007-03. 幽霊屋敷
「そう言えば、チイって、武器の名前なの?」
お弁当を食べ終え、少しゆっくりして後片付けを手伝っていると、ユアが聞いてきた。
今まで機会がなかったから、正式な名前を教えてなかったな、と狭也は辺りを見回した。
まるで見計らったように手頃な枝がポトリと落ちた。
上を向くと、精霊がふわふわと漂って離れていった。
「ん、これが名前、だよ。」
狭也は、枝で地面に字を書く。
【千五百夢】ちいほのゆめ
母国の文字で書いた後に、大陸の統一言語で読み方を書いた。
「
「へぇ、不思議な名前ね。」
遥か太古より存在し、終わることのない夢を
使用者によりその姿は千差万別に変わり、前の持ち主は薙刀だったという、特別な武器。
「“チイ”は、・・・『えと・・・』あ、愛称? 武器の種類は刀、だよ。」
首を傾げて、覚えたての単語を記憶から捻り出して、狭也は答えた。
片付けを終えた二人は、まずお屋敷の周囲を調べるべく、動き出した。
庭は広く、数百人は入るんじゃないかと思える程の広さがある。
冒険者ギルドが訓練用にと所望するのも解る気がした。
「あれ?」
「どうしたの?」
「精霊、居なくなった。」
いつの間にか、溢れかえっていた精霊が姿を消していた。
そこは、先程までよりもお屋敷寄りの場所。
念のため、少し門の方に歩いて行き様子を見てみる。
すると精霊が、戻ってくる。
またお屋敷に近付いてみる。
精霊は、姿を隠した。
「・・・ユア、帰った方が良い、かも。精霊、隠れる。」
「え、どういう事?」
いつになく真剣な顔で周囲を警戒する狭也に、ユアは戸惑う。
「これは精霊、の警告。近付く、ダメ、言ってる。」
精霊と意思疎通が出来るわけではない為、狭也にも詳しくは解らない。
ただ狭也の経験上、精霊が隠れるのは、いつも何か嫌な事が起こる時だった。
狭也の右手には、いつの間にか刀が現れていた。
それに気が付き、鞘から抜くことなく、右脇腹とベルトの間にチイを挟み込む。
まだ何かが起きているわけではない。
それでも狭也の雰囲気にユアは狼狽えた。
ユアが辺りをきょろきょろと見渡すと、魔除け灯はしっかり灯りその役目を果たしていることが解る。
「もしかして、魔除け灯が効かない相手ってこと?」
「・・・元々、ここに居たか・・・。」
ユアの言葉に、狭也が別の可能性を上げる。
「とにかく、ユアは帰って。」
気配を探るも、何も感じない。
それは目の前のお屋敷もそうであった。
狭也の探知に何も引っ掛からないのに、精霊は警告を出していた。
何が起こるか解らない現状、ユアと一緒に廃墟探検を楽しんでいる余裕はない。
ユアを門の方向へ押し出そうとしたとき、突如として狭也はチイを抜き放ち、閃かせた。
チイの切っ先が当たり弾かれたのは、半透明な身体をした人間だった。
「え、ゆ、幽霊?」
ユアがその姿を見て後ずさった。
その幽霊の周囲に、更に多数の幽霊が出現する。
幽霊は二人を見つけると、一斉に襲い掛かってきた。
狭也はチイを横に一閃、振るった。
すると幽霊達は、弾かれるように押し戻された。
「悪意、感じない。ユア、今なら逃げられる。」
狭也は右の人差し指で、門を指差して、ユアに逃げるように伝えた。
「悪意あれば、チイ、最初の・?・であの幽霊、切り裂いてる。」
一太刀という言葉が解らず、狭也は少し考え込んだ後、その部分は飛ばして、ユアを安心させるように言った。
チイには、狭也の意識外のことについて、勝手に反応することがある。
その時、狭也の身体は瞬時にチイの操作下に下る。
つまり、先程の迎撃はチイの仕業であった。
狭也は、ユアを帰そうとするあまり、周囲の気配の動向への配慮を怠ってしまったのである。
チイの柄を握る狭也の左手には、チイから『油断するな』と注意するように、ピリピリと刺激が与えられていた。
狭也は、牽制するようにチイの切っ先を幽霊達に向けて、少しずつ門の方へと近付いて行った。
門の前まで来ると狭也は、ユアを門の向こう側へと押し出した。
「! 狭也っ!?」
ユアは狭也の許に戻ろうとするも、門は見えない壁で阻まれた。
ユアを押し出すために後ろを向いた狭也は、すぐさま身体を捻り飛び掛かってきた幽霊を再び弾き返した。
「ユア、お願い、帰って。」
狭也はそう捨て置いて、前へ飛び出した。
迫りくる幽霊は
玄関に辿り着くと、幽霊達は何もしなくなり、遠巻きにしてこちらを
狭也は、チラッと門の方に視線を向けた。
ユアは狭也の張った結界に手を突いて、心配そうな表情をしていた。
少しでも心配を取り除いてやる為に、軽く手を振って、ギルドから受け取っていた鍵で玄関を開錠し中に滑り込んだ。
玄関を入るとそこは大きな広間になっていた。
天井には大きなシャンデリアがぶら下がり、正面には二階へと続く階段。
左には扉が一つ、右には扉が二つあった。
室内にもやはり地の精霊の姿は見えない。
幽霊も中にまでは入ってこられないようで、玄関横の窓から外を見ると、まだ遠巻きにしてこちらを見ていた。
しかしその表情は、先程までの鬼気迫った感じではなく、何やら心配そうな顔をし、中には祈るように手を組んで
ユアの姿ももう見えず、狭也はホッと息を吐いた。
