千五百夢-チイホノユメ-

小休憩を挟み、力を回復したニルス達は、ニケとカインを中心に配置し、森の中を突き進む。

冷静さを取り戻したニルスの大斧の技は冴え渡り、迫り来る妖花を次々、その刃の餌食にしていく。

その横でクレイがニルスの補佐をする。

左右それぞれの手に握る剣は、ニルスの攻撃範囲を超えてやって来る妖花を斬り裂く。

ニケとカインが、中央で、あぶれた妖花を魔法で倒しながら、状況に応じて、どちらかが治癒魔法を使う。

殿しんがりはギルマスが務め、後方から襲って来る妖花に対応した。

前線を退いていたとは言え、流石は元一流の冒険者。

力強いその剣技は、しっかり仲間の後方を守っていた。


先程までの荒々しさは見られず、一つのパーティーとして、理想の攻防を繰り広げ、負傷や疲労も段違いに減少していた。



やがてニケ達の元に咽返むせかえる様な熱風が届くや否や、目の前の木々が燃え上がりだした。


「うぉっ!? 停まれっ!!」


ニルスがパーティー全員に指示を出す。


「いきなり何だっ!? 火事かっ!?」

「これは多分、妖煉華の炎だ。気を付けろ、触れたとたん消し炭になんぞっ!」


ギルマスの言葉に、一同は後ろに下がる。


ニケは、狭也の気配を探り、その炎の中にそれを見つけた。


「サヤさんは、あの中にいます!」


(どうしましょう。このままではサヤさんたちが持ちません。)


