満ちる笑顔

砂塵に視界が奪われる中、ミーナは何時でも次の行動に移れるように身構えていた。

面で攻撃をするスターライトシュート。

何の調整もせずに放った場合、半径一キロメートル内を斉射し、ダメージが分散される。

しかし今回、ミーナはその範囲を狭也の周囲に限定した。

絞った範囲攻撃は、その威力が増す。

タイミングもピッタリ合致していた。


さぁっと夜の風が砂煙を吹き飛ばす。

そこには黄色に輝く結界の上端が垣間見えた。


「ストーンケージ。変われ、固まれ、強く硬く、そして、刺し貫けッ!アイアンメイデンッ!!」


ミーナが唱え終わると同時に、結界に包まれて膝を付いている狭也が見えた。


狭也を結界ごと包み込んだ石の檻が、ミーナの詠唱に併せてその性質を変え鉄の檻となる。

そしてその檻の内側には大量の棘が飛び出した。

棘は鋭く長く伸び、狭也の結界を傷付ける。

結界にひびが入るのを見た狭也は、ロングソードが纏う光を紫色に変えた。

それに併せて狭也の瞳も紫色になる。


次第に罅が大きくなり、結界が破壊されそうになった直前、狭也が動いた。

目にも留まらぬ剣閃が、結界ごと鉄の檻を切り裂いた。


未だ晴れ切れぬ砂煙の中、狭也は瞳を紫色に光らせ、ミーナを睨み付けた。

妖艶なその瞳に射貫かれたミーナは、次の行動を起こす事が出来なかった。


狭也が軽く地面を蹴ったように見えた。

ミーナの目には、狭也が向かって来るのがはっきり見えた。

先程までは、気配を読まなければ動きが見えなかった。

しかし今は、狭也が一直線に近付いてくるのがはっきり見えていた。

だが、身体が動かない。

まるで狭也の視線に縛られてしまったかのように。


狭也の間合いに入った途端、狭也が視界から消えた。

そしてその直後、喉に感じた冷たい感触で、ミーナは狭也が後ろから刃を喉に当てている事に気が付いた。


実際には、それは一瞬の出来事だった。

しかし、ミーナは、狭也の紫色の瞳で、感覚が縛られてしまっていた。

狭也と感覚を共有してしまった。

より強烈な感覚は相手の動きを縛り付ける。

そして、感覚を共有した事で、狭也の動きが見えたが、その身体は金縛りに遭ったように動かす事が出来なくなっていた。

直前に迫ったことで感覚の共有が解けたが故に、視界から消えたように見えていた。


「相手を良く視る事は大切な事だよ。でも、それが命取りになる事もあるの。」


狭也は、ミーナの喉から刃を離し、そっとロングソードを下ろした。


「私の勝ちだね、えっと、ミーナ。」


ミーナは、可愛い笑顔で勝利宣言をする狭也を見て、気が抜けたように微笑んだ。

狭也には、まだまだ余裕が見て取れる。


「完敗ね、サヤ。ありがとうございました。」


ミーナは狭也に向けて頭を下げた。

再び上げた顔は晴れ晴れとしていて、見た目通りの少女の顔がそこにはあった。



-----











見張り以外、全員が寝静まった深夜。

隠れ里の内側からの突然の襲撃。


全員が退魔師である仲間達に、逃げ出す者はおらず、果敢に立ち向かって行った。

まだ幼くとも戦う力を持っていた為、狭也も前線に立ち、刀を振るう。

だが、仲間達は、瞬く間に斬られ、裂かれ、打ち砕かれた。


どれだけ戦ったか解らない。

気が付くと狭也は、仰向きに倒れ、血飛沫がまるで霧の様になって舞う空を見詰めていた。


横に視線を向けると、目の前には・・・四肢ががれて・・・顔が潰されて・・・ひしゃげた身体が・・・おびただしい数の仲間の遺体が・・・横たわっていた。


辺りに漂うのは、吐き気を催す程の血や臓物の臭い。

その只中にあり、狭也はまだ生きていた。


音のする方を見上げると、十メートルは優に超す巨大な体躯と、天を突くような大きく長い角を持った鬼が暴れていた。


鬼が腕を一振りするだけで、周囲の人間はその爪でまとめて切り裂かれ、その手は、人を鎧ごと軽々と握り潰して投げ捨てた。


吹き飛び、投げ飛ばされた身体は、その時点で一部、または全部が欠損していて・・・。



私もまだ戦わなければと、立ち上がる為に両手足を動かそうとするも、手を突くことも出来なければ、腰を捻る事も出来なかった。


不思議に思い、顔を無理やり動かして、痛みの麻痺した身体を見ると・・・。


左腕は肘から下が無くなり、右腕は引き千切られたのか、肩の辺りの筋肉がギザギザに伸びきって露出しているのが見えた。



そして腰から下は赤黒く染まり――――――。
















-----



「・・・・・・ん?」

「あ、狭也、起きた?」


目を覚ますと狭也は、ユアに膝枕をされて、横たわっていた。

周囲に目を向けると、雰囲気は和気藹々わきあいあいで、焚火も焚かれ、まるでキャンプファイヤーのようだった。


