010-06. 地下へ
お屋敷に通じる脇道の前で、四人の男女が座り込んで話し合っていた。
辺りは既に闇に覆われ、夜の時間帯。
「精霊を怒らせたら、何があるか解らん。ここは一旦、引くべきだ。」
精霊魔法使いのカインは、精霊の怒りに触れた者の末路を教え込まれている。
身体が粉々になるまで切り刻まれたり、時間を掛けて身体の節々が膨れ上がり最後には破裂したり、はたまた、醜悪な化け物に変えられたり、と普段は優しい精霊の怒りは
「迂回して入ることはできないの?」
「草木に完全に覆われてて見えねぇが、あの門からずっと壁に囲まれてんだ。前に下見に来た時に庭まで入って確認してっから、間違いねぇ。」
「だが、嬢ちゃんがどうなっているか解らん。悠長にしてる場合じゃないぞ。」
セナの提案にギルマスが否定し、少し焦った様子を見せるのはニルスだった。
ここに集まっている三人の冒険者は、パーティーは違えど、共に狭也と共同受注で依頼をこなしたことのある三人だった。
ニルスとカインが同じパーティーで、セナは別パーティー所属だが、ユアが駆け込んだ時、たまたまその場に居合わせ、ギルマスに一緒に連れて来られていた。
三人の話し合いを聞きながら、ユアはお屋敷の方をずっと見ていた。
その時、大音声が夜空に響き渡った。
「何だっ!?」
その音はお屋敷の方から聞こえてきた。
「な、何、この気配・・・。」
セナとカインが溢れ出す気配に身震いをした。
続けて、地響きのような音が聞こえてきた。
「行きますっ!」
ユアは草木が生い茂った道を掻き分けて、肌に傷が付くのも構わず入っていく。
「あっ、おいコラっ、待てっ!!」
ギルマスが急いでユアの後を追い掛ける。
「俺たちも行くぞ。」
二人の後を追って、ニルス達も立ち上がる。
「この草って、ウィンドカッターとかで刈ったらダメ?」
「馬鹿、そんなことしたら、今度こそ精霊の怒りを買うぞ。」
直ぐにでもウィンドカッターを撃ち出しそうなセナを、慌ててカインが止める。
「精霊にとって、必要なのはサヤだけなんだろう。だから拒んできた。」
ウィンドカッターで刈り取るなど、それこそ何されるか解ったもんじゃないと、カインは頭を振る。
「精霊に拒まれたら、俺は一番役立たずだ・・・。」
落ち込むカインの背中をセナが優しく撫でようとしたとき、空が黄色く光った。
それは門を塞ぐ結界と同じ色。
「え、まさか結界が広がった?」
それは正しく狭也が化け物逃亡を阻止する為に上空に広げた結界だった。
そして一行の行く手も、木が道を塞ぐ形で、阻まれていた。
それでも近付いたことで、化け物の声だけではなく、狭也や女幽霊の声も聞こえてきた。
「狭也っ!?」
一際大きな爆発音がしたと思うと、辺りは静寂に包まれた。
「邪悪な気配が、消えた。」
静寂の中、セナがポツリと呟いた。
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あれ程、禍々しい気配を漂わせていた化け物は、狭也が右手を翳すだけで残骸も残さず、淡く光って消えていった。
そしてチイを一振り軽く振ると、その刀身に纏っていた紫色の光が霧散して、銀色の刃が姿を現した。
『試練って事だったから、ちょっと張り切って見たけど、合格かしら?』
先程、ロアナが感じた余裕は間違っていなかった。
そして、そう言って振り返った狭也の瞳の色は、元の黒い色に戻っていた。
「思い出したわ。龍の子の伝承。彼の国に伝わる御伽噺。」
地上に降りてきたロアナは、狭也の戦い振りを見て、生前に聞いた古い記憶を思い出す。
-古より伝わりし、龍の血脈。
色とりどりの力を宿して鬼を討つ。
近付く
その身は鬼にも似て、また人にも似る。
聖なる血を受け継ぎしは、翡翠の血族。
混沌に連なりし力を宿す一族なり。 -
ロアナの口が紡ぐそれは、ロアナが生前、龍皇国を訪れた際に聴き付けた御伽噺の一つ。
その出だしの謳い文句だった。
龍皇国を支配すると言われる龍人族とは異なる、もう一つの血族のお話。
彼の国に於いても作り話扱いをされていたお話。
たった一人の人間が、一振りの武器を持って、山よりも大きな鬼を退治するお話。
その人間は、武器の形状を変え、色を変え、縦横無尽に駆け抜けて鬼を翻弄し討ち滅ぼしたという。
「私が聞いたのは、鬼を退治する御伽噺よ。正直、私も作り話だと思っていたわ。」
ロアナの瞳には、狭也に対する畏怖の念が浮かんでいた。
「けれどそれは、あなたがさっき見せた戦い方そのもの・・・。形を変え、色を変え、瞬時に距離をつめて、その機敏な動きで化け物の反撃すら許さなかった。」
『そんな大層なモノじゃないよ。私は一介の・・ただの退魔師だから。』
狭也は、その話は終わりとばかりに、刀を鞘に納めてお屋敷の中に入っていく。
ロアナが後に続く。
『それで、試練は合格なの?』
逸れた話を戻す狭也。
「文句なしの合格よ。おつりがくるくらい。」
ため息を吐いて、「こっちに来て。」と狭也を誘導する。
向かった先は、客間とは反対側。
扉を開けて中に入ると、そこは大きな居間になっていた。
暖炉があり、その前には大理石であろう材質のテーブルと、大きな革張りのソファ。
天井を飾るシャンデリアは、客間の蝋燭よりも明るい光を放っていた。
「奥に太い柱があるでしょ? その窪みにあなたの魔力を通してみて。」
見ると一本だけ、他の柱より太い柱があった。しかし他の物と違い何の装飾もない地味な柱である。
狭也の頭より上、背伸びをして
『ふざけてるわね・・・。』
窪みの位置を見て、狭也の頬がぷくーと膨らむ。
「抱っこしてあげましょうか?」
『余計なお世話・・・。』
手の平に魔力を集め、窪みに触れる。
魔力が吸われる感覚を味わうと、足下の床が鳴動し地下へ続く階段が現れた。
「おめでとう、地の精霊の第一試練クリアよ。」
『貴方といい、精霊達といい、試練、試練って、本当にいい加減にして欲しいのだけど。』
狭也は愚痴を言いながら、壁が薄っすらと輝く地下へ向かって降りて行く。
「ここから先は、部外者の私は行けないわ。あの娘の事、お願いね。」
部外者であるロアナが手出しできるのはここまで。
後は狭也自身に試練をクリアして貰うしかない。
狭也がロアナの言葉に振り向くと、階段の入り口で手を振るロアナが居た。
『・・・いってきます。』
「ふふ、いってらっしゃい。」
何となく出た狭也の言葉に、ロアナは不安気な目をしながらも、笑顔で応えた。
この下には、ロアナの愛しい子が、閉じ籠っているらしい。
お尻を引っ叩いてでも、連れ出せば良いのだろうか?
狭也はそんなことを考えながら、まるで地の底へと続いているかのような階段を下って行った。
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