焦るニケは、自分の持ち合わせる技術から、何か方法がないか、頭の中を探索する。


「・・・そうか、あれなら行けるかもしれません。」


ニケの呟きにニルス達が振り返る。


「何か手立てがあるのか?」


ニルスの疑問にニケは頷いて、簡単に方法を説明する。


「私が、神聖魔法で結界を、サヤさんたちの周りに張ります。」


続けてニケは、カインを見て告げる。


「カインさんは、水の精霊に働きかけて、雨を振らせてください。」

「妖煉華の炎と言やぁ、煉獄の炎と言われているやつだろ? 精霊の雨とはいえ、あれに効くのか?」

「効かなければ、私が聖属性を付与します。」


カインの疑問に、簡単に答えるニケだが、発動後に他人の魔法の属性を変えるのは、簡単な事では無かった。

場合によっては、暴走し周囲に多大なダメージを与えてしまう。

力が反発し合えば、それぞれの術者にも力が跳ね返ってしまう。


「私が使うのは、女神さまの御力みちからです。信じてください。」


ここに来るまでの間に垣間見たニケの力に、一同は頷いた。


「よし! それで行こう!!」


ギルマスの合図に隊列が変わる。

ニルス、クレイ、ギルマスが二人の周囲を囲み、妖花の接近を阻む。


ニケは、杖を正面に構え、先の宝玉を燃え盛る炎の中の、狭也の気配に向けた。

ニケは目を閉じ、己の胸の内に意識を集中する。

すると胸の奥のずっと奥、そこに温かい光を感じた。

それは、未だ永き眠りに就く臥龍神・女神キシンリュウ自身の力と言われているもの。

ニケが礼拝堂でその身に受け継ぎし、優しき光の力。


ギルマス達が周囲を警戒する中で、ニケの身体が白く光り出した。

ニケの横に立つカインは、溢れ出すその力に、懐かしさのようなものを感じてしまう。

襲い掛かって来ていた妖花も、まるでその光に当てられて、惚けたように動かなくなってしまった。


ニケは静かに閉じていた目を開く。

身体の奥底から溢れる女神の力を、杖の先の宝玉へと移して行く。

そして、その小さな口から紡がれるは、神聖魔法最大の防御結界。


「聖なる守り人よ、その力を示し給え、包み愛し給えっ! 大自然の守り、インデストラクティブルドームッ!!」


ここに居る一同には直接見えないが、ニケには、脳裏にはっきり見えていた。

黄色い結界で身を守る狭也達のその周りに、白い茨が現れ、勢いを付けて狭也達を包み込んで行く。

その光の茨すら焼き尽くそうと迫る妖煉華の炎を、やすやすと撥ね退けて、女神の揺り籠が完成した。

それをニケは、カインへ指示を飛ばす。


「カインさん、雨をお願いします!」


ニケの指示に、カインは頷き、自らの杖を高く掲げた。


揺蕩たゆたいし精霊、水の精霊よ、その力、我に貸し与え給え、レインドロップ」


カインの呼び掛けに応えた水の精霊が、杖の先に集まり、彼の魔力を得て魔法に変わる。

飛び出した精霊達の力は、空へ向かい、赤黒く染まる雲一つ無い空から、激しい雨を降らせた。


「ダメだっ! 全然、火の勢いが減らねぇっ!!」


ニルスの声に、杖を突き、肩で息をするニケは、再び杖を掲げ持ち、更なる詠唱を口ずさむ。


「聖なる守り人よ、集い給え、纏わせ給え。」


口の中で小さく唱えた後、朗々とその声を響かせた。


「エンチャントっ! ホーリーアトリビュートッ!!」


ニケの杖から広がる白い光。

それを霧散させれば、力は暴走し、妖煉華の炎と一緒になって、辺り一帯を凌辱し尽くしてしまうだろう。

そして反発した力は、ニケとカインに返り、その身体を引き裂くだろう。

ニケは、ふらつきそうになる身体を、足を肩幅に広げて堪える。

跳ね返りそうになる力をしっかり送り出す為に、掲げた杖を両手で支える。


ニルス達は、ニケの辛そうな様相に、手を出そうとしたが、「下手に触れると危ない。」と、カインに止められた。


やがて、激しく打ち付ける雨の一粒一粒が、白く光る雨粒となる。

それが雨全体に広がっていく。

聖属性を付与され聖雨となった精霊の雨は、未だ吐き出され続ける炎を、鎮めていった。


聖属性を付与する事に成功したニケは、ガックリと膝を突いてしまう。


「ニケッ!?」


クレイがニケの傍に駆け寄り、手を伸ばそうとするが、その身体にはまだ白い光の残滓が残っていた。


「触っても大丈夫かい?」


クレイの優しい声に、ニケは朦朧とする意識の中、ゆっくりと頷いてクレイにその身を預けた。





「それにしても、あの化け物、いつまで炎を吐きつづけるんだ。サヤたちに近づけやしない。」


カインが忌々し気に呟いた。

聖雨が振り続ける中、妖煉華も意地になっているのか、絶えることなくサヤ達を包み込んでいる白い茨の揺り籠に、炎を吐き掛け続けていた。

カインの精霊魔法で、何とか力を回復したニケは、クレイに支えられながら立ち上がった。


「妖煉華も弱っているのは確かです。このままだと、自分自身、消滅してしまうでしょう。」


「あっちへ。」とニケは、雨で炎が消えた場所を指差した。


「動いても大丈夫なのかい?」


クレイの心配そうな声に、ニケは頷いた。


「少しでも、サヤさんたちの傍へ。」


クレイの心配そうな視線に、ニルスは頷いて、場所を移動することに同意した。

