試練と盗賊の成れの果て

空は既に暮れかけ、辺りを照らす魔除け灯の光が目立ち始めていた。


山道にあるお屋敷に通じる脇道。

その前に複数人の人影があった。


「お、おい、これはどう言うこった・・・。」


最初に声を発したのは冒険者ギルドのギルドマスターだった。


「何をしているんですか、早く行きましょうッ!」


脇道に急いで入って行こうとするユアの腕を、ギルマスが捕まえた。


「待てッ! 慌てるなッ!」


腕を振り払おうとするも、ユアの力では振り解くことは出来ない。


「早くッ!?」


苛ついて、つい口調がきつくなるユアを、他の冒険者達も宥めに掛かる。


「少し待ってくれ、この道がこんなに綺麗なのはおかしいんだ。」


大槌を右肩に抱えた冒険者が、道を塞ぐように立った。


「ここは長いこと放置されていたの。道は草で覆われている筈なのよ。」


空色のローブを纏った魔法使いの女性が、ユアの肩に手を置いて落ち着かせようとする。


「何を言っているの? 狭也とここに来たときから、道は綺麗でしたよッ!?」


そして狭也の言った事を思い出した。


「・・・そう言えば、狭也が、精霊が頑張ってるって言ってた。」

「精霊が道を整備していたってことか?」


黒いローブを纏った男が、ユアの言葉に反応した。


「確かに、ここには精霊が多いが・・・。」

「カインは精霊魔法使いで、精霊が見えるんだ。」


ギルマスの言葉に、黒いローブの男は頷いた。


「とりあえず、行ってみよう。」


ギルマスの言葉に脇道に入っていく四人。

少し進むと、光る壁に塞がれた門が現れた。


「これをサヤがやったのか?」


結界を触るギルマスの言葉に、ユアは頷いた。


「洞窟の時の結界とまた違う結界だな。なんて堅さだ。」


誰も通さないという意思が感じられる結界だった。

試しにギルマスがその拳で殴り付けてみたが、ビクともしない。


「ニルス、やってくれ。」

「任せな。」


大槌を担いだ男が前に出る。

大槌を頭上高く構えて、魔力を通す。


「グラウンドブレイクッ!!」


気合を入れ、一気に頭上から振り下ろす。

全てを木端微塵に打ち砕く、大槌の上級技。

しかし、その魔力を籠めた大槌は、結界に敢え無く弾かれてしまう。

弾かれたニルスは、そのまま一メートル程、脇道を飛んで後退した。


「なんてぇ堅さだぁッ!!」


大槌が無ければもっと、吹き飛ばされていただろう。


「私がやってみるわ。」

「気を付けろよ、セナ。」


少し離れるようにと、空色のローブの下から手を出して合図を送るセナ。


「集え、集え、我が下に、風よ、鋭き刃となりてすべてを切り裂け ウィンドスラッシャー」


セナの掲げた杖の先から、魔力が吹き荒れ、鋭い風の刃となって結界を切り刻んでいく。

風が収まった一同が目にしたのは、傷一つない結界。


「物理も魔法も駄目なのかよッ!?」

「ここには地の精霊が多い。俺がやってみよう。」


カインは、両手を前に突き出して詠唱を始める。


揺蕩たゆたいし精霊、地の精霊よ、その力、我に貸し与え給え ストーンブラストッ!」


両手の間に、周囲から白い光が集まり、幾つもの飛礫つぶてに変わる。

しかし、その飛礫は結界に飛んで行くことなく、地面に落ちながら消えて行った。


「馬鹿なッ? 精霊が力の行使を拒んだッ!?」

「精霊魔法でも駄目なのか・・・。」


一同は茫然とし、門の前からお屋敷を見詰めた。

一見すると何も起こっては居なさそうだが、門の向こう。

見詰める一同の視線の先にモヤモヤしたものが地面から染み出し、半透明な女性が姿を現した。


「あなた、戻ってきたのね。」


女性の幽霊 ロアナは、ユアを見て呟いた。


「幽霊? 本当に居たのか・・・。」

「あなた、狭也を知らない? そのお屋敷に入って行ったのっ!」


驚く一同の中、ユアは一歩門に近づいてロアナに問い掛けた。


「サヤ? あぁ、彼女なら、これから私の試練を受けてもらうから邪魔しないでね。と言っても、彼女の結界で入って来られないみたいだけど。」

「試練ってな・・・っ!?」


聞き返そうとしたユアの身体がふわりと宙に浮いた。

そのままその身体はギルマスの腕に収まる。


「逃げるぞッ!」


ギルマスの言葉にユアは周囲の地面から、幾つもの草木が生えだしているのに気が付いた。


「精霊が俺たちを拒んでいるんだっ!」


並走するカイン、その力は精霊から借り受けるモノ。

