不穏な気配

不思議なことに、目的の洞窟に辿り着くまでに、他の獣や魔獣を見ることはなかった。

森の中だというのに、聞こえてくるのは風にそよぐ木々の葉擦れの音だけ。

森に入った時点では、確かに聞こえていた鳥の囀りさえも、今は聞こえない。


『不愉快ね。爽やかな気持ちのいいお天気なのに、この状況は・・・。』


幼い少女とは思えないその感情を抑えた声。

視線は鋭く、周囲を窺い見る。

普段は優しい光を称える瞳は、黒曜石のように妖し気に煌めき、力の流れを詠む。


(・・・あの洞窟に向かってる?)


その瞳に映るのは、自然の中に漂う邪悪な力。

森の中から生命を遠ざけた力。


『恐らくは、あのブラックウルフの魔石を喰らった者達。』


先程、ブラックウルフの葬送を行った場所から、細々と伸びる力の流れ。

後始末も考えて動いていたとはいえ、良いのか悪いのか。


『参ったね、ゴブリンが力を付けちゃったか・・・。』


ゴブリン十三体という異常行動には、やはり原因があった。

魔物の中でもゴブリンは弱い存在。

それ故、ゴブリンは五体で行動をしてお互いを守り戦う。

その繋がりは、一体やられたら他の四体が強化される程。

しかしゴブリンにとって残念なのは、ゴブリン自体が弱い為、それでも大した脅威ではなかった。

だが、今回はその個体の中に強化種がいる可能性が出てきた。

強化種の存在が、残り八体のゴブリンを呼び寄せた。

そう考えて間違いないだろう。


基本的に魔獣一体につき、一つの魔石。

ゴブリンが手に入れられたのは最大でも三個。

強化種に進化したのが三体のみでも、その繋がりは軽視できないと狭也は判断した。


『ここで見ていても仕方ないわね。行きましょう。』


狭也は目の前にある洞窟に入っていく。


(それにしても、洞窟の奥から感じるこの力は何?)


魔石の痕跡やゴブリンとおぼしき力の他に感じる、異様な気配。

警戒を強めながら、狭也は洞窟の中を進んだ。


(見つけた。)


