お願い

三人が落ち着くまで、狭也は少し離れた位置で地下の村の様子を眺めていた。

そこは、とても地下とは思えず、地上で空に瞬く星が、この地下の天井でも輝いて見えた。

吹き渡る風はないものの、満ちる空気は清々しく、澱みといったものはまるで感じられない。


『良い所ね。旅の途中じゃなければ、住んでみたいな。』


狭也は、チイを腰から抜いて、身体の前に掲げた。

チイから水色の光が滲み出し、周囲の空気に溶けて行く。

地の精霊達が狭也の周りに集まりだす。


-きもちいい。-

-うん、きもちいいね~♪-

-なつかしい力だょ~。-


地の精霊達は、狭也の周りをはしゃいで飛び回る。


『大地の精霊への挨拶と、これまでミーナさんを守ってくれていた貴方達への感謝の印だよ。』


滲みだす光が、周囲の空気に溶けて穏やかな風が吹き始めた。


-大地の精霊の、しりあい?-

『ん、そうだね。』


師匠は、狭也と大地の精霊との関係を知っているようだったが、どうやらそれは彼女だけらしい。

集まってきた精霊達は、狭也の言葉に嬉しくなって、更に舞い上がって飛び回りだした。

やはり師匠はこの中では、特別な存在なのだろう。

その師匠は、ミーナを見て、愛し気な顔で微笑んでいるようだった。


「あなたって本当に一体、何者なの?」


精霊達と軽く戯れていると、ロアナの声が聴こえて来た。

その声に振り向いてみれば、いつの間にかミーナたちが呆気にとられた顔で狭也を見ていた。


「・・・・・・秘密。」


狭也はミーナ母娘でも聞き取れるように、統一言語で短く応えた。


「それより、ロアナ、今ならもう少し、離れる、できる、よ。」


「ここ、落ち着かない、でしょ。」と狭也は言い、村の方を目で示した。

狭也の所為で、ここは精霊達の大騒ぎが始まっていた。


「あ・・・、お母さん、ロアナ、家に行きましょう。」


狭也の意図に気付いたミーナが、二人を家に誘った。


「そうね、そうしましょう。ロアナさん、一緒に来て下さい。」

「えっ、あ・・・良いの?」


ミリネの誘いにロアナは狼狽えながらミーナを見た。

ミーナは頷いて、二人の手を取り歩き出した。


-力をいっぱい、ありがとう。おかげで、あの三人、もうすこし一緒にいられそうだね。-


師匠が狭也に近付いてきて、その右肩に座りながら言った。


『気付いてたか。貴方は、一緒に行かなくて良いの?』


狭也の言葉に、師匠は答えず微笑むだけだった。


(まぁ、いっか。村の中でも見て回ろう。)


