煉獄の炎

森を駆け抜けると、狭也達の前に広い空間が現れた。

そこは草原のように広がっていた。

しかし奥に目を向けると、異様な風景が目に飛び込んでくる。

全長三メートルは有りそうな、赤黒い花弁を広げた大きな異様。

その周囲は、削れ窪み、切り裂かれ、戦闘の痕が見て取れた。


「これが妖煉華・・・。」


初めて見るその毒々しい姿に、ミーナは少したじろぐ。

妖煉華の周りには、その子供のように妖花が大量に蠢いていた。


「ライサさんは・・・?」


狭也は救助目的のライサの姿を探す。

すると少し離れた箇所に、大剣の柄が野草の上に突き出ているのを見つけた。

狭也が大剣の柄に向って走り出すと、妖花がその動きに合わせるよう飛び掛かって来た。


「狭也っ!」


ミーナが矢を放って、先頭の数体を射抜き、牽制をする。

後に続こうとしていた妖花は、その動きを止めた。


辿り着いたそこには、刃の半ばから折れた大剣のみが横たわって居た。


「ライサさんは、何処っ!?」


狭也が妖煉華に向かって叫ぶ。

ライサを助けるにしても、妖煉華を倒すにしても、その居場所が解らなければ、手を出しようがない。


妖煉華はそれが解っているかのように、ミーナの傍に狭也が戻るまで何もして来なかった。

舐められているとしか思えない。


「ミーナ、ライサさんの居場所、精霊に捜してもらえない?」

「やってみるわ。」


ミーナが意識を集中し、地の精霊に呼び掛ける


「地の精霊よ、我が意に応えよ。」


ミーナの詠唱に、妖花が動き出す。

飛び掛かって来るモノ、種を飛ばすモノ、根を突き出してくるモノ。

狭也は、ミーナの前に結界を張り、チイを抜き放って、迫りくるモノのみ斬り伏せていった。


「失いしもの、隠されしものを、全て我が前に現せ、エリアサーチ。」


ミーナから溢れる魔力に精霊が戯れ、周囲に飛び去って行く。

しかし、それは常にない現象。

普段なら、地の精霊の力がミーナを中心に拡がって行き、そのエリア内のものを探し当てる技。

だが今回は、精霊達は妖花を揶揄からかう様にその間を飛び回った。

妖花はその動きに翻弄されて、妖煉華から離れていった。

そして現れたのは、身体の至る所が紫色に変色した、ライサの姿だった。

その右腕は在らぬ方へ折れ曲がっている。


「ライサさんっ!?」


狭也の声に応じる様に、ライサは、少し表情を歪めたものの、意識が戻る様子はない。

ただ、生きている事は確認出来た。


妖花が再びライサの身体の周りに集まり、その姿を覆い隠す。

狭也はチイを正眼に構えた。

ミーナも弓を構え矢をつがえた。


妖煉華がその花芯を蠢かし、狭也達をその視線に捉えた様に感じた。


すると、花芯の中央が開いた。

どうやらそこは妖練華の口の様で、覗く中には上下に鋭い牙が見えた。


その動作を見て、狭也はチイの刃と瞳を、水色に光らせた。

ミーナは周囲の精霊の力を、静かに矢の先に集めて行く。


妖練華の口から、空気を吸う音が聞こえたと思うと、そこから幾つもの種が飛び出した。


『龍牙ッ!』

「スターダストアローッ!」


狭也とミーナが同時に、技を放った。

それと同時に狭也は前に突っ込み、ミーナは左に動き妖練華から距離を取った。


ぶつかり合う力は、爆発を起こし、その周辺に大量の粉末を振り撒いた。

ミーナが粉末の範囲外に移動する内に、狭也は、迫り来る妖花を斬り捨てて行った。


「全く、ある意味、羨ましいわね。」


粉末で見えない状況の中、狭也の気配が真っすぐ進んで行くのを感じながら、ミーナは呟いた。

ミーナは負けじと弓を構えた。

矢を三本つがえ、意識を集中し、気配を読む。

慎重に撃たないと、狭也やライサに当たってしまう。


無数の妖花の気配を見定めロックオンし、一言呟き矢を放った。


「インクリーズアロー。」


撃ち出された矢は、幾本にも別れ、見定めた妖花へ真っ直ぐに飛んで行った。