しばらく進むと、食事をしているゴブリン達を見つけた。

その周囲には餌だっただろう、動物の骨や肉片が転がっていた。


狭也が右手に力を籠めると、その手に刀が姿を現した。


『行くよ、チイ。』


狭也の声に応えるように、刀が淡く光った。

背丈ほどもあるその刀を、狭也は左手でスラっと抜き放つ。

その刀身には、見る者を威嚇するように刃紋が踊り、触れるモノすべてを切り裂きそうな威容を放っていた。

鞘を右手に持ったまま足に力を籠めて一気に踏み込む。


瞬時に眼前に迫ったゴブリンの背中に下段から切り上げ、その勢いのまま上空へジャンプ。

振り上げた刃を反し、二体目のゴブリンに振り下ろした。

着地と同時に上体を捻り、くるっと回転をして、左右に居る二体のゴブリンを横薙ぎに切り裂いた。

あっという間に四体が倒されたゴブリンは、それでも即座に対応した。


狭也の後ろにいた一体が、傍に置いていた短剣を拾い、突き出してきた。

しかし狭也はそれを刀で弾くと同時に、右手に持っていた鞘で、反対側に居るゴブリンの顔を打ち付け、他のゴブリンを牽制する。

後退ったゴブリンの隙を突き、短剣を弾いたゴブリンに肉薄しその首に刃を突き立てた。

刃を抜くと同時に後ろへジャンプし、ゴブリン達と距離を取る。


残り八体。

今倒した中に、強化種が一体居たようで、強力な気配を感じさせる個体は二体になっていた。


『嫌な気配は消えていないわね。さっさと済ませてしまいましょう。』


狭也は、右手に持っていた鞘をスカートのベルトに挟み、両手で刀を握って下段に構えた。


仲間を一気にやられたゴブリンはその身体から、怒気を孕んだ気配を滲ませた。

強化種二体から残りの個体へと注がれる力。

強化種以外の六体が咆哮を上げて飛び掛かり、それぞれの武器を振り下ろす。


狭也は刃に自らの魔力を通し振り上げる。

すると刃から放たれた魔力が、正面の三体を呆気なく切り裂いた。

切り裂くと同時に狭也は飛び出し、後方で、右側にいる武器を構えた強化種の首を切り落とした。

地に着いた左足を軸に回転し、残りの強化種に大上段から刃を振り下ろす。

しかし、残り一体の強化種は、魔力を纏ったショートソードでそれを防いだ。


『魔力の使い方が、良く解っている・・・。でもっ!』


魔力の使い方なら、自分も負けないと、刃に更に魔力を籠めると、強化種の持つショートソードの刃を断ち切った。

振り抜いた刃を下から上へ。

左脇腹から右肩へ、狭也の刃は最後の強化種を切り裂いた。


置き去りにされて、茫然と成り行きを見ていた残り三体のゴブリンは、強化種の魔石から零れ出た魔力を吸収した。

そうして強化され激高したゴブリンは、またも同時に飛び掛かってきた。


『強化されても所詮はゴブリンね。』


捻りのない直線的な攻撃。

激高することで連携も何もあったものではない。


狭也の瞳が黒曜石の黒から、青空の下の湖面のような水色に変化する。

それと同時に刃も水色に輝く。


『ふっっっ!』


気合一閃、横に薙いだ剣尖は、水色の軌跡を描きながら、間合いよりも遠いゴブリン三体を一気に切り裂いた。

刀を血振りしながら、崩れ落ちるゴブリンを確認し、周囲に気を遣って他の気配を探る。


『取り敢えず、討伐完了ってところかな・・・。』


刃にまとっていた力をもう一度血振りして霧散させ、鞘に納めた。

その瞳も既に元の黒い色に戻っていた。




『さて、どうしようか?先に進むか、戻るか・・・?』


洞窟の奥から漂う嫌な気配。

何処までも静かに揺蕩うが如く、纏わりついてくる気配。


『・・・う~ん。』


少し考えて、狭也は左手を洞窟の奥に向けた。


『標本だけでも持って帰って、ギルドで分析してもらいましょう。』


漂う気配を掌の中に凝縮していく。

やがてそれは凝り固まっていき、紫色に輝く球体となった。


『これは紫空石?』


狭也は目を見開き、信じられないとばかりに、洞窟の奥を見詰めた。


『こんなの、簡単にできる物じゃないわよ・・・。』


狭也は紫空石と呼んだ紫色の玉を握り締め、洞窟の奥に向かった。


『このままには出来ないわね。』


小さく呟き歩を進めるも、何処まで奥に進んでも嫌な気配がするだけで何もない。

しかし、狭也の小さな手に収まっていた紫空石は、今や顔の半分程の大きさまで成長していた。


『一人でこれ以上行くのは、危険かもしれないわね。』


ギルドに報告し、正式な調査班を組む必要があるかもと、狭也は引き返した。


途中、討伐完了の証拠となる、ゴブリンの魔石を遺体から抜き取り、ブラックウルフ同様、葬送を行った。


狭也は、他者の侵入防止の為、洞窟の入り口に結界を張り、帰途に着いた。



-----



ギルドに戻ってきた狭也は、受付嬢にゴブリンの魔石を渡し、軽く今回の事情を説明した。


「あの洞窟にそのようなことが・・・。少し待ってください。ギルマスに報告してきます。」


受付嬢は受付奥の応接室に狭也を誘導して、ギルマスの許へと行った。



ソファに座って少し待っていると、ギルマスが入室して対面のソファに腰を掛けた。


「サヤ。キミアの報告は本当か?」


キミアとは、受付嬢の名前である。


「・・・これ・・。」


狭也は身体の横に置いていた紫空石を、ギルマスに差し出した。


「何だこの石は?魔石、じゃないな。」

「それは・・・『紫空石』。その大きさ、一個であの洞窟、吹き飛ぶ・・・ます。」


狭也の言葉にギルマスは目を剥く。


「シクウセキなんてものは初めて聞くが、本当にそんな威力があるのか?」

「力、・・・?な、なが・・流さなければ、大丈夫。」


言葉に詰まり少し考えて続ける狭也。


「多少の衝撃じゃ、爆発はしないってことか?」


首肯する狭也に、ギルマスは難しい顔をする。


「少し時間をくれ。俺一人じゃぁ、判断できねぇ。」


ギルマスは紫空石を光に透かして見たりしながら、狭也に答えた。


「大丈夫。洞窟、結界、張った。」

「そ、そうか・・・。」


狭也を剣士と思っていたギルマスは、狭也の秘められた力がまだありそうだと、認識を改める。


「一先ずは、試験クリアおめでとう。これは報酬だ。これからは好きに依頼を受けてくれ。」


ギルマスはそう言うと、脇に避けていた小袋を狭也に渡した。


「『重い・・・』、多くない・・・?」


その重さに狭也がゴブリン討伐だけにしては多いと感じた。


「そいつには、情報料も入っている。」


依頼遂行時、何らかの異変を見つけた者には、相応の情報料が報酬とともに支払われる事になっている。

ギルマスの説明に、狭也は素直に報酬を受け取った。


『これでユアに、美味しいのでも買って帰ろう。』


家賃は払っているけれど、その他諸々はユアのお世話になりっぱなしだった。

臨時収入に狭也は満面の笑みを浮かべて、商店街へと繰り出して行った。


「本当にあの子は何者なんだ? こんなモン、普通知らんだろう。」


ギルマスはシクウセキなる物をもう一度掲げ持ち、目に魔力を通して分析を試みた。

一分程、見詰めていただろうか、ふと視線を外し目頭を押さえた。


「駄目だ、俺じゃ何もわかんねぇ。」


何か力が中で渦巻いているのは解った。

だがそれだけだった。

その力が何なのか、どれだけの威力を持っているのか。


「魔学研究所に分析してもらうしかねぇか・・・。」


魔学研究所とは、市長邸の中にある研究施設である。

もとは高台の広場の大樹から溢れる力の研究をしていたのだが、やがてそれは魔法などの研究へと広がり、今では、各地で見つかる正体不明なモノの研究まで取り扱っている。

研究所にとって、シクウセキは絶好の研究対象となるだろう。


「そういえば、狭也はリュウの国出身だったな。海の向こうならこの事をしってんのか?」


正体不明な石一個の為に、さすがに渡航の許可は下りんだろうな。と頭を振ってそこは諦めることにした。


「ん・・・?そういや、あいつ、武器持っていなかったが、どうしたんだ?」


今更ながら、狭也が帯刀していないことに気付いて首を傾げるギルドマスターであった。

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