011-07. もう一度抱き締めて
何処までも続く階段を降りて行く。
光る壁の正体は、精霊達の力の欠片。
優しく照らすその光には癒しの力も含まれているらしく、先程の戦闘の疲れが癒えていく。
三階程の高さを下っただろうか、目の前に歪みが見えてきた。
その手前で足を止め、その歪みに触れてみる。
どうやら空間が捻じ曲がっているようで、差し込んだ手は、その姿を消す。
痛みなどの違和感は一切ない。
狭也は思い切ってその歪みに頭を突っ込んでみた。
ギュッと閉じていた目を開いて見た先は、地階へ続く通路だった。
一度、頭を戻して、目を閉じる。
感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を探る。
『どうやら、地階はもっと下にあるみたいね。これは
縮地とは、簡単に言ってしまえば二点間の距離を縮めて、移動距離を短くする技術である。
地脈を弄ることで実現するその技術は、地脈と直接繋がりのある地の精霊ならいとも容易い事であろう。
気配を探った限り、地階が存在する場所は、狭也の探索範囲内を優に越えていた。
一体この先にあるのは何なのか。
狭也は少し興奮を憶えながら、縮地へとその身を潜らせた。
縮地を潜り抜けると、そこは精霊の気配と、恐らく地上に出て来た幽霊達の気配で溢れかえっていた。
しかしその中に、
-やっとここまで来た。-
すると精霊の一人が狭也に話し掛けて来た。
『貴方は?』
その精霊は、光の姿ではなく、少女のような可愛い姿で狭也の前に現れていた。
精霊が人前に、その姿を現すのは珍しい事である。
余程、認めた相手でもない限りは、見えたとしても光の玉でしかない。
『私は、狭也よ。貴方達の試練とやらを受ける様に言われて此処まで来たの。』
精霊に敬意を表すように狭也は、小さくお辞儀をした。
-ミーナは私を師匠と呼ぶの。だから師匠で。-
『シショーさんね、宜しく。』
狭也は少し小首を傾げて、もう一度小さく頭を下げた。
『そう言えば、言葉が通じているのね。』
-私たちに言葉は関係ない。-
精霊は、世界中に存在し、個であり多である。
同じ系統の精霊なら全員が繋がっている。
もともと、精霊の声は、直接、耳から聞いているわけではない。
脳内に届いた時点で、知っている言語に変換されていた。
-狭也、ミーナを救って。あの娘はずっと独り。でも大地の精霊も認めるあなたなら。-
全ての地の精霊の頂点に立つ存在。
それが大地の精霊である。
この世を構成すると云われる四大精霊には、それぞれにそれを統べる者が存在する。
火なら業炎の精霊、水なら麗水の精霊、風なら舞風の精霊、そして地なら地母の精霊。
統べる者達の名を呼ぶことは恐れ多いとして、一般的にはそれぞれ火炎・水流・風花・大地と呼ばれていた。
この精霊達を更に纏める者が存在し、それは精霊神と呼ばれ、人間の信仰の一つである、女神キシンリュウと同一人物であるとされている。
『ロアナも貴方達も試練を課すくせに、その子を救えという。流石に身勝手過ぎない?』
狭也は、瞳に苛つきの色を覗かせつつ、髪を掻き揚げた。
-ずっと待ってたの。五百年間ずっと。やっと来てくれた。-
『シショー・・・。解ったわ。』
そのミーナという子が、普通の人間ではないことは、何となく理解していた。
しかし、五百年。
流石に亜人族でもなければ、そこまで長い年月を生き延びられる者は居ない。
狭也の知る限り長命の種族は、
-ミーナは、吸血族。五百年前、人族にぜんいん、ころされた。-
吸血族、狭也は初めて聞く種族だった。
しかし、ロアナの台詞から気付いてはいたが、精霊にはっきりその言葉を聞かされ、狭也は一度、きつく目を閉じた。
(五百年、こんな地下でたった独りで・・・?)