移動した場所からは、狭也達を包み込む茨の結界が見えた。


「あれが結界か・・・。俺たちを包んだやつとはまた全然違うな。」


ニルス達に使用したセイクリッドバリアは半透明で、向こう側の動きがはっきり見えていた。

しかし、今、狭也達を包んでいる結界は、正しく茨で編まれた揺り籠の見た目をしており、中は全く見えなかった。


「あれ、どうするよ?」


ギルマスが、炎の吹き出る先に居る妖煉華を見上げる。

妖煉華の全身は、何かに貫かれたようにズタボロになり、大きな花弁も萎れ破れていた。

弱っている事に間違いはないだろう。

ただ、自滅を待つには時間が掛かり過ぎる。


「あれは・・・。」


ニケは妖煉華から少し離れた位置に突き立っている武器を見つけた。

チイだった。


「何だ? 見たことねぇ武器だな。」

「あれは刀だな。リュウの国の武器だ。」


ニルスが遠目に見える武器を、以前、得た事のある情報から判断した。


「何であんなもん・・・そうか、サヤはリュウの国出身だったな。」


ギルマスの言葉に、そこまで知らされていなかったニルス達は驚いた。

龍人族の治める謎に包まれた国。

僅かな交易のみが行われる、互いに不干渉の未知の国だった。


「あのカ・・カタナ?を使いましょう。」


ニケの目には、刀から不思議な力が溢れているように見えた。

その力は、極細い線となって、揺り籠の中にいる狭也に繋がっているようだった。

普通の武器ではない。

神剣や魔剣と云った類の武器であることが見て取れる。


「あそこまで行くのは、感心しないねぇ。」


未だ続く炎に遮られ、刀まで移動するのは、危険であることが明白だ。


「そんなことはしません。あのカタナに女神の力をあてます。そうすることで、カタナの力の共鳴を呼び、妖煉華の目をくらませます。」


そう言うとニケは杖の先を顔の正面に持ってきて、再び目を閉じた。

ギルマス達にとって、今のニケは、別人の様に感じていた。

いつものオドオドした気配は微塵も無く、その身体から溢れ出るのは、まるで高嶺の花が纏うような気品と、静謐な気配。

ニケの手から杖に、白い光が移動し、宝玉が輝き出した。

目を開いたニケは、刀を見詰めた。

すると刀は、ニケに反応する様に、水色の光を発する。


全員が見守る中、ニケの宝玉の光が強くなるにつれ、水色の光が小さな人型を象り始めた。


「な、何だありゃ・・・精霊か・・・?」

「違う。あれは俺たちの知っている精霊じゃない。」


ニルスの疑問にカインが即座に否定した。


-さ・・・や・・・。-


ニケの光が、水色の光の小人に伸びて行き吸い込まれる。

水色の光の小人は、その両目を大きく見開くと、正面の醜く歪んだ花を睨み付けた。


-狭也に、手を出すなっ!!-


その小さな手から、光の龍が牙を剥いて飛び出した。

狭也の龍牙よりも遥かに多く、内包する力は強大だった。

牙を剥いた光の龍は、炎を吐くのをやめて小人に矛先を定めた妖煉華に、容赦なく襲い掛かった。


炎を吐こうとする口に飛び込み突き抜ける、巨大な花を支える太い茎を切り刻み、飛び出してきた大量の根を千切り飛ばして行く。

破れ萎れている花弁を切り落とし、空高く昇った龍牙は、一つの大きな光の龍となって、ボロボロになった妖煉華を見下ろした。


息も絶え絶えな妖煉華を前にし、光の小人は、鋭い視線を向けて、静かにその手を振り下ろした。


遥か上空から見下ろす光の龍は、口を大きく開け、その牙を剥き出しにして、落雷のように妖煉華を頭から飲み込んだ。

響き渡る轟音と共に、周囲を包み込む膨大な光。

その光は、周辺で未だ蠢いていた妖花を飲み込み、消滅させて行く。


離れた場所で、溢れ出した妖花と戦っていた冒険者や騎士達は、その光の中に巨大な人影を見、妖花を切り裂いていったと言う。

同行して居た神官と巫女は、その光の中に、大きく翼を広げた女神の姿を見、傷を癒やして行ったと言う。

それは全て、幾つもの夢の様に、光を見た殆どの者が、女神の腕に優しくいだかれたと証言した。


溢れる光の中、女神の揺り籠は、その存在を解き、中から、狭也達が姿を表した。

狭也は、ニケを見て、チイを見る。

その瞳は、信じられないものを見るように見開かれていた。


ミーナは、光がライサの傷を癒やし、植え付けられた種が浄化され、肌が白く戻って行くのを見た。


光は地上だけに留まらず、地中深くに潜って行く。

その光は龍脈に辿り着き、やがて龍脈に吸い込まれて、地上を満たした光は消えて行った。


「これは・・・。」


光が収まった先には、妖煉華の姿は欠片も無くなり、その痕跡すら残されていなかった。

広場には緑色に揺れる野草が風になびき、燃え落ちた木々もその生命をみなぎらせて、雄大に屹立していた。


水色の小人の姿も消え、突き立てられた刀だけがそこにある。




予想以上の出来事に、ニケも狭也も含めて、全員が呆然とし、しばらく動けずに居た。




晴れ渡った蒼穹は、郷愁を呼ぶ茜色を通り越し、夜のとばりを降ろし始めていた。









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