幽霊屋敷

「そう言えば、チイって、武器の名前なの?」


お弁当を食べ終え、少しゆっくりして後片付けを手伝っていると、ユアが聞いてきた。

今まで機会がなかったから、正式な名前を教えてなかったな、と狭也は辺りを見回した。

まるで見計らったように手頃な枝がポトリと落ちた。

上を向くと、精霊がふわふわと漂って離れていった。


「ん、これが名前、だよ。」


狭也は、枝で地面に字を書く。


【千五百夢】ちいほのゆめ


母国の文字で書いた後に、大陸の統一言語で読み方を書いた。


千五百ちいほは・・永遠。こっちの言葉、“永遠の夢”って意味、だよ。」

「へぇ、不思議な名前ね。」


遥か太古より存在し、終わることのない夢を揺蕩たゆたう様に、悠久の時を流れて、狭也の家に受け継がれた刀。

使用者によりその姿は千差万別に変わり、前の持ち主は薙刀だったという、特別な武器。


「“チイ”は、・・・『えと・・・』あ、愛称? 武器の種類は刀、だよ。」


首を傾げて、覚えたての単語を記憶から捻り出して、狭也は答えた。



片付けを終えた二人は、まずお屋敷の周囲を調べるべく、動き出した。


庭は広く、数百人は入るんじゃないかと思える程の広さがある。

冒険者ギルドが訓練用にと所望するのも解る気がした。


「あれ?」

「どうしたの?」

「精霊、居なくなった。」


いつの間にか、溢れかえっていた精霊が姿を消していた。

そこは、先程までよりもお屋敷寄りの場所。

念のため、少し門の方に歩いて行き様子を見てみる。

すると精霊が、戻ってくる。

またお屋敷に近付いてみる。

精霊は、姿を隠した。


「・・・ユア、帰った方が良い、かも。精霊、隠れる。」

「え、どういう事?」


いつになく真剣な顔で周囲を警戒する狭也に、ユアは戸惑う。


「これは精霊、の警告。近付く、ダメ、言ってる。」


精霊と意思疎通が出来るわけではない為、狭也にも詳しくは解らない。

ただ狭也の経験上、精霊が隠れるのは、いつも何か嫌な事が起こる時だった。


狭也の右手には、いつの間にか刀が現れていた。

それに気が付き、鞘から抜くことなく、右脇腹とベルトの間にチイを挟み込む。

まだ何かが起きているわけではない。

それでも狭也の雰囲気にユアは狼狽えた。

ユアが辺りをきょろきょろと見渡すと、魔除け灯はしっかり灯りその役目を果たしていることが解る。


「もしかして、魔除け灯が効かない相手ってこと?」

「・・・元々、ここに居たか・・・。」


ユアの言葉に、狭也が別の可能性を上げる。


「とにかく、ユアは帰って。」


気配を探るも、何も感じない。

それは目の前のお屋敷もそうであった。

狭也の探知に何も引っ掛からないのに、精霊は警告を出していた。

何が起こるか解らない現状、ユアと一緒に廃墟探検を楽しんでいる余裕はない。


ユアを門の方向へ押し出そうとしたとき、突如として狭也はチイを抜き放ち、閃かせた。

チイの切っ先が当たり弾かれたのは、半透明な身体をした人間だった。


「え、ゆ、幽霊?」


ユアがその姿を見て後ずさった。

その幽霊の周囲に、更に多数の幽霊が出現する。

幽霊は二人を見つけると、一斉に襲い掛かってきた。

狭也はチイを横に一閃、振るった。

すると幽霊達は、弾かれるように押し戻された。


「悪意、感じない。ユア、今なら逃げられる。」


狭也は右の人差し指で、門を指差して、ユアに逃げるように伝えた。


「悪意あれば、チイ、最初の・?・であの幽霊、切り裂いてる。」


一太刀という言葉が解らず、狭也は少し考え込んだ後、その部分は飛ばして、ユアを安心させるように言った。


チイには、狭也の意識外のことについて、勝手に反応することがある。

その時、狭也の身体は瞬時にチイの操作下に下る。

つまり、先程の迎撃はチイの仕業であった。

狭也は、ユアを帰そうとするあまり、周囲の気配の動向への配慮を怠ってしまったのである。

チイの柄を握る狭也の左手には、チイから『油断するな』と注意するように、ピリピリと刺激が与えられていた。


狭也は、牽制するようにチイの切っ先を幽霊達に向けて、少しずつ門の方へと近付いて行った。

門の前まで来ると狭也は、ユアを門の向こう側へと押し出した。


「! 狭也っ!?」


ユアは狭也の許に戻ろうとするも、門は見えない壁で阻まれた。

ユアを押し出すために後ろを向いた狭也は、すぐさま身体を捻り飛び掛かってきた幽霊を再び弾き返した。


「ユア、お願い、帰って。」


狭也はそう捨て置いて、前へ飛び出した。

迫りくる幽霊はことごとくチイで弾いて、玄関へ駆けて行く。

玄関に辿り着くと、幽霊達は何もしなくなり、遠巻きにしてこちらを見遣みやる。


狭也は、チラッと門の方に視線を向けた。

ユアは狭也の張った結界に手を突いて、心配そうな表情をしていた。

少しでも心配を取り除いてやる為に、軽く手を振って、ギルドから受け取っていた鍵で玄関を開錠し中に滑り込んだ。



玄関を入るとそこは大きな広間になっていた。

天井には大きなシャンデリアがぶら下がり、正面には二階へと続く階段。

左には扉が一つ、右には扉が二つあった。


室内にもやはり地の精霊の姿は見えない。

幽霊も中にまでは入ってこられないようで、玄関横の窓から外を見ると、まだ遠巻きにしてこちらを見ていた。