ロアナや精霊達が居たとはいえ、彼女達は超常の存在。
その子の支えにはなったかもしれないが、胸の内の孤独を完全に充たせるとは、到底思えなかった。
狭也の胸の内にも、その孤独感は存在し、それを充たしてくれた存在が瞼の内に浮かび上がった。
(おねぇちゃん、何処に居るの? ・・・逢いたいよ。)
ずっと我慢してきた想いに、胸が焦がれる。
『それにしても、貴方、精霊の割にはお喋りね。』
狭也は、胸の内に感じた焦燥感を振り払うように、精霊に努めて明るく問い掛けた。
-待ちのぞんだ存在、ミーナを救う子。わたしたちの幼子をあなたにあずけたい。-
その為には、幾らでも喋ろうと、師匠は真剣な瞳を狭也に向けていた。
五百歳の人間を幼子と称する。
精霊は天地創造より存在すると言われている。
何億も長い年月に比べれば、五百年なんてあっという間。
精霊にとっては、この世界の誰もが幼子なのかもしれない。
『期待に添えられるかは、解らないけれど、私もその子に興味が湧いたわ。会ってみたい。』
狭也の言葉に、師匠が導くように前に進み出た。
通路の途中にある扉。
その殆どの部屋には、ただ、机と椅子があるだけで、ちょっとした休憩室か何かのようだった。
しかしその内の一つの部屋。
一番奥の大扉の一つ前の扉の中には、白い珠が残されていた。
『これは・・・。』
触れた途端、ある情景が狭也の脳裏に滑り込んできた。
五百年前の情景、胸に抱えた幼い少女は、不安な顔をしてしがみついている。
安心させるように微笑み囁くも、その少女の顔は晴れない。
少女を家に残し、地上に出た母親は、騎士鎧を着た襲撃者と戦い、その生命を落とした。
『・・・ミーナさんのお母さん。』
しかしこの珠には、少女を癒そうとするかのように、母親の優しい想いも刻まれていた。
-ミリネ、ミーナの母親が残した
それは、精霊が認めた者が、死に臨んだ時、その記憶や想いを残される者へ贈る為の特別な宝玉。
この珠を残したミリネの、優しく温かい想いを、ミーナに届けないといけない。
狭也はその珠を大事に腰のポーチにしまった。
『でもどうしてこんな所にあるの? 本人に渡せなかったの?』
-ミーナは心を開かない。あの娘を想う心、村の入り口を通り抜けられなった。-
村自体が彼女の後ろ向きな気持ちで閉ざされていた。
そうい事なのだろう。
『ん、じゃぁ、ロアナは?』
彼女もミーナの事を想っていた。
-ロアナは、ミーナが認めた子。だから扉、関係ないの。-
『成程ね。赤の他人、それ故、村の入り口を通り抜けられたと。』
認識してしまえば、拒否も何もないと。
『行きましょう。』と狭也は、もう一度、何かないか部屋の中を見渡して、精霊に先を促した。
通路に出れば、すぐ横に、精霊の力で封印された大扉が見えていた。
『・・・・・・。』
そしてその大扉の向こう側に感じる、不穏な気配。
寂しくて絶望に沈んだ心の波長。
-ミーナ、ロアナが出て行ったから、失ったと思っている。だから絶望してるの。-
『もしかしなくても、私がお屋敷に来た所為ね。』
記想珠の中の、記憶の断片。
母親に置いて行かれた記憶。
彼女は眠っていたけれど、あの状況で目が覚めて、かつ、いつまでも誰も戻ってこなければ、幼くとも想像はつく。
そんな彼女が、私が来たことで、ロアナが目の前から去って行けば、過去の情景と重なってもおかしくはなかった。
-あの娘を哀しませたくはないの。笑っていてほしいの。わたしたちがあなたを試そうとしたばかりに、あの娘は・・・。-
どうやら精霊達は、自分達を責めているようだった。
精霊が試練を行おうとしなくても、どちらにしろ、ロアナは私を試そうとしただろう。
恐らく、結果は同じだっただろうと思われた。
『はっきりは約束できないわ。でも、私もミーナさんを助けたい。』
狭也は、目の前の大扉を見上げた。
その扉は本当に大きく、狭也の身長で近場に立てば、天辺を見ることは出来なかった。
狭也は少し離れて、大扉全体を見渡す。
大扉も、この地下道に通じる階段のを開く柱と同様、質素なものだった。
何の装飾もなく、大きさも相まって、剝き出しの地肌が、見る者に威圧感を与える。
『ん、あそこ・・・。』
狭也は大扉の柱の一部が窪んでいることに気が付いた。