チイを光に解いて、狭也は村の散策に歩き出した。

その背後に沢山の地の精霊を引き連れて。

随分、懐かれたものである。



-----



地下とは思えない広大な空間に、家が並ぶ。

どの家も、地下の土や岩をくりぬいて、成形し造られていた。


村人全員を賄えるだろう広大な畑、地下水が湧き出る水場は誰でも使用できるように水桶が用意されている。


ミーナしか居ない割に、何処も埃がなく、汚れも目立たなかった。


-ミーナはいい子に育った。よく食べ、よく寝て、きれい好き。魔法や弓の訓練もいっぱいしてる。-


狭也の肩に座ってくつろぐ師匠が、教えてくれる。

驚いたことに、ミーナはここにある全部の家屋の清掃を行っていたらしい。


師匠の簡単な案内で村を見て回っていると、ミーナが魔法などの訓練を行っている、修練場に辿り着いた。

ミーナの使用しているであろう、精霊魔法の残滓や、離れた位置にある的に刺さる矢が三本。控室には、弓以外にも剣などの武器も整理して置かれていた。

見るに、弓以外の武器も使い込まれている気配がある。


-時間はいっぱいあったからね。おかげでミーナは一通りのことはできるよ。一番あったのは弓みたいだけど。-


弟子を自慢する師匠は、狭也の肩の上でドヤ顔を見せた。


-精霊魔法もいちりゅうだよ。きっとあなたの力になれる。-


胸を張りすぎてどんどん後ろに傾いて行く師匠に、苦笑しながら、落ちないようにそっと右手で支える。

狭也の右手で支えられて、師匠はびくっとした。


『? 大丈夫?変な反応したけど。』

-サヤの手。もしかして・・・。-

『ん、それ以上、言わないで。秘密だから。』


それは狭也の右手が幽体にさわれることの理由であり、普通は右手で振るうはずの武器を左手で扱う事の理由でもあった。


『精霊だと、触るだけでも解っちゃうんだね。迂闊だったわ、ごめん。』

-ううん、いいよ。-


師匠はそう言うと、狭也の指を優しく抱き締めた。


(そう言えば、ロアナにも気付かれていたっけ。何処まで視られたのかは解らないけれど、後で口止めをしなきゃね。)