しかしその表情は、先程までの鬼気迫った感じではなく、何やら心配そうな顔をし、中には祈るように手を組んでひざまずいている者もいた。


ユアの姿ももう見えず、狭也はホッと息を吐いた。



-----



狭也が、お屋敷の中に入ってしまった。

幽霊が襲ってくるお屋敷の中に。

ユアはどうすればいいか考えながら、街に向かって走っていた。

狭也の実力を疑っているわけではない。

しかし、狭也も状況が良く解っていない感じだった。

取り敢えず、冒険者ギルドに飛び込んで助けを求めよう。


西門が見えてきた。

そこにいる門衛が、ユアの慌て具合に驚いていた。

ユアには、それに構っている暇はなかった。


「どいてっ!ギルドに急いでいるのっ!!」


門衛は午前中、ユアがこの門を通っている事を知っている。


「何かあったのかっ!?」

「山道のお屋敷よっ!!」


ユアはそれだけ言うと門衛の横をすり抜けて、街に入って行った。



-----



狭也は静かな室内を見渡した。

外と違い、音一つない。

チイも何も反応を示さない為、そっと鞘に納めた。


『・・・静かすぎない・・?』


狭也は、右手を前に突き出した。


『捜して、範囲探索』


簡単な詠唱で、狭也の手の平から、紅色の淡い光が溢れ出し、周囲に広がって行く。

狭也は目を閉じて、力の拡がりに集中する。

すると・・・、


「可愛いお嬢さん、駄目よ、勝手に人の家を荒しちゃ。」


狭也の前に半透明で妖艶な女性の幽霊が現れた。


「『・・・』、貴女は?」


お屋敷の左斜め上方と、足下のずっと下に違和感を感じながら、目の前の女性に問い掛けた。

女性の幽霊がすぐに現れた為、しっかり探索することが出来なかった。


「庭での様子を見てたわよ。中の良いお友達と一緒に帰れば良かったのに。」

「私、仕事で来てる。」

「あぁ、普通に自分の国の言葉で話してくれて良いわよ。お化けになったせいか、さっきのあなたの言葉、何言っているか解ったから。」


女性の幽霊は、右の人差し指をピッと立てて、小さく左右に振った。

ご丁寧にウィンクまでしている。


『古臭い動作ね。貴女、いつの時代の人?』


狭也の言葉に、これは心外と表情を少し歪ませた女性は、それでも素直に答える。


「失礼ね、死んでからまだ三十年ぐらいしか経ってないわよ。」


ちょっと憤慨とでも言うように、腰に両手を当てて怒った顔をした。


『ん、ごめん。・・・私は狭也よ。こう見えても、ぴちぴちの十八歳で退魔師よ。』


狭也は、ぴちぴちを強調しながら自己紹介をした。

今のままなら、友好的に事を進められそうだ、との判断だった。


「あら、ご丁寧にどうも。私はロアナ・グリーンスター。三十年程前に盗賊に襲われて滅びた商人の妻よ。」


意外そうに目をぱちくりさせた後、ロアナは丁寧にお辞儀をした。


狭也は、そっと周囲の気配を探る。

階上の違和感に危機感を感じる。

足下の違和感は、どうやら地の精霊に隠されているように感じた。


『貴女はずっと、ここで一人で居たの?』

「ふふ、愛しい娘の為に、やばいモノを抑えて、見守っていたの。ここに縛られていて、他には何もできないもの。」


ロアナの言葉に、足下を見る。


『愛しい子は、地下ね?』

「鋭いのね、正解よ。でも行かせてあげない。あなたがどんな人か解らないもの。」

『どうすれば、信用してくれるの?』


狭也は、自分でも信じられない事に、得体の知れないロアナの事を、既に信用し始めていた。

半透明な身体や、妖艶な見た目はともかく、その人当たりの良さに惹かれていた。


「ちょっと考えさて貰える? 私にもあなたを見極める時間が欲しいわ。」


そう言って、狭也から見て右手前の扉を指す。


「その先の扉を入ると、最初に客間があるから、そこで休んでいてちょうだい。」

『解った。少し休ませてもらうわ。その間、このお屋敷の様子を探っても?』


ロアナは、チラッと階上を見上げながら、少し考え込んだ。


「まぁ、派手な動きをしなければ、大丈夫でしょう。私が抑えているしね。」


あの危機感を抱かせる違和感を、抑えているロアナの力は大したもので。


『無理はしないわ。』


狭也は、チイを鞘ごと引き抜き、そっと光に解いた。


「あらあら、不思議な剣を持っているのね。むかし見た刀とかいうのに似ているわ。」

『! 知っているの、刀の事を?』

「こう見えても、商人の妻よ。世界中を回って、いろんな商品を見たわ。」


「あなた、もしかして龍皇国の人?」と、ロアナは狭也の出身国を言い当てた。

狭也の返事も聞かずに、なるほど、と頷いている。


ロアナは死後三十年程経っている。


(流石にお姉ちゃんの行方には、関係なさそうね。)


狭也は少し落胆しながら、ため息を吐いた。


「何か、失望させちゃったかしら? ごめんなさいね。」

『いや、貴女は関係ないから、気にしないで。こちらこそ、ごめんなさい。』


素直に謝り、狭也はロアナに言われた部屋に向かうことにした。


「ごゆっくり♪」


ロアナが手を振りながら、微笑んでいた。

狭也は、苦笑しながら手を振り返して、扉を開けた。

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