『ここもか・・・。』
やはり狭也の頭よりも高い位置にその窪みはあった。
-大丈夫?-
師匠が心配そうに問い掛けて来た。
手が届くのかと、精霊にまで心配され、狭也は苦笑するしかなった。
柱の時同様、狭也は窪みに近付き、手の平に魔力を溜めて背伸びしながら触れた。
すると大扉にかけられていた精霊の封印が、パリンと音がしそうな感じで弾け飛んで、大扉が音を立てて開き始めた。
今まで狭也と精霊を遠巻きに見ていた幽霊達が、騒めき出し、大扉の隙間から中に入って行った。
『あの人達も、ミーナに拒まれて入れなかったのね。』
-うん。-
狭也の独り言に、師匠は短く頷いた。
-----
絶望に沈む心で、泣き続けるミーナ。
もうどれだけの時間、こうして泣き続けていたのだろう。
零れる涙はそれでも止め処なく流れ続ける。
ロアナは行ってしまった。
精霊達も応えてはくれない。
ここにはもう、ミーナだけ。
そんな昏い想いに沈むミーナの耳に、大きなものが動く音が聞こえて来た。
泣き続けて腫れた顔を上げたミーナは、目の前の大扉が少しずつ開いていくのを見た。
「え・・・何、で・・・?」
扉の隙間の向こう、誰かが立っているように見える。
少しずつゆっくりと開いていくその隙間から、大量の半透明な姿をした人達が流れ込んできた。
その人達は村の中へ各々飛んで行く。
ミーナはそれを茫然と眺める事しかできない。
「ミーナ。」
そんなミーナの耳に、懐かしい声が聴こえた。
恐る恐るミーナはその声のした方に振り向く。
「え・・・う・・そ・・・。」
そこには夢で何度も見た、愛しい母親の姿があった。
「やっと会えたわ、ミーナ。」
ミーナは母親のその透けた身体に手を伸ばす。
母親のミリネは、手を伸ばす愛娘を抱き締めようと、前に出る。
「あ・・・。」
二人は擦り抜けて、振り返った姿勢で見つめ合う。
ミーナは立ち上がり、ミリネと改めて向き合った。
「本当に、お母さん? 今までずっと待っていたのに・・・。」
「ここに入ってくることが出来なかったの。ずっと開いてくれる人を待っていたのよ。」
ミリネは開いた大扉を抜けて、歩いてくる狭也を見た。
まだ幼く頼りなげに見える相貌、それでもその歩みは自信に満ちているようで、堂々としていた。
「初めまして、私は狭也。一応、十八歳、だよ。」
二人の手前で立ち止まり、狭也はミーナに左手を差し出した。
「・・・十、八・・?」
ミーナはそっと手を差し出して、狭也の手を握り返した。
この見た目で十八歳と言われても、信じられないだろう。
握手するその手も小さくて、ミーナの手にすっぽり収まってしまうだろう。
狭也にとっては、もう慣れっこではある。
「ちょっと、きつい話。貴女、ここに閉じ籠ると皆、入れなかった。」
狭也の言葉に、ミーナは母親を振り返った。
言い出し辛かったことを狭也が、あっさりとバラしてくれて、ミリネは少し苦笑をして頷いた。
「ずっと待っていたのに、私が、拒んでいた・・の?」
ミーナは再度、母親に身体を向けた。
三人の周囲には、村中に散って行ったはずの、他の村人達が集まっていた。
皆、優し気で温かい表情をして、ミーナを見詰めていた。
「みんな、あなたを心配していたのよ、ミーナ。無事に大きくなって、嬉しいわ。」
驚きで止まり掛けていたミーナの涙が再び溢れ出す。
「ごめん、なさい・・。~~っごめん、なさいっ!!」
ミーナは溢れる涙を止められず、両手で顔を覆った。
ミリネが手を伸ばすが、娘の身体に触れられず、困った顔をする。
「ミーナさん、これ。」
まるで空気が読めないかのように狭也が、泣き続けるミーナにポーチから取り出した珠を差し出した。
「あ、それはっ!」
「これ、は・・・?」
ミリネが少し焦るよう反応するも、ミーナがそれを受け取る。
すると彼女の脳裏にあらゆる情景や想いが流れ込んできた。
ミーナの産まれる前から、ミーナの赤ん坊時代。
ハイハイ出来るようになり、周りの大人達が喜ぶ様子に、とまるでアルバムであるかの様に。
時代を追い、大きくなっていくミーナ。
そして、五百年前の残酷な情景と、ミーナの知らない母親の死の直前の景色。