今まで拒まれることのなかった彼の表情は、ショックで真っ青に青ざめていた。


瞬く間にユア達は山道まで逃げ戻ることになった。


「さ、狭也ぁぁ~ッ!!!」


ユアはせめて声だけでも届けと言わんばかりに、大声を張り上げた。



-----



『ん・・・。いけない、寝てた・・・?』


狭也は、ロアナに勧められた客間のソファで、いつの間にか眠っていた。


『えっと・・・、ユア?』


目覚める直前、ユアの声を聴いた気がした。

立ち上がって窓に歩み寄り、外を眺めると、結界を張った門の向こうの道が、草木で見えなくなっていた。


『精霊達が塞いだのね。』


そのまま見上げた空はもう暮れかけていて、綺麗な群青色がとばりを降ろし始めていた。


『ユア、心配してるだろうな。帰ったら凄く怒られそう。』


ぷんぷん起こるユアの顔を想像して、狭也はクスっと笑った。


暗くなった部屋に明かりを灯すために、蝋燭に魔力を通した。

すると蝋燭にぼっと火が付き、それに併せて他の蝋燭にも火が灯った。


『この蝋燭、やっぱり魔道具なのね。』


煌々と照らされた部屋。

蝋燭の温かな光に照らされた室内は、心を癒してくれそうな優しい雰囲気を醸し出していた。


『ロアナと言ったからしら、随分、待たせるのね。』


狭也が部屋の中央に視線を向けると、そこにロアナが現れた。


「・・・あなたを視させてもらったわ。」


伏見がちなロアナの顔。

そこには辛そうな表情を窺い見ることが出来た。


『・・・視た?』


狭也の目がこれまでにない程、鋭くなる。


「滅びた一族、生き残りの姉妹、封じられたその身。・・・想像以上で、ちょっとドン引きよ。」


狭也の視線を気にすることなく、ロアナは困った顔で呟く。


『何処まで・・・。』

「でも、だからこそあなたならになら・・・。」


狭也の言葉を遮り、ロアナは続ける。


「あなたになら、あの娘を任せられるかも知れない。」

『あの子・・・? さっき言っていた愛しい子のこと?』

「憶えていてくれてうれしいわ。」


ロアナは躊躇いもなく、鋭い視線を向け続ける狭也に近付いた。

前屈みになり、その視線に合わせる。


「俯いてすべてを諦めたあの娘には、同じような境遇でも、前を向いて進むあなたが、丁度良いのかも知れないわ。」


覗き込むロアナの瞳は哀しそうで、狭也は少し後退った。


『さっきから、勝手なことばかり言って・・・。いい加減にしてくれない?』


狭也は、右手を振って苛立ちを示す。

ロアナはその右手を見詰め、手を伸ばす。


「あなたは何者なの? 幽霊の私が、どうして触れることができるのかしら?」

『!?』


ロアナの両手は狭也の右手を包み込んでいた。

狭也は、右手を勢い良く引いて、ロアナの手を振り解く。


『視たのでしょ・・・それ以上に、教えることはないわっ!』

「視たと言っても、霞掛かっているようで、あまり詳しくは見えなかったのよ。」


後ろに引いた狭也の右手にはチイが再び現れていた。


『本当にいい加減にしてくれないと、斬るわよ。』


狭也はチイを抜いて、ロアナに切っ先を向けた。

その刀身は、蝋燭の灯りの中であるにも関わらず、淡く水色に輝いていた。


「その光、大陸とは違う力。そして、その偽りの姿。」


ロアナは身を起こし、少し後ろに移動しながら宙に浮いた。


「何をしに来たのかはわからないけれど、私はあなたに賭けてみたい。」


ロアナの身体に魔力が集まっていく。


「あなたの力を示してッ!!」


ロアナが叫ぶと、周囲に集まっていた魔力は階上へと向かった。

狭也がその魔力の動きを目で追う。

その先にあるのは、あの危機感を抱かせる違和感の塊。


その直後、階上からおぞましい咆哮が轟いた。

邪悪な気配が高まり、破壊音のような音が響く。


「サヤ、これがあなたへの試練。勝手なことを言っているのはわかっているわ。でもお願い。あの娘を救うために。」


視線を戻すとロアナが狭也へと頭を下げていた。


『~~っ!』


ロアナを見ている内に、庭の方に何かが落下する音がした。

先程の邪悪な気配がそこに移動していた。


『これは、貴方の依頼と言うことで良いのかしら? あいつを退治し、愛しい子を救うための・・・。』

「そう受け取ってくれても良いわ。そうね・・・報酬は・・。」

『いらない。幽霊から報酬なんて貰う気はないわ。』


狭也はそう言って、客室から飛び出して行った。


(訳が解らないっ! でも、あいつを放っておくことは出来ないっ!!)


