ニケの戦い

「・・・何だ、こりゃぁ・・・。」


馬を走らせていた冒険者ギルドのマスターは、先日までは無かった筈のトンネルに驚いていた。


「これは、精霊の仕業ですね。」


それを後ろから覗き見て、ニケが冷静に言う。

ギルマスは、馬から降りて、ニケに手を差し伸べる。


「ありがとうございます。」


ニケはギルマスに支えられながら馬上から降り、その視線をトンネルに向ける。


「このトンネルからは、地の精霊の力が溢れています。」

「てぇこたぁ、ミーナの仕業か?」


地形を変えてしまう程の力。

ギルマスは未だ、狭也だけでなく、ミーナの力も底が見えず、身震いした。


「このあたり、戦った痕跡が残っていますね。」


街道自体は地形が変わってしまい解らないが、周辺の地面は抉られたり、大きな穴が開いていたりと、中々の惨状と化していた。


「あちらから、サヤさん達の力を感じます。」


ニケは森の中を指差すと、丁度、森の奥から、大きな音が響いて来た。


「急いだ方がよさそうだな。ニケ、森を突っ切るぞっ!」

「はいっ!」


ギルマスは馬の後ろに結び付けていた剣帯を解いて、自分の腰に巻きつけ、剣を抜いた。

それを見たニケも、杖ではなく短剣を腰から抜く。


「戦巫女だったな。その実力、見せてくれっ!」


そう言って森に飛び込んで行くギルマスの後を追って、ニケも森に足を踏み入れた。


「うぇっ!?」


勇み立って足を踏み入れた森の中。

そこには至る所に妖花の死体が転がっていた。

ギルマスが思わず呻いてしまう程に。


「こ、これ、全部、サヤさん達が?」


鋭い切り口と、突き立つ矢。

どれもが一太刀のもとに、そして一矢のみで倒されていた。

幾ら妖花とは言え、このおびただしい数をたった二人でやって退けたと思うと、ギルマスは背筋が凍る思いだった。


「あいつら、どれけのポテンシャル持ってやがんだょ・・・。」

「早く行きましょう。」


遠くから聞こえてくる音に、ニケが走り出した。


「あ、おい、待てっ!」


ギルマスも後れを取るまいと後を追う。

だが、ニケの足取りは軽く、足場の悪い森の中とは思えないもの。

大人しく気弱そうな見た目と違うその機敏な動きは、身体を鍛え続けているギルマスですら、追い掛けるのがやっとな勢いで、「最近の若いもんは、どうなってんだ?」とつい呟きが漏れてしまっていた。