そんな二人の周囲に、村人達が集まりだした。


『? ん、何?』


暢気に村の中を散策していた狭也は、その中から前に出てきた老人を視界に捉えた。


「サヤ様、この度はミーナを助けていただきありがとうございます。」

「・・・私は、助けてない。扉を開いただけ、です。」


頭を下げる老人に対し、狭也は言葉が通じるか解らなかった為、ミリネの時、同様、統一言語で話す。


「ミーナは、子供が産まれず、年老いて死していくばかりの我らが一族の最後の子供。扉を開くことで、あの子に希望を与えて下さった。」


既に種として終わりを迎えようとしていた吸血族。

人族の襲撃がなくとも、いづれはミーナ独りになって居ただろう。

それでも突然、奪われるよりは遥かにましだし、皆と一緒に成長し大人になっていれば、閉じ籠るようなこともなかっただろう。

想像するだけでも腹立たしい。

五百年も前の事、もうどうしようもない事だけれど。

勝手に想像して苛立つ狭也の気配に、村人達は怖じ気付く。


-サヤ、おちついて。-


師匠が狭也の頬を、小さな手でさする。おそらく撫でているのだろう。


「『ん、あぁ、』ごめんなさい。」


狭也は小首を傾げて小さくお辞儀をした。


-そだっサヤ、これあげる。-


そう言って師匠は狭也の顔の前に浮き上がり、額にキスをした。


『な、何・・・?』


突然のことに狭也は頬を染めて動揺する。


-祝福だよ。ことばがわかるようになるの。村長さんと話してみて。-


精霊の祝福。

それは多岐に渡る。幸運を齎すものもあれば、動植物に好かれるものもある。

基本的には、精霊の気紛れによりその内容は決まる。


『話せって言われても、何を話せばいいのか・・・?」


その時、周囲から驚きの声が上がった。


「サヤ様、お言葉が解りますぞ。」

「へ?」


確かに狭也の耳にも、今までのような外国語を聞いているような違和感はなく、そのまますんなり言葉の意味を聞き取ることが出来た。


「もしかして、これが祝福?」


ちょっと間の抜けた顔で狭也は、師匠を見た。


-わたしたち精霊が知っている言葉なら、ぜんぶ!ふつうに話せるよっ!!-


ささやかではあるけれど、これからも旅を続ける狭也。

統一言語で大陸の言葉は統一されているとはいえ、場所によっては、龍皇国のように独自の言葉で話す国もあるだろう。

そして精霊は、世界中どこでも存在している。

知らない言語があるとは思えなかった。


「これであの娘とも、普通に話せる・・・?」


狭也の脳裏に浮かぶは、神殿の施しで逢った女の子。

必死になって統一言語をここまで覚えたけれど、どうしてもあと一歩、もどかしさが拭えなかった。


自然、浮かんだ狭也の幸せそうな微笑みに、精霊や村人達は見惚れてしまった。


「あ、と・・。ごめんなさい。」


浮かれてしまったと狭也は、表情を引き締めるも、その喜びを隠せていない顔は、幼さも相俟って皆に微笑ましい雰囲気を振りまいていた。



-----



「さて、落ち着いたところで、サヤ様にひとつお願いがあります。」

「えっと・・・その、“様”っての、止めてもらえませんか?」


気分をどうにか落ち着かせた狭也は、恥ずかし気に頬を染めながら、さっきから気になっていたことを聞いた。

師匠は、狭也の頭の上に寝そべって、頬杖を突いていた。


「私はそんなに立派な人間じゃないわ。ただの一般人ですよ。」


狭也の困った顔に、村人達は素直に頷くことにした。


「それではサヤさん、改めて、お願いしたいことがあります。」


村長の言葉に、狭也は再度表情を引き締める。


「我らがこの地にある理由。私たちは大地の精霊によりこの地の管理を任されているのです。」


村長が語ったのは、吸血族の存在理由。


世界を流れる力の奔流、龍脈。

それは人間でいうところの血管を流れる血液のようなもの。

その流れが滞ったり溢れ出ると、土地が涸れたり、空間が歪んで、魔物が大量発生したりする。

それを防ぐ為に、管理する者が必要だった。

そして、大地の精霊によって選ばれたのが吸血族だった。

もともと彼らも普通の人間であった。

しかし、大地の精霊の命を受ける際、その力を体内に取り込むのに最も効率が良かったのが、“吸血”という行為だった。

大地の精霊の身体を食したり、血液等の体液を浴びてみたり、と色々試してみたものの、それが血肉になるには時間が掛かり、また直ぐにその効果は薄れていった。

悩んだ大地の精霊は、選んだ人間に牙を生やさせた。

牙で直接体内に取り込んだ精霊の力は、瞬く間に人間を亜種族へと変貌させた。

こうして産まれた吸血族の力は、大地に対しての親和性に優れ、龍脈の管理・維持を行うことになった。


「大地の精霊のお力は、五歳と二十歳の誕生日に、そのお力を宿した羊から吸うことで、我々の力となります。」

「ということは、ミーナさんは?」


記想珠から得られた知識を思い起こすと、惨劇が起きたのはミーナの五歳の誕生日だった。

その時は、ミーナが羊から搾り取られた血液をその牙で吸った後だったから、五歳の儀式は済んでいる事になる。

しかし、二十歳の誕生日はこの地下で過ごしている。


「シショー?」