狭也は外でどんどん大きくなっていく邪悪な気配に先を急いだ。



玄関から外に飛び出すと、そこには複数の顔、身体、手足が繋ぎ合わされたような醜悪な化け物が居た。

その化け物は、外へ飛び出そうと狭也の張った結界に体当たりをしていた。

幸い、空へ跳ぶことは出来ないようで、目の前の扉にのみ体当たりを繰り返している。


『・・・。』


狭也は左手を前に翳し、詠唱する。


『【存在力】よ、その権能により、包み込め。』


すると扉の内側にのみ張られていた結界が、さぁっとお屋敷の敷地全体を球体状に包み込んだ。


『さぁ、これで何処にも行けないわよ。』


狭也の存在に気が付いた化け物が、振り向いて奇声を上げた。

大小さまざまな怨嗟を伴う絶叫。


「あれは私の家族を殺した、盗賊たちの成れの果て。この地に住まう精霊の怒りを買って生まれた怪物よ。」


狭也の後に続いて玄関から出て来たロアナ。


『邪魔だから、下がっていて。』

「大丈夫よ。あいつはあれでもこの世のモノ。私には害を為せないの。」

『庭には他にも幽霊が居たと思うけど?』

「彼らは、あの娘の一族よ。今頃、地の精霊たちと一緒に、地下であの娘を守っているわ。」


狭也と化け物の睨み合い。

その間に交わされる会話。

狭也は、鞘をベルトに挟んで、チイを下段に構えた。


「不思議な力は使わないの?」


ロアナの疑問に、狭也はチラッと視線を一瞬向けて答える。


『使い過ぎるとヤバいのよ。』


ロアナに向けていた時と違い、チイの刀身は月明かりで銀色に煌めいていた。

その刀身に刻まれた波紋が、見る者に恐怖を抱かせる。


『さっきは・・・ごめん。取り乱していたから・・・。』


狭也はそう呟いて、化け物に向けて一歩踏み出した。

その一歩で化け物に肉薄し、左下から右上へ魔力を籠めた刃を振り抜いた。

その攻撃はしかし、化け物の俊敏な動きで後ろに躱されて、空を切り裂いた。


『見た目に似合わず、すばしっこいっ!』


振り上げた刃を反して、身体の横に持って行き、開いた距離を踏み込みでゼロにして横に振り抜く。

しかしその切っ先はまたも躱されてしまう。

だがそれは想定済み。


狭也は右手を柄から離し、化け物に手の平を向けた。

その手の平から魔力の弾が打ち出される。

それは化け物に命中し、血を撒き散らしながら後方へ吹き飛んだ。


振り抜かれる左手の勢いのまま、身体を一回転させながら狭也はジャンプし、上空から刀を振り下ろした。

起き上がろうとしている化け物を、今度は見事に真っ二つに切り裂いた。

それでも狭也は油断せず、後ろに飛び退いて距離を取った。


真っ二つになっても蠢く化け物。

その気配も絶えることはなく、更に強大に。

そして二手にその化け物は飛び上がった。


『面倒な・・・っ!?』


両側から飛び掛かってくる化け物に狭也は、前方に転がり回避する。

