第2章 地底の少女

005-01. 残滓

目の前では惨劇が繰り広げられていた。

儀式の為の宴で浮かれていた所に、突如、矢の雨が降り注いだ。

頭を、肩を、胸を矢に刺し貫かれて倒れていく人々。


次いで突撃してきた鎧を着た者達。

その手には各々剣が握られ、矢の雨を逃れた人達に切り付けていく。


祭壇の上で器を抱えていた幼い少女は、何が起きているのか解らず呆然としていた。


その少女の身体を、凄い勢いで抱き上げる者がいた。


「大丈夫よ、ママが守るから。」


少女の母親は、そのまま祭壇の裏に身を滑り込ませ、山の木々に紛れて屋敷を回り込んだ。

屋敷の裏手の扉を開け、すぐさま居間に移動する。

少女を片腕で支えると、柱に手を翳し魔力を流した。

床が動き地下へ通じる階段が現れる。

その階段を下ると、途中の扉は無視して一番奥の大きな扉の前に辿り着く。

先程と同じく扉の横の窪みに魔力を流すと、扉がゴウンゴウンとゆっくりと開き始めた。

開き切るのももどかしく、母親は扉の隙間を通って中に入った。

そこは地下とは思えない景色が広がっていた。

大きな空洞に、家々が軒を連ねている。


眼前に広がる街並みを走り抜け、自宅に滑り込む。

そこでようやく母親は、娘を腕から降ろした。


「良い、ここから出ちゃだめよ。」


そう言うと母親は、娘を置いて出て行こうとする。


「ママ・・・?」


不安そうな表情をして母親の足にしがみ着く娘を、母親は優しく抱き締めた。


「大丈夫よ。あなたはここに居て。絶対に守るから。」


頭を優しく撫でながら諭すように声を掛けるも、娘は母親を離そうとはしない。


「ごめんね。地の精霊よ、そのかいなにて幼子に眠りを、スリープ。」


母親は娘に眠りの魔法を掛けた。

意識を失った娘を抱き上げ、娘の部屋のベッドに横たえる。

そっと毛布を身体にかけて、その額にキスを落とした。


「ごめんね、ミーナ。あなただけは絶対に守って見せるから。」


母親はもう一度、娘の頭を撫でて立ち上がった。


「地の精霊よ、お願い、この娘を守って。」


精霊がふよふよと集まり、少女をその光で包み込んだ。

それを見たは母親は、そっと扉を閉めて地上へと向かった。





その日、吸血族は、その存在を魔族と勘違いした人間によって滅ぼされた。



ただ一人、最後に産まれた子 ミーナを残して・・・・・・。








-----



・・・・・・嫌な夢を見た。


自分以外誰も居ない、廃墟といっていい村。

朝陽として降り注ぐ洞窟を満たす光。

窓から差し込むその光で目を覚ました私は、ベッドに横たわったまま、寝汗で額に絡みつく前髪を掻き揚げて、不愉快に目を細めた。


ここ三百年程は見なくなっていた夢。

滅亡の悪夢。

眠らされた後の出来事は、恐らく精霊達が補完しているのだろう。


あの時の情景なんて、はっきり言って恐怖と絶望の感情しか覚えていない。

でも、最近になって夢が私にそれを見せてくる。

あれから既に約五百年の時が経っている。

久々に見る夢も、現実感がなくて・・・ただ嫌な気持ちだけが後を曳く。


今になってあんな夢を見るのは、何故か地の精霊が騒ぎ出して、私の心を搔き乱す所為だろう。


「貴方達、煩いわょ。」


今も、起きた私の周りを飛び回り騒いでいる。

はっきり何かを伝えてくるわけではない。

ただ、私に関して何かが起きるよ、と騒ぎ立てるだけ。


起きだした私は、汗を流して着替えることにした。

薄い水色のワンピースで襟元に小さなガラスが宝石のように散りばめれている。

それを革のベルトで纏めて広がるのを防ぎ、上着に何の刺繡もないシンプルな黒いカーディガンを引っ掛ける。

この服は、地上にある屋敷に囚われているロアナに貰ったもの。

昔の自分の服だという。

ロアナの豪商夫人という生前の身分からいけば随分と質素だが、子供の頃は平民だっという。

いつか、自分の子供に着せる事が夢だったらしい。


ロアナは私と出会って以来、何かと世話を焼こうとする変な幽霊だ。

この間も、精霊の声がうるさくて大扉に様子を見に行ってロアナと出くわした。

さわれもしないその透けた手で私にれようとしてくる。

わずらわしいわけでは無い。

どちらかといえば構ってもらえて嬉しい。

でも恥ずかしいので、そのことは教えてやらない。


本当は解っている。

ロアナが、心から私の幸せを願っていることを。

私よりも年下のくせに、私よりも遥かに大人で・・・。

まるで母親のように、私を抱き締めようとしてくる。

いつかは素直に、笑い合えたらと思っている(出来る気しないけど)。

そんな事を考えながら、暇つぶしの日課となっている、魔法と弓の修練を行う為に、私は誰もいない村の中を道場へ向かった。


・・・誰も居ない。

魔法の修練は精霊たちが、弓の訓練は教本を開いて独学で。

一族の皆が残してくれた物だけは、村中にいっぱいある。

この五百年、基本的には私は独りきりで過ごしていた・・・。




誰も居ない。それでも私には精霊とロアナが居る。



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