しばらく走っていると、ニケが突然止まった。

進行方向ではなく、左手の方向を見ている。


「どうしたニケ?」


勢い余ってニケを追い越したギルマスは、コケそうになりながら止まる。


「あちらから、ニルスさん達の気配が・・・。」

「ニルス? そうか、あいつらはそろそろ隣町から戻ってくるころだな。途中で気付いてこっちに来たのか?」


ニケは狭也の気配がする方をチラッと見た。

少し迷って意を決する。


「ギルマスさん。ニルスさん達を助けに行きます。」

「あ? 今はサヤ達の助けに向かっているところだぞ。」


ギルマスの疑問に、ニケは真剣な表情を向ける。


「サヤさん達はまだ大丈夫です。けれど、ニルスさん達は、今、追い詰められている感じがします。」


「急ぎましょうっ!」と言って、ニケがまた先に走り出した。


「気配だけでそこまでわかるもんなのかっ?」


ギルマスは慌ててニケを追い掛けた。


暫く走って行くと、遠くから声が聞こえて来た。


「バカニルスっ! 下がれって言ってんだろうっ!!」

「こんなところで、とまれるかぁぁぁ~っ!!」


聞こえて来た声は、クレイとニルスのものだった。

それに続けて戦闘音もはっきり聞こえて来た。


「ニルスの奴、暴走してんな?」


音が近付くにつれて、周囲に妖花の姿も散見されるようになった。


ニケを見ると、約三ヶ月前の彼女からは信じられない程の動きをし、その手に持った短剣で妖花を斬り伏せていた。

正面に現れた妖花の、種を飛ばす攻撃に対し、頭上へジャンプして躱す。

そのまま木の枝を足場にして飛び下り様、妖花を真っ二つに斬り裂いた。

続けて短剣を白く光らせて、「ホーリーカッター」と呟き横に振り抜くと、白い光波が飛び出し、奥の妖花の花の部分を斬り飛ばした。

タンッタンッと軽く前にステップを踏むと、軽く一メートル先に移動し、二体の妖花の後ろに着地、その花を斬り落とした。


「・・・・・・。」


ギルマスは声も出せず、唖然としてただ見ているしかできなかった。

そして立ち止まったニケは、短剣を腰に戻し、杖に持ち替え身体の前に掲げた。


「聖なる守り人よ、その力を示し給え。」


ニケの掲げる杖の先の宝玉が、周囲から白い光を集め出す。


「邪なる力を退け、内なる者を守り給えっ!セイクリッドバリアッ!!」


行く先に見えたニルス達の周囲に光が伸び、ドーム状に白く光り輝く磁場が発生した。

詠唱を終えたニケは、素早く杖を短剣に持ち替え直し、迫りくる妖花をワンステップで横に回避、地面に短剣を突き刺した。


「ホーリーソーンッ!」


突き刺した短剣が白く輝き、周囲の妖花に地面から現れた茨の蔦が絡みつく。

この茨の蔦もまた、白く光り輝いていた。

絡まった蔦は、そのまま握り潰すように締め付け、妖花は弾けた。

気が付けば、最初の種による攻撃以外、妖花は何も出来ずに散って行った。

惚けていたギルマスの前に、ニルス達への道筋が出来上がっていた。


「ギルマスさんっ! 行きますよっ!!」


ニケの掛け声に、ようやくギルマスは動き出した。


「これが戦巫女の力なのか・・・?」


初めて会ったときは、オドオドとして今にも泣きそうな顔をしていた。

初めての冒険者ギルドに、強面だらけの冒険者達。

巫女長に連れられて来たニケが、戦巫女の修練など出来る筈がないと、ギルマスは見縊みくびっていた。

だが受け入れてみれば、ニケは頑張り屋で、見守りに付けたニルス等の冒険者パーティーとも直ぐに打ち解けていた。

信じられない程の短期間でニケは、第二試練をクリアし、最終試練に向けて旅立って行った。

これまでにも何人かの戦巫女候補を受け入れて来たが、ここまで速い成長を見せた者は居なかった。


「戦巫女だからじゃねぇな、ニケだからか・・・。」


ニルス達に駆け寄るニケを追い掛けながら、ギルマスは嬉しくてつい笑顔を零した。

短剣術は苦手だと話していた少女は、既にギルマスよりもずっと強くなっていた。



合流したニルス達は、ルーナがおらず、三人とも全身ボロボロだった。


「大丈夫かよ、ニルス。ルーナはどうした?」


大斧を地に突き体重を預けて立っていたニルスは、ギルマスを睨み付けた。


「ルーナは馬車のとこで、見張りをしてもらってる。それよりサヤだ。今すぐ行くぞっ!」

「待ってくださいっ!」


常にないニケの激しい制止と表情に、ニルスは驚きで目を見張った。


「ニルスさん、クレイさんとカインさんを見てくださいっ!」


ニルスは、後ろを振り向き、二人を見た。

二人もニルスと同じで、全身ボロボロになり、肩で息をしていた。


「ニルスさんは、パーティーリーダーですよね。何も感じませんか。」


ニケの低い声に、ニルスは感じた事のない圧力を感じてしまう。


「・・・ニルス、気持ちは解るけど、無理し過ぎよ。」

「すまん、俺も結構、限界だ・・・。」


クレイは、暴走して周りの見えていないニルスを守り、カインは毒や混乱になる二人を癒し続けていた。

暴走するニルスは、毒に掛かろうが混乱しようが、関係なく突き進み、その為、取り零す敵も多く、後始末は二人でやっていた。


「・・・すまない。」


ニルスは二人に頭を下げた。


セイクリッドバリアの周囲には、妖花が集まって来ている。

種を飛ばし、足である根っこを伸ばして結界を攻撃する。

だが、ニケの結界は強固で、ビクともしていない。


「ニケ、強くなったな。」


見守り護衛をしていた数ヶ月前とは、まるで別人のようだった。

ニルスは素直に、ニケを褒めた。


「不思議だ、この中にいると精霊力が戻って来る。」

「この結界には回復効果が含まれています。サヤさんのところに行くために、今は少し休みましょう。」


ニケは、狭也の気配がする方を見ながら、ニルス達に休憩を提案した。


「今、サヤさんの気配が、妖練華と思われる気配と接触しました。万全な状態でないと、足手纏いになるだけです。」


「生意気なことを言ってごめんなさい。」とニケは謝った。

ギルマスは、ニケの肩をポンと叩くと、ニルスの前に立った。

そして体重を預ける大斧を足で蹴る。

消耗していたニルスは、転倒を防ぐことが出来ず、地面に転がった。


「ニルス、この程度も避けられない状態じゃぁ、ギルマスとしてはサヤのところには、行かせられん。大人しく休め。」


突然の事に、文句を言おうとしていたニルスは、ギルマスの真剣な顔と声音に、黙り込んで胡坐あぐらを掻いて座り込んだ。


「・・・この状況で休めと言われても・・なかなかのものだけどね・・・。」


クレイがカインと一緒に腰を下ろしながら、周囲を見て苦笑いをする。

妖花の攻撃の音すら遮断されているようで、結界の中は静かなものである。

だが、結界には、体当たりをする妖花、種を飛ばす妖花、根で突き刺そうとする妖花、更には毒や混乱を及ぼす花粉を巻き散らす妖花と、続け様に攻撃を仕掛けられ、音がしない為、結構、滑稽な事になっているのだが、見た目だけなら迫力のある場面が繰り返されていた。


「はぁぁ~~あぁ~。この性格、なんとかしないとな。」


ニルスは長い溜息を吐いて、落ち込んでしまった。

まさかここまで狭也にのめり込むとは、ニルスも思っても居なかった。

ただ、幼い容姿の所為か、どうしても娘の様に思えてしまい、構わずに居られなかった。

自分たちよりも遥かな高みにいる存在。

しかしその性格は、容姿と同じく、やたらと幼い所があった。

十八歳とは思えず、つい、世話を焼きたくなってしまっていた。

そんな狭也が心配で、何かあると暴走する事がこれまでにも何度もあった。


ミーナのお屋敷でも、後先考えず、少しでも速く狭也の所に行くために、グラウンドブレイクと言った強力な技を使い、あっけなく狭也の結界に弾き返されてしまった。

もしあの時、結界を破れていれば、ニルスはお屋敷の玄関すら破壊して進んでいただろう。


「ニルス、ホントに反省してね・・・。」


クレイの言葉に、ニルスは情けない顔で頷いた。







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