立ち上がり様、チイを振って化け物が続けて飛び掛かってくるのを牽制した。

その牽制で飛び出した魔力の刃が、化け物に向かうが、それは化け物の腕で弾かれてしまった。


『あの腕、物理だけじゃないのね。』


狭也は冷静に分析する。


(だとすると、ロアナも危ないんじゃ・・・。)

『ロアナっ!こいつは魔力に触れることが出来るわっ!!逃げてっ!!』


今の一連の攻防を見ていたロアナも、同じことを感じたのか、狭也の言葉に頷いて上空に避難した。


「こいつ、私が抑え込んだ時よりも強くなってる。なぜなの!?」


その答えは化け物を見下ろすロアナには直ぐに出た。


「サヤっ! そいつ、精霊を食べてるわっ!!」


地下でミーナを守っているはずの精霊が、地上に無理矢理引き摺り出されて居た。

その範囲は化け物の身体の下のみだった為、気付くのが遅れた。


狭也は刀身に魔力を通し、その刀身を三倍の長さに伸ばした。


『チイ、行くよっ!』


狭也の呼び掛けに呼応するように、伸びた刀身と狭也の瞳が黄色に輝きだした。

横薙ぎに振るわれた刃は、化け物の下部を切り裂いた。

化け物は飛び上がって刃を躱すものの、狭也の狙いはそこではなかった。


『覆い尽くしなさいっ! 【存在力】っ!!』


チイの刀身から放たれた黄色の力は地面、果てはお屋敷さえも包み込んだ。

これにより、着地した化け物は、地の精霊を吸収できなくなったのである。


「・・・なんて・・・・・。」


ロアナは上空で見下ろしながら、余りの事に茫然としてしまった。

狭也の過去を覗き見て、少しは理解していたつもりだったが、精霊をも通さない、広大な敷地の表面を覆い尽くす結界に、ただただ戦慄を覚えていた。

狭也に視線を向けると、そこにはまだ余裕のある少女が突きの構えを取っているところだった。

その刀身は紫色に輝いている。


「あの子、どれだけの力を持っているの・・・?」


狭也の姿が消えたように見えた。

しかし次の瞬間、化け物の片方が悲鳴を上げていた。

そちらに視線を向けると、狭也の刀が化け物の中心を貫いていた。

そのまま狭也は、刀を上に振り上げたかと思うと、すぐさま刃を反し振り下ろす。

かと思えば、右から左へ横薙ぎに切り裂き、更に反す刃で左下から右上へ振り抜き、化け物を切り刻んだ。

その際、ちらっと見えた狭也の瞳も、刀身と同じ紫色に光っているように見えた。


細切れにされた化け物は地に落ち、そのまま動かなくなった。

それを見たもう片方の化け物が狭也に、突進をしかけてきた。


『【影響力・・・】よ、その権能を持って、奴に死を。』


向かってくる化け物に狭也は、大上段から紫色の刃を振り下ろした。

狭也に触れることなく切り裂かれた化け物は、爆散・・した。

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