章 間
引っ越し
お屋敷調査から、一ヶ月が過ぎた頃。
私は今日も、お姉ちゃんの情報を求めて冒険者ギルドの受付に向かった。
しかし、受付嬢のキミアさんから返ってきた返事も、いつも通りで。
「ごめんねサヤちゃん。まだ何の情報も入ってないわ。」
ここまで情報が入らないとなると、お姉ちゃんは、何処の街にも寄っていないのではないかと、いい加減思ってしまう。
「むぅ・・・。」
「サヤ。」
やたらとニコニコしているキミアさんの前で、頬に手を当てて考え込む私に、呼び掛ける声があった。
振り返るとそこには、ミーナが居た。
あの事件以降も、ミーナとは交流を持ち、今ではお友達と呼べるまでになっていた。
「人が待っているのに、真っ先に受付に行くってどうい事?」
「ごめんごめん。」
小走りでミーナに近付き私は謝る。
ミーナは私の事情をまだ知らない。
無視をされたと思っても仕方がなかった。
ミーナは、母親のミリネさんと幽霊のロアナに説得されて、キュリア市に活動拠点を移す事になった。
お屋敷には、週に一度、戻るらしい。
ただ、ミーナは五百年間、地下に引き籠っていた為、持っている通貨は昔の物で、今の時代には通用しなかった。
そこで冒険者登録をし、お金を稼ぐ事になった。
その実力は私との戦闘でギルマスも良く解っている為、登録はスムーズに行われた。
ところが、五百年独りきりで地下で暮らしていたミーナの街での一人暮らしを心配したミリネとロアナが、ユアの家を当面の住処として相談を持ち掛けて来た。
最初、ユアは難色を示していたが、ミリネさんには頭を下げて頼み込まれ、ロアナにはその妖艶さを活かして色仕掛けで迫られ、渋々、許可を出していた。
ミーナ自体、他の人に混ざっての一人暮らしに不安を感じていた為、素直にその提案を受け入れていた。
それが一週間前の事である。
今日は、ミーナがユアの家に引っ越してくる為、冒険者ギルドで待ち合わせをしていたのである。
「ユアさんは来てないのね。」
「今日はお仕事の納期なんだって。」
ユアは昨日から、傷薬や解毒薬等を大量に作っている。
何でも南の方で植物系の強力な魔物が現れて、騎士や冒険者の混成軍が編成されて、退治に向かったらしい。
しかし状態異常が激しいらしく、魔法使いや治癒師の回復だけでは追い付かないらしい。
それを埋め合わせる為に、大量に薬が使用された事で、急遽、追加発注としてユアにも依頼が回ってきたそうだ。
「重なってしまったのね、ユアさんに悪いことをしたわ。」
ミーナは五百年以上を生きる吸血族。
しかし、その見た目は、十八歳。
そう、見ため的には私と同じ十八歳なのである。
私の本当の姿も、ミーナの様に胸は出て、腰は細くて、絶対にスレンダーな身体である。
・・・きっとそうだ・・・・・・。
「サヤ?」
ミーナの声に、はっと意識が戻る。
大人な言動をするミーナを見て、つい妄想をしてしまった。
「大丈夫よ、ミーナの引っ越しが決まってから、ユアは楽しそうにミーナのお部屋の準備をしていたもの。」
あんなに渋々だったのに、引っ越しが決まるとユアは嬉しそうだった。
どうやら、両親が亡くなってから、静かだったあの家が、また賑やかになるのが嬉しいようだ。
「荷物はこれだけ?」
「えぇ。正直、持ち出すような荷物なんて無いからね。」
荷物は小さなバッグが一つと、机に立て掛けた弓矢が一式だけだった。
身一つでユアの家に転がり込んだ私が言う事じゃないけれど。
「もう少し着替えとかあっても、邪魔にならないと思うよ。」
「良いのよ。新しいスタートなのだから、これから色々と買い集めていくわ。」
今着ている服以外にも、ロアナから貰った服がいっぱいあるそうだ。
他にもロアナにはお化粧なども習っていたらしい。
引き籠っていた割に、私なんかよりもずっと女の子をしている。
それらを殆どお屋敷に置いてきて、ゼロからやって行くと。
「ところで・・・。」
ギルドから外に出た所で、ミーナが少し心配そうな顔を向けて来た。
「龍脈の修復の件は、今どうなっているの?」
龍脈を修復すれば、地下の吸血族の村は閉鎖することになる。
ミーナにとってはとても大事なことだった。
「えと、一応、ギルドを通して教会に依頼を出してるのだけど、頼む娘が任務で遠出しているらしくて、もう少し掛かりそう。」
あの事件から一晩明けて私はユアに相談した。
すると冒険者ギルドを通して依頼した方が、個人的に依頼するより早く対応してくれるだろうという事だった。
元々、この街では、神殿の施しで冒険者ギルドに護衛依頼を出している事から、他所よりもその対応は早いらしい。
ただ今回は、ニケさん個人を私が指名している為、時間が掛かってしまっていた。
「私としてはまだ少し離れ難いから、もっと時間が掛かっても良いわよ。」
ミーナは複雑な表情をして言った。
孤独で辛い記憶の残る場所、でもそこは地の精霊達やロアナとの大事な想い出が詰まっている場所でもある。
なかなか割り切れないものがあるのだろう。
「あ、狭也、ミーナさん。」
ユアの家に続く路地に入ったところで、薬の入っているであろうバッグを抱えたユアと会った。
「今から納品? 手伝おうか?」
「ふふ、良いよ。家でゆっくり待ってて。」
「申し訳ないです、これからお世話になります。」
納品場所は正門の門衛の待機室だという。
ユアは手を振りながら、私の申し出を断り、ミーナに休むように伝えた。
この日以降、私はミーナとパーティーを組む事になる。
ユア曰く、突っ走り気味な私を、ミーナなら抑えることが出来るだろうとの事だった。
突っ走った覚えは無いんだけどなぁ・・・。
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