しかしそこには、ミーナがミリネのお腹の中にいた時から連綿と続く、温かく優しい愛情に溢れていて。
「あ・・・あ・・・・。」
ミーナはその珠を抱いて
抱き締めて慰めたいミリネは、もどかしくおろおろしていた。
「ミーナさんのお母さん。私の手を。」
狭也がそんなミリネに
「えっと、サヤさんでしたね。」
ミリネは
そう、握れたのである。
「えっ?」
ロアナが触れたように、ミリネも狭也の右手に触れることが出来ていた。
『【聖なる龍牙】よ、その権能により、
狭也のその詠唱により、繋がれた手から、ミリネの身体に水色の光が広がって包み込んでいった。
その身体は、淡く水色に光りながらも、その向こうが透けることなく、実体を伴っていた。
「僅かな時間、触れ合える。」
「~~っ!? ありが、とう。」
ミリネは信じられないと思いながらも、お礼を言い、泣き続けるミーナの傍にしゃがみ、そっと手を伸ばした。
地面を歩く感覚、足下に着いた膝の触覚に動揺を隠せない。
そして先程まで通り抜けていた手が、愛娘の肩に触れた。
「ミー、ナ・・・。」
肩を触れられ、少しびくっとしたミーナは、呼び掛けられた声に顔を上げた。
そこには、ミーナの肩に手を置く母親の優しい顔があった。
「え・・・、お、母さん・・?」
信じられないと、肩に触れる手とミリネの顔を、何度もその視線が往復する。
「おか・・~~っ、マ、マ・・・ママぁ~~ッ!!」
ミーナは弾かれたようにミリネの胸の飛び込み、五百年前に戻ったように、その身体にしがみ付いて泣いた。
そこには、惨劇によって引き裂かれた、五百年前の母娘の姿があった。
大扉のすぐ外で、中に入ろうか、入るまいかと悩んでいたロアナの許に、狭也がテテテテと小走りで近付いてきた。
『ロアナ。』
「サヤ・・・。」
『何してるの? 入ればいいのに。』
狭也の言葉に、ロアナは少し困った顔を見せた。
「簡単に言ってくれるわね。五百年ぶりの再会よ。邪魔をしたくないわ。」
『でもミーナは、貴女が居なくなるって勘違いして泣いていたのよ。責任持って慰めてあげないと。』
狭也がロアナの腕に右手で触れる。
『【聖なる龍牙】よ、その権能を持って、
ミリネの時、同様、その身体が質量を持ち、誰でも触れられるようになった。
「あなたは、本当に不思議な子ね。」
ロアナは確かめるように大扉の柱に触れてみる。
『長くは持たないよ。少しの間だけ、あの子、ミーナさんと触れ合ってあげて。』
狭也はそう言って、大扉の中に入っていった。
残されたロアナは、大扉の柱に手をついて、抱き合っている母娘をそっと眺めた。
「ミーナ。」
小さく呟いたロアナの声に、ミーナの肩がぴくっと反応した。
ミーナが母親の腕の中から顔を上げる。
その瞳がロアナを捉えた。
「あ・・・ロア、ナ・・・。」
ミーナの視線を追ってミリネも振り向く。
ミーナを抱いていた腕を解いて、少しロアナの方へ押し出す。
「大事な人でしょ。いってらっしゃい。」
ミリネの優しい声に、ミーナは少し頬を染めた。
母親に背を押され、ミーナの足が少しずつロアナへと向かう。
「ロアナ・・・もう、戻ってこないの、かと・・・。」
手を伸ばしたミーナが、恐る恐るロアナの服を掴む。
「~~馬鹿ね。どこにも行けるわけないじゃない。私は地縛霊よ。」
ロアナは震える手でミーナの頬を包んだ。
「ねぇ、憶えている? 以前、私が言った事。あなたが言った事。」
震えるロアナの手に触れ、涙が溢れて濡れる顔でミーナが頷く。
「
「触れたわよ・・・。」
ロアナは、ミーナの額にキスをそっと落とし、そのまま腕を背中に回して。
抱き締めて、耳元で囁く。
「だから、もう一度言わせて。」
(もう言う必要は無いのかも知れないけれど・・・)と思いながらも、
「少しは地上に出ることも考えなさいな。」
ロアナは同じ言葉を紡ぐ。
「もう、時代は変わったのだから。」
出逢ってから約三十年。
言葉を交わす度、手を伸ばされる度、触れ合えることはないのだろうと諦めていた。
でも、今その温もりはこの腕の中にあり。
僅かな時間でも、これは至福の時間。
ミーナはロアナの言葉に、目を閉じてそっと頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます