第三章 神殿の少女
溢れる想い
その大樹は、赤、青、黄、白と彩とり取りの花を咲かせていた。
広大な広場の東端、小高い丘の上に立つその大樹は、神聖樹と言われている。
この丘と樹には、既にお伽話と化した伝説がある。
この丘は幾つもの頭を持った化け物が眠る墓標であると。
そしてこの樹は、その化け物の力を浄化しているのだと。
私はその木を見上げていた。
この街に来てから、幾度か見上げていた。
この樹からは不思議と、ニケさんの気配を感じていた。
最初は解らなかった、だけど、ニケさんと出逢った後、何度か見に来る内に、この気配が彼女のものである事に気が付いた。
ところが、最近、この樹の元気が無くなってきている気がする。
それに併せて、ニケさんの気配も弱まっている。
任務で外に出ているというニケさん。
もし彼女がこの樹と何らかの関わりあがるのなら、
「いつもちょっとで悪いけど・・・。」
樹全体から感じる神聖樹自身の力はまだ力強く、当分は大丈夫だと思えるものの。
「例え少しでも、私の力も足しにして。」
幹に触れた私の左手から、【龍牙力】が大樹へと流れ込む。
本当なら、自然そのものの力である【守護力】が良いのだろうが、生憎、私はその力を単独で使うことが出来ない。
それでも、神聖樹がお礼とばかりに、葉を揺らし、花々が淡く光ったように見えた。
眩暈がするまで力を注ぎ続けて、近くのベンチで少し休憩をしてから私は帰る事にした。
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その広場には、はるか頭上を見上げる大きな樹があります。
私は日課として、巫女の修練の一環として、その樹に神聖魔法をかけていました。
しかし、ここ三ヶ月ほど、私はこの地にいませんでした。
その理由は、
中央神殿は、この国の首都にある大きな神殿です。
この街からは徒歩で片道一ヶ月弱掛かりました。
そして、この旅自体が、最終試練の一部だったのです。
初めての遠出に期待半分、不安半分でしたが、強力な魔物や魔獣と出会うことなく、旅が出来ました。
たどりついた先の中央神殿では、半月にわたる訓練の日々でした。
そしてその訓練を乗り越え、教官に認められて初めて、戦巫女としての資格を得られるのです。
そうして戦巫女としての資格を得た私は、約三ヶ月ぶりにこの街に帰ってきました。
こうして私がこの街に帰ってきて、最初に足を向けたのは、神聖魔法をかけ続けていた神聖樹のもとでした。
そこで私が見たのは、神聖樹を愛し気に見上げる幼い女の子の姿。
この大陸には他にはいないだろうと言われる黒く長い髪。
それがそよ風にゆれて、陽射しを反射してキラキラと輝いて見えました。
彼女の名前は、サヤさん。
前に私の護衛をしてくれた冒険者さんです。
突然のことに茫然と彼女を見つめていると、彼女は神聖樹に小さな手を添えました。
そして彼女の身体が少し水色に輝いたと思うと、触れた手を伝って大樹の幹へと吸い込まれていきました。
喜ぶように大樹の葉がゆれ、花が淡く輝きます。
その輝きはうすく、日中のこの時間帯では、それに気がついた方はいらっしゃらないでしょう。
けっこう長い時間そうしていたと思います。
彼女の手から光が消えたかと思うと、すこしふらついていました。
近くのベンチに座ると、サヤさんは改めて神聖樹をやさしく見上げました。
お声をかければよかったのですが、その姿が神々しくて、私は、呼吸も忘れて、指一本動かせずにいました。
ただただ遠くからサヤさんを見つめることしかできず、やがて彼女はこの広場から立ち去っていきました。
私がいない間、この神聖樹のお世話をして下さっていたのかもしれません。
おそらく、それは偶然なのでしょう。
けれど、久し振りに見かけた彼女の新たな一面に、私の胸には愛しさが溢れて、知らず涙を流していました。
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