ピクニック日和?

小鳥が囀り、枝葉をすり抜けて降り注ぐ木漏れ日は気持ち良く。

雲一つない真っ青な空。


ユアは、桜色のTシャツに、革のズボンを履き、腰の後ろには、短剣が携えられている。

その手にはバスケットが握られていた。


「『えっ・・と・・・』、ユア?」


狭也はジトっととした視線を、目の前で浮かれているユアに向ける。


「何でここ、居るの・・・?」

「え、だって気持ちいいピクニック日和じゃない。」


ユアは空を指差して明るく答えた。

ユアは鼻歌を歌いだしそうなほど、機嫌が良い。


対して狭也は、いつも通りの白いカッターシャツに赤いフレアスカート。その腰にはやはり、ロングソードが提げられていた。


「私、・・・仕事・・・。」

「はいっ!」


ドン引きの狭也の目の前にユアは紙を差し出した。


「何、これ?」


覗き込むとそれは冒険者ギルドの受注書のようだった。


「『え・・・・・・。』何、これ?」


そこにはナーム山麓での薬草採取の依頼が書かれていた。

依頼主は、ユア。

依頼先は、狭也。

所謂いわゆる、指名依頼というやつである。


「『あ』、あの、ユアさん、や・・・?」

「何?狭也・・ちゃんや♪」


紙の後ろで満面の笑顔を向けるユアの顔を見上げる。


「私、こんな依頼、知らないよ・・・?」


今回、狭也が受けた依頼は別にある。

ナーム山の山道の途中にあるお屋敷と、その周辺の調査である。

依頼主はキュリア市の経済産業課であり、その屋敷を冒険者達の養成施設にできないか調べるものだった。

長年、持ち主がおらず、管理者はキュリア市。

修練場だけでは、冒険者を鍛え上げるのに限界を感じていた冒険者ギルドが、数年前から使用要請を出していたのである。

改築やその後の諸々の予算に、それら決めるための事前調査の一環としての現地調査。

興味を持った狭也が、依頼掲示板から剥ぎ取って受注したのである。

山中に建てられた一軒家の古いお屋敷、廃墟探検の感覚で興味津々であった。


街の西門から、ナーム山の山頂までは、街と街を繋ぐ街道と同じく魔除け灯が灯されている為、比較的安全である。

その山道脇にあるお屋敷も魔除け灯で囲まれている。

ユアがここまで警戒心が薄いはその為であった。


「このナーム山は、数は少ないけど良い薬草が採れるのよね。だから便乗しちゃった♪」

「便乗って・・・勝手に受注してる、よね?」

「受付の人に、狭也の保護者です。って言ったらオッケーくれたよ。」


もともと狭也のギルド登録の際、ユアに連れられてギルドに来ていた。

それだけではなく、ユア製の回復薬等は一部だけとはいえ、以前から冒険者ギルドに引き取ってもらっている。

ギルド内におけるユアの信頼度はそれなりにあった。

危険のない魔除け灯の範囲内である為、受付嬢も許可を出していた。


「他の人、来るって言うからこの剣、持ってきた。ユアだったらチイでよかった、じゃん。」


狭也は不服そうに剣を持ち上げて言った。

随分と言葉が流暢になったものである。

狭也がキュリア市に来てから、まだ半年も経っていない。

神殿の施しで会ったニケと再開したときに、ちゃんとお話ししたいと狭也は頑張った。

ギルドの仕事がないときは、ユアが仕事をしている合間でも教わり、夜も一生懸命、勉強に励んでいた。

ユアにとっては、頑張る理由が気に入らないものの、狭也に甘々なユアに断る術はなかった。

まだ解らない単語とかはあるものの、たどたどしさが取れ、違和感ない会話が出来るようになっていた。

たまに、母国語が出たり、言葉に詰まる程度である。

因みに、ユアはその過程で狭也の母国語を少し教えてもらい、名前の正しい表記も教わっていた。


狭也がこの調査依頼を受けたのは既に夕暮れで、その日はそのまま帰宅した。

家でこの話を聞いたユアは、突然、狭也に筆記試験を実施し、その間、何処かへ行っていた。

戻ってきたユアは凄いご機嫌だったのだが、どうやらその原因がこれだったようである。

今朝、ギルドによってこれから調査を開始する旨を告げたとき、受付嬢は同行者が来るとだけ言っていた。