ミーナに向かって来ていた妖花八体、狭也の背後を取った妖花五体に地の精霊の力で変換された矢が突き刺さって行く。

少しもずれる事無く、その矢は妖花の花芯の中央を刺し貫いていた。

見た目はスターダストアローにそっくりだが、スターダストアローは標的を定める事無く向かった先を射抜く技。

それに比べインクリーズアローは、射貫く敵を定めて射貫く技。

集中力を有する為、撃ち出すまでに時間が掛かり隙が生じるという、弱点があった。


「ありがとうっ!」


狭也の声が粉末の向こうから聞こえて来た。

その気配は上下左右と自由自在に動き回っている。

一体、今の時間でどれだけの妖花を倒しているのだろう。

確実にその数を減らす妖花の気配に、ミーナは実力の差を感じた。


「いつか、追い付くからっ!」


ミーナは、粉末の中から飛び出して来た妖花に、精霊魔法を放つ。


「ストーンブラストッ!」


中空に現れた石の飛礫が、妖花を貫いて行った。



粉末の中を突き進む狭也は、妖練華に動く気配を感じられず、不思議に思っていた。

一寸先も見えない濃厚な粉末の中、妖花の気配を感じ取り、チイを振るう。


「えぇい、邪魔っ!!『【】っ!!!』」


叫ぶと同時に、狭也の瞳とチイの刃が桃色に輝き出した。


『風牙っ!!!』


チイの刃の周りに風が巻き起こり、


『吹き払いなさいっ!』


妖練華の粉末が、狭也の身体の周りに拡大した風により吹き飛ばされた。

露わになる妖花の群れと、妖練華の威容。

妖花の隙間に、ライサの身体がチラッと見えていた。


「もう少しっ!」


ミーナにも、ライサの身体が見えた。


「これでライサさんを避けて、妖花を潰せる。ストーンケージっ!」


ミーナが地面に手を突くと、周囲の妖花が、石の牢獄に囚われた。

囚われた妖花は、牢獄を破ろうと、その根を激しく打ち付けた。

石の牢獄にひびが入り始めるが、その前にミーナは詠唱を続ける。


「変われ、包め、閉じ込め潰せっ!ストーンプレスっ!!」


罅割れて行く石の牢獄の隙間が石に閉ざされ、それにつれて罅も消えて行く。

そして、そのまま地面に押されるように、潰れて行った。

中に閉じ込められた妖花は、抵抗も出来ず、地面に飲み込まれた。


「ライサさんっ!!」


ライサ周辺の妖花が居なくなり、狭也はついに、ライサに辿り着いた。

ライサの紫色に変色している部分が、少し膨らんでいるように見えた。

一瞬、ミーナを振り返った狭也。

そして黄色い光を発するチイを地面に突き刺し、狭也とライサは結界に包まれた。


振り返った狭也の視線に気が付いたミーナは、一つ頷き、弓を天に向けた。


「集え地の精霊よ。数多の星々となりて、すべての敵を射ち滅ぼせ。」


魔力を宿す矢に集まった精霊の力が飽和する様に輝き精霊力へと変換される。

ミーナはギリギリと引き絞った矢を宙天高く撃ち上げた。


「スターライトシュートッ!」


撃ち上がった矢が一際強く光ると無数の光の矢となって、狭也を含む妖練華の周囲に降り注いだ。

範囲を絞ったその光の矢の雨は、周囲にまだ蠢いていた妖花を撃ち抜き、妖練華に大ダメージを与えた。

妖練華は口を大きく開けて、絶叫を上げた。


光の矢が止むと、狭也は結界を解き、ライサを抱え上げて、ミーナの許へ一息でジャンプし飛び退いた。


「ライサさんはっ?」


ミーナがライサを覗き込むと、変色した部分が更に膨らんでいた。


「ミーナ、これ、何だか解る?」


狭也はライサを地面に下ろしながら、ミーナを不安気な表情で見上げた。

自分よりも知識豊富なミーナなら、治し方を知っているかもと、考えた。


戦闘の最中に在りながら、破壊力抜群の狭也の泣き出しそうな表情に、ミーナはつい抱き締めたい衝動に駆られるが、努めて冷静を装ってライサを見た。


そこへ、