ここに近付けなかった村人達ではなく、頭の上で寝転ぶ師匠に問い掛けた。


-ミーナは、してないよ。だからまだ不完全なの。-

「ふむ。つまりまだ成人出来ていないということですな。」


吸血族は二度の吸血の儀式を経て初めて成人するという。


それは大地の精霊の力を操れるようになる為の大事な儀式。

それなしでは龍脈の管理・維持は出来ないが、逆に言えば、二度の儀式により大地の精霊の力を操れるようになれば、一人でも管理・維持は出来るという。


「・・・また、ミーナさんを独りきりにしろと?」


狭也は、聞いた情報から、ミーナに儀式を行わせ、龍脈の管理をさせようとしているのだと考えた。


「か、勘違いでございます。その逆です。」


村長は慌てて狭也の考えを拒否した。


「我々は今まで、一族でここに暮らしていたからこそやってこられました。しかし、このままではこの地にはミーナ独り。」


「とてもじゃないが、押し付けることなど出来ない。」と、村長の言葉に、他の村人達も頷いていた。


「ここの龍脈の傷を、サヤさんに閉じて欲しいのです。」


元々この地は、龍脈が傷付き易い場所であるらしく、その為、吸血族がこの場所に住み着いていたのである。


「サヤさん。大地の精霊と繋がりを持ち、“龍脈の源泉と同じ力”を使うことのできるあなたなら、ここの龍脈を完全な状態に修復できるのではありませんか?」

「・・・・・。」


村長の言葉に、狭也は驚きの表情を浮かべていた。


「我々は大地の精霊の直接の眷属です。この世界の成り立ちも少しは知っております。」


世界に満ちるあらゆる力。その力を産み出し支える力。

その成り立ちを正確に知る者は少ない。

隠すような事ではないが、触れまわる事でもない。

どの国も、どの宗教も、自分達の都合の良い所で折り合いをつけ、それ以上の探求を止め、真実に目を向ける者は少なかった。

その為、狭也は驚いたのである。

しかし、大地の精霊に選ばれた彼らならば、知っていてもおかしくはないのだろう。


「龍脈の修復なんてした事ないし、やり方も知りません。私は見ての通り、戦う事しか能がないので・・・。」


龍脈の存在は知っているし、感じた事もある。

しかし、それに干渉する事など、考えた事もない。

どうすれば良いかなんて解らなかった。


「・・・あぁ、でも、【守護力】を使うニケさんなら・・・。」


狭也は自分よりも適任と思われる者の名前を呟いた。


「【守護力】とは何の事ですかな?」

「? あぁそっか。こっちでは名前が違うのね。」


狭也は今更ながら、その事に気が付いた。

狭也が少し悩むと、頭の中にある言葉が浮かんで来た。


「成程、こちらでは【プロト】って言うのね。」


これも精霊の祝福の賜物であろうか、随分、便利な頭になったものだと、少し苦笑した。


「実を言うと、私は回復や治癒と云った力が上手く使えません。龍脈の修復なら、自然そのものの力である【守護力プロト】の方が向いているわ。」


自らの身体に付いた擦り傷すら放置し、ユアに怒られながら傷薬を塗られた狭也である。

使わずに済むなら、それに越したことはない。力が暴走するよりましである。

とするのが、狭也の考えだった。

一方、ニケは多くの怪我や病気を治療していた。

その力の流れはとても綺麗で目を見張るものがあった。

まだ一度、護衛をしただけの、未だ知り合い未満と言って良い相手だが。

それでもニケなら龍脈の修復にも、その力を発揮できるだろうと思った。


「それでは、そのニケさんという方なら、修復できるかもしれないと?」

「そうですね。今度会ったら、力を貸してもらえないか聞いてみます。私だって、ミーナさんをこれ以上、独りにはしたくないもの。」


ニケは巫女である。

会うには、面会の為の手続きなどがあるかも知れない。

少なくとも、狭也の国では、巫女に当たる身分の者に会うには、一ヶ月近い待機期間があった。

それを思い出した狭也は、家に戻れば直ぐにユアに相談しようと思った。



-----



村人達のと話が終わり、外に出てみると、丁度、ミーナがミリネとロアナを連れてこちらの歩いてくるのが見えた。


「改めて、初めまして。ミーナです。色々とありがとう。」

「私は、ミーナの母親のミリネです。娘の事、本当にありがとうございました。」


ミーナとミリネは、狭也に頭を下げて、自己紹介とお礼を言う。


「初めまして。私は狭也です。もう一度言うけど、十八歳だからね。」


さっきまでの不自然な引っ掛かりがなくなり、流暢な言葉を話す狭也にミーナ達は驚いた。

そして、どう見ても十歳以下にしか見えないその見た目で、もう一度、十八歳であることを主張してきた狭也に、三人は苦笑してしまう。


「サヤ、ちょっと相談があるの。この娘の話を聞いてもらえないかしら?」


ロアナもミリネも、そしてミーナも先程とは違い、落ち着いている。


「? どうしたの?」


狭也は、小首を傾げた。


「サヤさん、私と戦って下さい。」

「え゛・・・?」


想像もしていなかったミーナの言葉に、狭也はたじろいだ。

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