ミーナとロアナ

練習用のまとに仄かに白く光る矢が三本。

カカカッと当たる。

どれもが的の中心を射抜いていた。

ミーナは、ため息を吐くと弓を下した。


「何なの、貴方達。今日はいつにも増して煩いわね。」


周囲を飛び回る地の精霊を、ミーナは追い払うように手を振る。


-来た・・・来たよ。やっと来たよ。-


「・・・・来た?」


地の精霊は、ミーナの右手を捕まえて、どこかへ導こうとするように引っ張る。


「最近、貴方達がずっと騒いでいたこと?」


手を引いていた光の玉が、ミーナの顔の前に飛んできてパッと光が弾けると、その姿を現した。

それは小さな少女の姿で、その背中には光の翼があった。

全体的に白色に輝いている。


「師匠。」


-ミーナ、何かが起きるよ。やっと来たの。-


師匠と呼ばれた精霊は、ここに来ても詳しい内容は教えてくれない。


「それより師匠、矢を創るときの力の籠め方なのだけれど・・・。」


-ミーナ、やっと来たの。-


ミーナの言葉を無視して、師匠はミーナの手をもう一度、引き始めた。


この精霊は、ミーナの精霊魔法の師匠である。

他の精霊も協力していたが、中心となってミーナに教えていたのはこの精霊であった。


-行こう。-


「・・・・。」


ミーナは一つため息を吐いて、師匠に従って歩き出した。

師匠に導かれていく内に、いつも以上に精霊達が集まっている事に気が付いた。


「何が起こってるの?」


これまでの騒がしさの原因がこれで解るのかと、黙って付いていく。

やがて辿り着いたそこは、大扉の前だった。

そこは、この地下と地上を繋ぐ境界線。


「え、いや、師匠? 扉を封印しているの?」


その大扉には今まで見たこともない程の精霊の力が宿り、封印を施されているようだった。

そっと手で触れてみる。

この温かな力は、間違いなく地の精霊達の力だ。


「何かが来たって言うのに、通してはくれないの?」


師匠に顔を向ける。


-これは試練。君を迎えに来た、あの子への。-


「あの子? 地上に誰かが来たってことね。」


ミーナは上を見上げる。


(その子が、私に何かをもたらす?・・・ん?)

「迎えに来た?」


師匠の言葉に疑問を覚える。


「私にロアナ以外の知り合いは居ないわよ。誰が・・・。」


師匠の顔を見て、これ以上は教えてくれなさそうだと、ミーナは口を閉ざした。


「私のエリアサーチでは、地上までは届かないし、ここで待っていればいいの?」


ミーナの言葉に、師匠は頷いていた。


「ミーナ。」


そこへロアナが封印されている大扉を擦り抜けて現れた。

ロアナは、緊張しているように見えた。

いつも妖艶な雰囲気でミーナを揶揄からかってくるロアナに、余裕はなさそうだった。


「ミーナ、良かったわ。ここに来てくれていて。」


ロアナは、見上げるミーナの頬に両手を添える。


「精霊に守られてるみたいだから大丈夫だと思うけど、しばらくここで大人しくしておいてね。」

「え、それって・・・。」


まるで五百年前の時のように・・・。


ロアナはミーナの額に口付けを落とす。

そして離れていくロアナの手を、ミーナはとっさに掴もうとする。

しかし、その手は擦り抜けて、ロアナは背を向けて扉の向こうに行ってしまった。


ミーナの脳裏に浮かぶのは、五百年前の情景。

離れていこうとする母親と、ロアナの姿が重なる。


「・・・う・・・そ・・・。また・・失う・の・・・?」



五百年前、すべてを失ったミーナ。

何かを手に入れればまた失うかもと、この地下に閉じ籠り続けた。

それを突然やってきて、ミーナを振り回すロアナ。

最初は拒んでいたにも拘らず、いつの間にか心に染み込んで・・・。

子供扱いするロアナに、いつの間にか母親の面影を重ねて・・・。

喧嘩とも言えないような戯れの日々。

その日々は、愛しくて。

いつしか自分からも、ロアナに話しかけるようになっていた。



ミーナは唇を噛んで、大扉の柱に魔力を流し込む。

本来ならそれで大扉が開くはずなのに、一ミリたりともそれは動かず。


「~~ッ!? 師匠っ! 封印をいてっ!!」


ミーナの叫びに師匠は首を横に振る。


-ダメ、これは試練。あの子以外は、もう開けられない。-

「あの子って誰っ!?ロアナより大事なのっ!?」


ミーナの剣幕に恐れをなしたわけではないのだろうが、師匠は光に戻って消えて行った。

見回すと、周囲に居た精霊達も姿を消している。

気配はある。

決して独りきりではない。




それでも今のミーナの心は、絶望で塗り潰されそうになっていた。



-----



あの娘は寂しがり屋だ。

初めて逢った時、とても寂しそうな顔をしていた。


子供が欲しかった私は、透けた身体。触れられないこの腕で、彼女を抱き締めた。

擦り抜けてしまった時のあの娘のキョトンとした顔が忘れられない。


私よりも年上のくせに、私よりも子供で・・・。

五百年前にすべてを失い、手に入れることを諦めた少女。

あの娘が幸せになれるように祈り願い続けた。


今日、吸血族の幽霊たちの包囲網を抜けて訪れた少女は、彼女を救ってくれるのかしら?


まだ解らない。

だから確かめるしかない。

彼女が、私の愛しい娘を、孤独から救えるのか。

ここから離れられない私に代わって、あの娘を太陽の許に連れ出してくれるのか。


それにはあの化け物を使うのが良いでしょう。

精霊たちの怒りによって生まれた化け物。

盗賊たちの成れの果て。


精霊たちに好かれている彼女は、すでにその性格は保証されているようなもの。

あとは、その力。

ミーナを守っていけるのか、それを試す必要があるのよ。




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