緊急依頼
狭也とミーナが冒険者ギルドに戻って来ると、受付嬢のキミアが受付の中から手を振っているのが見えた。
「サヤちゃん、ミーナさん。こっちこっち。」
二人は何だろう、と顔を見合わせて、キミアの所に向かった。
「どうしたの?」
「お二人にお話があるんです。奥の応接室で待っていてもらえませんか?」
キミアは、狭也に対しては子供に対するような話し方をするのに、ミーナがいる時は丁寧な言葉使いになる。
それは他の冒険者に対してもそうで、狭也は(なんで自分だけ子供扱いなの?)とちょっと頬を膨らませて、不機嫌を演出する。
「(あぁ、抱き締めたい。)こほん、さ、お二人とも、どうぞどうぞ。」
キミアは膨らむ狭也を見て小声で呟いた後、慌てて二人を応接室へと案内した。
応接室に入った二人は、ソファに並んで待つことにした。
「あ、そう言えば、討伐依頼の魔石渡してない。」
狭也は、腰のポーチを開けて、中の魔石を取り出した。
「良いんじゃない。どうせ来るのはギルマスでしょ。」
テーブルの上に、横一列に綺麗に魔石を並べる狭也は、やはりどう見ても八歳の子供だった。
ついつい、その頭をなでなでしてしまうミーナ。
「止めい。」
狭也がミーナの手を弾く。
「遠慮しなくて良いのよ。お姉さんに甘えなさい。」
「・・・ミーナがこんな子だとは思わなかったわ。」
狭也はソファに座り直しながら、プイっと顔を背けた。
そうやって二人がふざけ合っていると、応接室のドアが開き、ギルマスが入って来た。
「待たせ・・・随分、仲良くなったんだなお前ら。」
初めの内は取っ付き難そうに思えていたミーナが、最近、柔らかい雰囲気になり、ギルマスは密かに安心していた。
元気な女の子と、落ち着いた優しいお姉さん。
それが最近のギルド内での二人の評価だった。
ギルマスにしてみても、どのパーティーからも受け入れを断られていた狭也が、一緒に組む相手を見つけて、親心にも似た嬉しい思いを抱いていた。
「いつか、三人まとめて、養子に貰ってやろうか?」
「・・・は?」
「・・・変態・・・。」
ギルマスのつい漏れてしまった心の声に、狭也とミーナが睨み付ける。
しっかりユアまで含まれているようだ。
「ぁあぁッ!? 別に俺は変なことは考えないぞッ! 三人の後見人になってだな・・・。」
「良いから! 本題に入りませんか?」
焦るギルマスをミーナが低い声で一括して話を進めようとする。
「あ、あぁ、そうだな。」
ギルマスは二人の向かいのソファに腰を下ろしながら、テーブルに綺麗に並べられた魔石を見た。
「討伐依頼の魔石か。キミアの奴、問答無用で連れて来たな?」
「確認してもらって良いですか?」
狭也の言葉に、ギルマスは魔石を手に取った。
鑑定魔法を使い、それがゴブリンの魔石である事を確認した。
「全部で六個。間違いないな。周囲に異変は無かったか?」
「有りませんでした。探索魔法で確認したから、間違いないと思います。」
「わかった。良し、報酬は後で届けさせよう。」
ギルマスは、律儀にも元通り魔石を綺麗に並べ直しながら、改めて話を始める。
「お前が神殿に依頼を出していた巫女が昨日、帰ってきたそうだ。」
「ニケさんが、帰って来たの?」
「え・・・。」
狭也はつい身を乗り出して、テーブルに手を突いた。
その際、並べられていた魔石に当たり、床の上に落ちた。
狭也は、慌てて落ちた石を拾い集めて、並べ直す。
ギルマスの発言には、ミーナも反応していた。
巫女が帰って来たという事は、龍脈の修復作業が始まるという事。
ミーナからしてみれば、龍脈の修復はそのまま故郷の閉鎖を意味する。
まだ心の整理が付きかねているミーナにとっては、あまり嬉しい情報ではなかった。
それに気が付いた狭也が、そっとミーナの膝に左手を置いた。
「大丈夫よ、狭也。」
そう言って狭也の頭を撫でる。
その手を払う狭也。
「まぁ、落ち着け。昨日帰って来たばかりだ。神殿側からは二、三日休ませて欲しいと言ってきている。なんせ、約三ヶ月間外に出ていたみてぇだからな。」
「龍脈の修復自体は、そんなに急いでいませんから、それは構いません。」
吸血族の村長の話では、龍脈は六百年以上、落ち着いていて修復を急ぐ必要は無いとの事で、狭也の返事にミーナは小さく息を吐いた。
「俺も状況を聞いていたから、そちらに関しては問題ないと、勝手に答えておいた。」
「流石に勝手に答えちゃ、駄目でしょ・・・。」
狭也に軽く睨まれて、ギルマスは目を反らしながら、話を変える。
「そこでだな、二人に頼みたい案件があるんだ。」
「案件?」
狭也とミーナの声がだぶる。
「最近、周辺の薬草採取地で異変が続いているのは知っているか?」
「あぁ、そう言えば、ユアと最初に逢った時、薬草が手に入らないとか言ってましたね。他にも、南の方で植物系の強力な魔物が現れたとか?」
頬に指を当てて小首を傾げながら狭也は答えた。