「そか、私、寝ちゃったんだ。」

「大丈夫? 凄くうなされていたわ。」


ユアは狭也の額に浮いた汗をハンカチでぬぐいながら、心配そうに覗き込んでいる。


胸の内に残る夢の残滓は、今もあの戦場の無残な情景を思い起こさせ、痛みを伴って、狭也を責め立てる。

そっと右手を目の前に翳す。

見た目だけで言えば、擦り傷もなければ、シミすら一つも無い小さな手。

しかしこの右手は、ロアナのような霊体を触る事ができ・・・。


きっと、五百年前の出来事を、記想珠を通して見てしまったから。

心の奥底に眠らせていた記憶が、影響を受けて出てきてしまったのだろう。


夢を振り払おうとしていると、右手をユアがそっと両手で包み込んでくれた。


「・・温かい・・・。」


つい狭也は呟いてしまう。

本当は、そんな感覚など、今の右手にはないはずなのだが、ユアの手はとても温かく感じた。

それがとても愛しく思え、包まれた手をそのまま口元に持って行き、ユアの手の甲にそっと口付けをした。


「さ、狭也っ!?」


突然の事にユアが焦る。

それを見て、狭也は微笑んだ。

ユアの顔は真っ赤になり、それでも二人はそのまま暫く黙って見詰め合った。



「ここに居たのね。」


足元の方から、ロアナの声が聞こえてきた。

ユアの太腿から頭を上げると、ロアナがふよふよと漂いながら近付いて来るのが見えた。

それを見て、狭也は飛び起きた。


「私、そんなに寝てたのっ?」


ロアナが幽体である以上、器が消えるだけの時間が経っているということだった。


「あの後、ミーナと握手して、そのまま倒れちゃったからね。ミーナの慌てっ振りったら。」


突然、意識を失って倒れて来た狭也を、膝を突いて支えた時のミーナの慌てようを思い出しロアナは笑う。

今日一日で、ミーナの泣き顔、真剣な顔、笑顔に慌てふためく顔と、見た目通りの少女らしく、コロコロ変わる表情を拝めて、更には、絶対、叶わないと諦めていたミーナとの触れ合いに、幸せをいっぱい感じられて、ロアナは、狭也に感謝していた。

そんな狭也の言葉をロアナは思い出す。


「あなた、言っていたものね。力を使い過ぎたらヤバいって。」

「えっ本当なの? 大丈夫なのっ? 狭也っ!?」


折角、身体を起こしたのに、ユアが慌ててまた頭を太腿の上に引き倒した。

その表情は心配気に歪んでいる。

狭也は左手でユアの頬を撫でる。


「久し振りに力を使いまくったから、体調が少し崩れただけだよ。これくらいなら、大丈夫だから。」


そう言って立ち上がる狭也を、ユアは後ろから支える。


「無理しないでよ。」

「ありがとう。」


少しふら付いたものの、狭也はしっかり立ち上がった。

軽くジャンプして、身体の調子を確かめる。


「ん、大丈夫。」


そして改めて周囲を見回すと、やはりそこには焚火を取り囲む陽気な一団が居た。

食べ物や飲み物は、地下から持ち出してきたという。

それはミーナが精霊達の力を借りて作って保存していた野菜達。

地下生活では流石に肉類は手に入らないものの、今この場所には、食べ物を必要とするのは六人のみ。

立派に育った野菜だけで十分だった。

飲み物に関しては、ミーナはお酒を一切飲まない為、酒蔵には大量に余り物があった。


冒険者ギルドの四人は、幽霊達に挟まれ陽気にはしゃいでいた。

実にお気楽である。


ミーナがミリネや村人達に囲まれ、笑顔で笑っているのが見えた。

師匠を含めた精霊達も、彼女の周りを飛び回っている。

ミーナの笑顔に、狭也も自然と笑顔になる。


「ロアナ、これからどうするの? 吸血族は龍脈を修復して村を閉じようとしているわ。」

「良いんじゃない? ミーナもこれからは街の方に出て行くでしょうし。」


ロアナをそっと見上げると少し寂しそうに見えた。


「私達はこの地に縛られてるから、この屋敷でミーナが帰って来るのを待つことにしましょうかね。」


村は閉じても、地上にあるこのお屋敷は残る。

冒険者ギルドが養成施設にと望んでいるが、今回の件で流石に諦めるだろう。


「帰ろう? ユア。」

「そうね、さすがに疲れたわ。」


狭也は、宴会に加わることはなく、ユアと一緒にそっと抜け出した。


「またね、いつもでいらっしゃい♪」

「ミーナに宜しく伝えておいて。」


狭也とユアは手を振って、ロアナに背を向けた。



「そういえば、狭也。普通にしゃべれるようになったのね。」

「ん? えっと、これは・・・・・・。」


二人の会話が遠ざかるのを聞きながら、ロアナはミーナの許へと戻って行った。







因みに、山道の入り口で、ユアが怒鳴り返した門衛が、周囲を警戒して直立しているのを二人は見つけた。

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