だから、一度、家にロングソードを取りに戻ったというのに、当然、ユアは何も言わなかった。

つまりは、二人はグルだったと言う事だ。


狭也は再びジトっとユアを見詰めたあと、良いことを思いついたとばかりに、ポンっと手を叩いた。

トトトトとユアの後ろに小走りで回り込み、自分の髪を結っている紐を解いて、それでユアの腰に剣帯ごとロングソードを括り付けた。


『これでよしっ!』

「あ、あの、狭也ちゃん?重いんだけど・・・。」


突然のことにユアは少しふらついた。


「勝手なことした・・・罰ね。」


幾ら同居していて、親しい中でも限度はある。

安全地帯の中とは言え、百パーセント安全であるとは言えない。

しかもお屋敷には、魔獣や魔物が居なくても、無法者が住み着いている可能性だってあるのだ。

狭也は、自分の事は棚に上げて、ユアに軽くお説教をした。


「ほら、行く、でしょ?」


「うぅ・・・。」と意気消沈するユアに、狭也は手を差し伸べる。

それを見てユアはパァっと笑顔になって、狭也の手を握って二人で歩き出した。


「やっぱり狭也は、髪をおろしている方が可愛いよ。結い上げているのも格好良くていいけど、私はそっちの方が好きだなぁ。」


ユアにいきなり褒められ、狭也は頬を染めた。


「うるさい、今日は罰に使った、だから仕方ないの。」


褒められて照れる狭也の言葉は、少し答えから逸れていた。



そうして軽口を叩きながら歩いていると、やがて山道への分かれ道が見えてきた。


「ここら辺から? 薬草の場所。」

「もう少し上だね。」


狭也は、周囲を見回し、驚いて、目を大きく見開いた。


この場所には、地の精霊が他の場所よりも溢れていた。

そこら中、蛍のように、ふわふわと小さな光が飛び交い、楽しそうに笑っていた。


「ユア、『えっと』せ、精霊? 見える?」

「え、精霊? 見えないけど・・・。」


ユアは周囲を見回すけれど、普通の景色が広がるばかりで、これと言って変わったものは見えない。


(成程、これだけ地の精霊が溢れていれば、薬草の質も上がるわけね。)


狭也は、そっと地の精霊に手を伸ばす。

するとパッと小さく光って、クスクスと笑い声をあげながら飛び去って行った。


「今の・・・、今の光が精霊なの?」

「見えた?」


コクコクと首を縦に振るユア。

「いっぱい、居るよ。」と狭也は周囲を見回して言った。



薬草を探しながら二人は、楽し気に山道を歩く。

やがて脇道が現れ、二人はそちらへ入って行った。


「結構、綺麗な道ね。ずいぶん人の手が入っていないって聞いてたんだけど。」

「精霊が頑張ってる。」


狭也の目には、地の精霊が整地しているのが良く見えた。

まるで、人がいつ来ても良いように準備していたように。


その整地された道を進むと、蔦の絡む門が見えてきた。

門柱に絡む蔦は、しかし人が通るのを邪魔していない。

そこから見える敷地内も、家の玄関まで草一つなく整地されていた。


「精霊がいると言っても、さすがにちょっと不気味かも。」

「・・・そう言いながら、何でお弁当、広げてる、の?」


ユアは、木陰にシートを敷いて、持参したお弁当をバスケットから取り出して広げていた。


「だって中に入ったら埃だらけで、食べる余裕ないかもしれないでしょ?」

「ん、確かに。」

「ほらほら、食べよ。腕によりをかけたんだから♪」


お弁当の中身は、野菜サラダやチキン、卵などのサンドウィッチが中心だった。


「とは言っても、お手軽に食べられるようにサンドウィッチばかりだけどね。」

「美味しそう。いただきます。」


ちょっと照笑れいをするユアを見ながら、手を伸ばした。

毎日、ユアの手料理を食べているが、外で一緒に食べるのは初めてだった。

何だかいつもよりも、更に美味しい気がした。

次のお休みの日にでも、一緒に本当のピクニックに行くのもいいかも知れないと、どう見ても浮かれているユアを見ながら、狭也は密かに思った。

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