-これ、ようれんかの種がうえつけられてるね。-


突如、ミーナの顔の横に現れた極小の光る少女。

それは地の精霊であり、ミーナの精霊魔法の師匠だった。


-ようれんかは、種をほかの種族にうえつけてふえていくの。-


師匠の言葉に、狭也は森の異常に思い至る。


「もしかして、森に住んでいた動物や魔獣も・・・?」


狭也の疑問に、師匠は頷いた。


「師匠、どうすれば治せるの? 種を取り出せば良いの?」

-ダメ、むりにとり出そうとすれば、種がはれつするよ。-


師匠が首を左右に振って、否定する。


-治療には、プロトの力がひつようだよ。-


師匠の助言に、狭也は目を見開いた。


「プロト?」

「プロト・・・『【守護力】』、自然そのものの力であり、大地を守り浄化する力だよ。」


ミーナの疑問に、狭也が答えた。

【守護力】とは、狭也の国で使われている名前。

この大陸では、プロトと呼ばれていた。


「この大陸では、神聖魔法として伝えられてる。」


狭也は脳裏にニケを思い浮かべた。

神殿の施しで見た、ニケの流麗な力の流れ。

同じ神聖魔法を使う他の巫女よりも、その力の流れは、綺麗で大きかった。


「また神聖魔法。そんなの・・・。」


ミーナの言葉が終わる前に、妖練華が再び動き出し、その口から赤黒い炎を吐いた。

それは、煉獄に存在する炎と例えられ、全てを焼き尽くすと言われる激しい炎。


「しまったっ!」


狭也は慌てて結界を張るものの、その炎の圧に押されてしまう。

チイはサヤの手を離れて、未だ妖練華の前の地面に刺さっている。

無意識化で狭也を操るチイだったが、手を離れていてはどう仕様も無かった。


ミーナは狭也の負担を少しでも減らすため、ライサの身体に覆い被さった。

例え僅かでも負担を減らす必要があると狭也を見て、瞬時に判断した為。

右手だけでは結界を支える事が出来ず、狭也は両手で結界を押し返そうとして居た。


煉獄の炎は、周囲の野草を焼き尽くし、大地を焦がし溶かして、終には森にまで延焼した。


炎の圧力に、狭也の右腕が震え始める。

そこへ師匠が、狭也の右腕の上に腰掛ける。


「師匠っ? 何をして・・・。」

-すこしだけど、力をかしてあげる。-


危ないと警告を発そうとする狭也の言葉を遮り、師匠は狭也の右腕に力を注ぎ込んで行く。

契約をしていない精霊の力は、師匠の意思により暴走する事無く、狭也の身体に素直に馴染んで行く。

右腕を通して全身に伝わる地の精霊の優しい力に、押され気味だった結界が安定し、その揺らぎは無くなった。

右腕の震えも無くなり、狭也は結界を押し返す。

それでも、煉獄の炎は止まない。


そこへ、


「聖なる守り人よ、その力を示し給え、包み、愛し給えっ! 聖なる大自然の守りを、 インデストラクティブルクレイドル」


涼やかな少女の響き渡る声に、狭也達の周囲から白く光る蔦が現れ、全周囲を覆って行く。

その蔦は、すべてを焼き尽くす煉獄の炎と言われる妖練華の炎を物ともせず、絡まり合いながら隙間を埋め尽くし、僅かな炎すらも遮って行った。

その結界は、大自然が産み出す絶対防御の揺り籠だった。


揺蕩たゆたいし精霊、水の精霊よ、その力、我に貸し与え給え、レインドロップ」


続く、良く通るが緊張が滲み出る男性の声に、晴れ渡るも、煉獄の炎で赤黒く染まる空から、激しく雨が降り注いだ。


「御力を纏わせ給えっ! ホーリーアトリビュートッ!!」


少女の声の更なる詠唱で、激しく降り注ぐ雨に聖なる属性が付与される。

大地を溶かし、森を焼き尽さんばかりの炎は、その聖雨に鎮火して行く。

だが妖練華は、その雨に苦しみながらも、煉獄の炎を吐き続けた。



狭也は、後方から聞こえて来た、懐かしく愛しい声に、つい森を振り返っていた。





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