれてすぐさま温かで大きな腕に抱かれている様な感覚を味わい、疲れが癒えて行くのを自覚した。

直ぐ傍でそれを見ていたニルス達も同じような感想を言っていた。


二人と四人は、焚火を囲んで、今日の出来事を報告し合った。



-----



キュリア市の冒険者ギルドのマスターは、頭を抱えていた。

最悪の事態は回避出来たものの、問題は山積みだった。


狭也とミーナの事もそうだが、今回、また悩み事が増えてしまった。


今回、ルインが侵された黒魔毒。

狭也達からの聞き取りでは、出会った敵全てが毒しか使って来なかったとの事。

一体、ルインは何処で黒魔毒に掛かったのか。

ルインが合流した時点で聞いてみたが、何処で黒魔毒に掛かったのか解らないと言っていた。

馬車に向かって駆け出した時には、酷い傷は負っていても、黒魔毒には掛かっていなかった筈だと、答えが返って来ていた。


そして、普段は岩場にしか住み着かない妖煉華。

こんな草原や森の中に、妖煉華や妖花が現れる事は、有り得なかった。

崖の上に立つキュリア市では在るものの、妖煉華は勿論、妖花もその崖沿いには生息していなかった。

繁殖の為? それにしては、キュリア市は、妖煉華や妖花の生息が報告されている岩場からは、余りにも遠過ぎた。

追加調査で何か判ればと考えているが、見込みは薄いと思っていた。


それ以外にも、前回、狭也が見つけた洞窟の探索。

あれ以降、何度か探索隊を編成しているが、誰も何も見つけられないでいた。

それでも、狭也が持ち込んだ“シクウセキ”は、研究の結果、狭也が言うように、膨大な力が圧縮されて内包されていることが判明している。

そんな力が立ち込める洞窟を放っておく訳にもいかない。


そして何より、“女神の救済”の原因となった狭也の持つ武器・刀と、そこから現れた正体不明の精霊と思われる光の小人の事。

事が収まり我に返った狭也は、真っ先に刀を引き抜きに向かい、少し刀を見詰めて、血振りをした後、腰に差さっている鞘に納めた。

そしてギルマス達の目の前でその形を光に変えた。

ギルマスはニルス達と一緒に詰め寄るが、狭也はへの字に固く口を閉ざして、答えようとはしなかった。

ミーナも当然、狭也の味方をし、更にはニケまでが狭也とギルマス達の間に立ち、彼女を庇った。

結局、解った事は、刀を人前で使わなかったのは、普及していないリュウの国の武器を使って、余計な混乱が起こるのを防ぐ為、という事だけだった。

何の意味もない・・・。

今後も、この場に居る者達以外の前では、ロングソードを使い続けると、狭也は言っていた。



取り敢えず、今回の“女神の救済”については、それこそ市民に余計な混乱を起こさせない為、狭也達全員に口止めをした。

突如、女神の使いである光の龍が現れ、全てを飲み込んだと、口裏を合わせることにしていた。

幸いにして、女神を祭る聖虹せいこう教会は、龍を女神の使いとして認識し、危機に陥った時、女神が覚醒する前に、龍神が姿を現すとされていた。

巨大な光の龍が空に昇り、光の奔流を産み出し、その中で女神が敵を滅し、癒しの力を行使したと、市民が信用するに足る情報操作になっていた。

自然と呼ばれ始めた“女神の救済”という言葉がまた、その説明を後押しする事になっている。


「はぁ~、国王や市長にどう説明するか・・・。」


残された問題の為にも、上の人間には正直に伝えておくべきだが、狭也達の力を利用されては堪らない。

何処まで話すべきか、少なくとも刀の事は黙っているしかない。

ギルマスは更に悩みを増やして、(いっそ倒れて引退してしまおうか・・・。)と後ろ向きな考えが浮かび、頭を激しく振ってその思念を追い払った。



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パチパチと焚火は爆ぜて、心地良い音を立てる。


ミーナとニケに、もたれ掛かられながら、狭也は無意識に右手を伸ばした。



その伸ばされた手の平は、星々が煌めく夜空に向けられていた。


手の先を見詰める様に、顔を夜空に向けた狭也の閉じられた目から、涙が一筋、流れ落ちた。



焚火の周りで身を横たえ、小さな声で会話をするライサ達は、気が付かない。



伸ばされた手は、直ぐに下ろされ、星空を見上げる顔も俯け。

肩に寄り掛かるニケの頭に頬を預けた。

その寝顔からは、安らかな寝息が漏れていた。





流れた涙は、夜の静寂しじま












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