心配

矢が一直線に空を切って飛んで行った。

その先には緑色の肌をした小人がいた。ゴブリンである。

矢は見事にそのゴブリンの額を貫いた。

その周囲には既に五体のゴブリンが倒れていた。


「おぉ~、やるねぇ!こんな離れた所からも当たっちゃうんだ。」

「これぐらいなら余裕よ。出番無かったわね。」


離れた岩場の上に、狭也とミーナは居た。

今回の依頼は、ゴブリンが六体、街道付近に出没した為の討伐依頼だった。

魔除け灯がある為、街道に侵入する事はないが、近場から石などを投げて行商人達を襲っていた。

取り返しのつかない怪我人や商品が壊されるのを防ぐ為に、討伐して欲しいとの事だった。


ゴブリンが米粒にしか見えない程の遠距離から、連続で撃ち出された矢に、瞬く間に倒れて行った。


「狭也もあれが見えるのね?」

「ん? うん、一応、遠見持ってるからね。」


岩場の斜面を滑り降りて行く狭也の後を追い、ミーナも弓を肩に掛けて後に続く。


「本当、あの小さい身体で良く動くわよね。」


ミーナは、最近、相棒になったばかりの狭也の背中を見て微笑んだ。

テテテテ~と走っていく狭也の足は速く、ミーナは結構、本気で後を追った。


ゴブリン達の遺体に辿り着くと、狭也はゴブリンに向けて右手を掲げた。


『【支龍力】よ、我に集え、その権能により、【存在力】の使命を開放せよ。』


狭也が聞き慣れない言葉で詠唱を行うと、ゴブリン達の身体が緑色の靄に包まれ、その靄の色が黄色に変わると魔石を残して六体のゴブリンの身体が消えて行った。

素材収集の場合は狭也が解体をするが、ただ討伐だけならこうして魔石のみを残して遺体を消していた。


「出番、あった。」


狭也はミーナを振り返って、満面の笑みで言いながら、ゴブリンの魔石の回収を始めた。


狭也の使う魔法は、ミーナには聞いた事もないもので、何度か習ってみようとしたものの、魔力は何の反応も示さず、早々に習得するのは諦めていた。

決闘の時、狭也が見せた“龍牙”を弓に応用すれば、結構な戦力アップになると考えたのだが、そう甘くはなかった。


どう見ても、子供が石ころを集めて遊んでいるようにしか見えない狭也。

依頼の度に、この光景を見て、ミーナはいつもなごんでしまう。

五百年の地下暮らしから、地上に、しかも多くの人の中での暮らしに、不安や緊張を感じていても、この姿だけで心が癒されるようだった。


ただ・・・。


ミーナは狭也の頭を撫でた後、両肩から両腕までをポンポンポンと軽く叩いた。


「えっと、 何?」


突然のことに、狭也は、右側の身体を庇う様にミーナから遠ざけて、首を傾げる。


「何でもない。妹が居たらこんな感じなのかなぁって思っただけ。」

「こ、子供扱いしないでくれる! こう見えても十八歳なんだからっ!」


揶揄からかわれたと思い憤慨する狭也を、ミーナは「はい、はい。」とさらっと躱す。


「それより、ゴブリンが六体。少し周囲を探ってみましょう。」


ミーナは誤魔化すように話題を変えた。


ゴブリンは基本五体で行動をする。

他の魔物や魔獣、冒険者との生存競争で数が減ることはあるが、不思議なことに六体以上になることはなかった。

知能が低い為、お互いの意思疎通による統率がそれ以上は取れなくなるのが六体以上増えない理由だと考えられていた。


『範囲探索』


狭也が右手を突き出すと、紅色の光が周囲へ拡がっていく。

狭也は目を閉ざし意識を集中させる。

紅い光は薄く広く拡がり、その内の生体反応を探る。

数分の後、紅い光が引いて行き、狭也はそっと目を開けた。


「一応、この周辺に魔物も魔獣も反応ないわ。」

「了解。それじゃあ帰りましょう。」


ミーナはつい幼子に差し出すように右手を差し出した。


「やっぱり妹扱い?」


狭也は呟きながらちょっとむくれたものの、そっとミーナの右手を握り返した。



-----



握ってきた小さな左手は温かく、狭也の生命力を感じさせる。

けれど、私を地上へ導いたあの日。

決闘の直後、倒れた狭也を支えた時。

その右腕は氷のように冷たかったのを憶えている。

他の部分とは、まるで体温が違っていた。

あの時は、力を使って体調を崩した所為と思っていたのだけど。


狭也と再会し交流を重ねる内、狭也が動植物関係なく生命ある者に対しては、決して右手で触れていないことに気が付いた。

左利きというわけではなさそうで、ペン等の無機質な物は普通に右手で使用していた。


一度、狭也の魔力の流れを視たことがある。

魔力の流れ自体は、全身隈なく問題なく流れていた。


以前、ロアナには、狭也の過去を聞いた事がある。

私よりも酷い目に遭っているという。

詳しい内容は教えては貰えなかった。

地の精霊である師匠も、これに関しては秘密だという。

二人とも、普段はお喋りなくせに、こういう所は変にお堅いんだから。


まだ出逢ったばかり。

私としては、既に妹の様に可愛いと思えているのだけれど。


いつか、話してくれるのだろうか。

握り返してくれる狭也の左手を、ちょっと力を籠めて、きゅっと私も握り返した。



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