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狭也が、お屋敷の中に入ってしまった。
幽霊が襲ってくるお屋敷の中に。
ユアはどうすればいいか考えながら、街に向かって走っていた。
狭也の実力を疑っているわけではない。
しかし、狭也も状況が良く解っていない感じだった。
取り敢えず、冒険者ギルドに飛び込んで助けを求めよう。
西門が見えてきた。
そこにいる門衛が、ユアの慌て具合に驚いていた。
ユアには、それに構っている暇はなかった。
「どいてっ!ギルドに急いでいるのっ!!」
門衛は午前中、ユアがこの門を通っている事を知っている。
「何かあったのかっ!?」
「山道のお屋敷よっ!!」
ユアはそれだけ言うと門衛の横をすり抜けて、街に入って行った。
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狭也は静かな室内を見渡した。
外と違い、音一つない。
チイも何も反応を示さない為、そっと鞘に納めた。
『・・・静かすぎない・・?』
狭也は、右手を前に突き出した。
『捜して、範囲探索』
簡単な詠唱で、狭也の手の平から、紅色の淡い光が溢れ出し、周囲に広がって行く。
狭也は目を閉じて、力の拡がりに集中する。
すると・・・、
「可愛いお嬢さん、駄目よ、勝手に人の家を荒しちゃ。」
狭也の前に半透明で妖艶な女性の幽霊が現れた。
「『・・・』、貴女は?」
お屋敷の左斜め上方と、足下のずっと下に違和感を感じながら、目の前の女性に問い掛けた。
女性の幽霊がすぐに現れた為、しっかり探索することが出来なかった。
「庭での様子を見てたわよ。中の良いお友達と一緒に帰れば良かったのに。」
「私、仕事で来てる。」
「あぁ、普通に自分の国の言葉で話してくれて良いわよ。お化けになったせいか、さっきのあなたの言葉、何言っているか解ったから。」
女性の幽霊は、右の人差し指をピッと立てて、小さく左右に振った。
ご丁寧にウィンクまでしている。
『古臭い動作ね。貴女、いつの時代の人?』
狭也の言葉に、これは心外と表情を少し歪ませた女性は、それでも素直に答える。
「失礼ね、死んでからまだ三十年ぐらいしか経ってないわよ。」
ちょっと憤慨とでも言うように、腰に両手を当てて怒った顔をした。
『ん、ごめん。・・・私は狭也よ。こう見えても、ぴちぴちの十八歳で退魔師よ。』
狭也は、ぴちぴちを強調しながら自己紹介をした。
今のままなら、友好的に事を進められそうだ、との判断だった。
「あら、ご丁寧にどうも。私はロアナ・グリーンスター。三十年程前に盗賊に襲われて滅びた商人の妻よ。」
意外そうに目をぱちくりさせた後、ロアナは丁寧にお辞儀をした。
狭也は、そっと周囲の気配を探る。
階上の違和感に危機感を感じる。
足下の違和感は、どうやら地の精霊に隠されているように感じた。
『貴女はずっと、ここで一人で居たの?』
「ふふ、愛しい娘の為に、やばいモノを抑えて、見守っていたの。ここに縛られていて、他には何もできないもの。」
ロアナの言葉に、足下を見る。
『愛しい子は、地下ね?』
「鋭いのね、正解よ。でも行かせてあげない。あなたがどんな人か解らないもの。」
『どうすれば、信用してくれるの?』
狭也は、自分でも信じられない事に、得体の知れないロアナの事を、既に信用し始めていた。
半透明な身体や、妖艶な見た目はともかく、その人当たりの良さに惹かれていた。
「ちょっと考えさて貰える? 私にもあなたを見極める時間が欲しいわ。」
そう言って、狭也から見て右手前の扉を指す。
「その先の扉を入ると、最初に客間があるから、そこで休んでいてちょうだい。」
『解った。少し休ませてもらうわ。その間、このお屋敷の様子を探っても?』
ロアナは、チラッと階上を見上げながら、少し考え込んだ。
「まぁ、派手な動きをしなければ、大丈夫でしょう。私が抑えているしね。」
あの危機感を抱かせる違和感を、抑えているロアナの力は大したもので。
『無理はしないわ。』
狭也は、チイを鞘ごと引き抜き、そっと光に解いた。
「あらあら、不思議な剣を持っているのね。むかし見た刀とかいうのに似ているわ。」
『! 知っているの、刀の事を?』
「こう見えても、商人の妻よ。世界中を回って、いろんな商品を見たわ。」
「あなた、もしかして龍皇国の人?」と、ロアナは狭也の出身国を言い当てた。
狭也の返事も聞かずに、なるほど、と頷いている。
ロアナは死後三十年程経っている。
(流石にお姉ちゃんの行方には、関係なさそうね。)
狭也は少し落胆しながら、ため息を吐いた。
「何か、失望させちゃったかしら? ごめんなさいね。」
『いや、貴女は関係ないから、気にしないで。こちらこそ、ごめんなさい。』
素直に謝り、狭也はロアナに言われた部屋に向かうことにした。
「ごゆっくり♪」
ロアナが手を振りながら、微笑んでいた。
狭也は、苦笑しながら手を振り返して、扉を開けた。
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