「そう、それだ。ここんところ、街周辺の薬草採取地でそういった魔物の出現が続いててな、軒並み上位パーティーが駆り出されてんだ。幸い、南の方は先日の騎士団と冒険者の混成軍で倒すことは出来た。」
「そこでふ・・・」と言ったところで応接室のドアが激しく叩かれた。
「マスターッ、大変です!! すぐ来てくださいっ!!!」
「何だッ!?」
ギルマスがドアを開くと、受付嬢の一人がドアの外に立っていた。
その顔には焦りの色が浮かんでいる。
「大変なんですっ!ルインさんが重傷で・・・」
受付嬢の言葉が終わるのも待たずに、ギルマスは飛び出して行った。
狭也達もその後に続いて行く。
ルインとは、このギルドに所属する先輩冒険者で、ギルド内では上位の腕前を持つ魔法使いだった。
いつもライサと云う大剣使いの剣士と組んでおり、二人揃って、前衛後衛共に大火力のパワー系パーティーとして活躍していた。
狭也も、初めの頃は何度かギルマスによって、強制的にパーティーを組まされていた二人でもある。
二人の実力を知っているだけに、狭也もルインが重傷を負って帰って来た事に焦りを感じていた。
「私も噂には聞いた事があるわ。二人に任せれば、討伐依頼は安心だって。」
ミーナは二人とは面識はないものの、どういった冒険者が所属しているのか、その情報集めはしていた。
ホールに出てみると、全身、傷だらけで、所々、浅黒く変色している肌が見えた。
「ルインさんっ!?」
ギルマスの後ろに続いて、野次馬を掻い潜りルインに近付く二人。
「・・・サヤ・・か。ギルマス・・・すまない、ライサが
狭也の声にルインは一度、狭也を見た後、ギルマスに状況を話す途中で気を失った。
「~っ!サヤ! 治せねぇか?」
「私には無理です。ミーナは?」
「地の精霊の治癒では、傷は治せます。でも、この浅黒い斑点は・・・。」
ギルマスが最初に狭也に声を掛けたのは、大陸では知られていない魔法を使える為だった。
だが狭也は、これまでの通り、回復系が苦手だった。
出来ないことはない、しかし、高確率で力が暴走する上に、強力なものは使えない為、今のルインを癒すことは出来なかった。
回復系の魔法は、神聖魔法か精霊魔法に属している。
精霊魔法使いのカインは生憎、今、討伐依頼に出ていて居ない。
このギルドには他に精霊魔法使いは、精霊使いのミーナしかいなかった。
神聖魔法に関しては、言うまでもなく神殿の独占魔法である為、この場に居よう筈もなかった。
ミーナは、地の精霊に呼び掛けながら、黒い斑点について考える。
「地の精霊よ、その優しき
温かな光が、ルインを包み込み、全身の傷が癒えて行く。
「この斑点、もしかして、黒魔毒ではないですか?」
ミーナは村の図書館にある図鑑で、昔、読んだ事がある気がした。
目の前の状況は、正にそこに書かれているのと同じ症状だったと記憶していた。
毒は、毒→猛毒→魔毒→黒魔毒→死魔毒の順に強力になって行く。
死魔毒に至っては、ほぼ即死である。
猛毒までは、精霊魔法や解毒薬でも治せるが、魔毒以上は神聖魔法でしか治す事が出来なかった。
しかし、魔毒以上を使えるモノは殆ど居ない為、神殿に頼り切りというのが現状だった。
「おいっ!神殿に使いを出せっ!!至急、巫女を一人呼んでくるんだッ!!!」
ギルマスが、常にない大声を発して事務室でおろおろしている職員に対して怒鳴りつけた。
「は、はいッ!今、すぐッ!!」
三十代位の男性職員が、急いで外に出て行った。
「私が行こうか? 多分、その方が速いです。」
「いや、サヤには今すぐ、二人で南西の採取地に行ってもらいたい。ルインの言葉が本当なら、そこでライサが捕らわれているはずだ。」
ルインはその手に、
「こいつぁ恐らく、
「黒魔毒を使うたぁ、聞いた事がないがな。」とギルマスが二人に敵の情報を伝えた。
煉獄の炎、その名の通り、地獄で燃え
しかし、ルインには火傷の後は無い。
そもそも煉獄の炎を使われていたなら、ここに戻って来ることは出来なかった。
「敵の情報は最初から解っていたの?」
「いや、あの場所には妖花という、中位の魔物の出現が確認されていたが、他には確認されてねぇ。」
狭也の疑問にギルマスは答える。
「行ってみましょう、狭也。少なくともこのままには出来ないわ。」
ミーナの声に、狭也は頷いた。
「すまん、ことは急ぐ。おれぁ、騎士団長にかけ合って騎士団の派遣を頼んでくる。」
ギルマスは、ルインをキミアに預けて、立ち上がった。
「状況が状況だけに、無理はするなとは言えないが、ライサがまだ無事なら助けてぇ。だが、時間稼ぎだけでもいい。他の奴らが駆け付けるまで持ちこたえてくれ。」
狭也とミーナは、首を縦に振って、ギルマスの言葉に頷いた。
「行こ、ミーナ!」
「えぇ!」
狭也とミーナは、地図で場所を確認するとギルドを駆け出して行った。
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