003-03. 力の片鱗
神殿の施しの警備から一週間が過ぎた頃。
狭也は、今日も姉の情報を求めて、冒険者ギルドへやってきていた。
冒険者ギルドや商業ギルドは、大陸中に支店がある為、最も情報が集まりやすい場所とされていた。
しかし、商業ギルドは、登録した商人しか利用できない。
それに比べて、冒険者ギルドは一般人の利用も出来る為、フロントや待合室にはあらゆる分野の人達が集まっていた。
各地から集まる情報は、ギルドの情報収集班がまとめ上げ、利用者に必要な情報を提供している。
当然、他支店の冒険者ギルドとも情報交換をしている為、各情報の真偽は高い確率で信用できるものとなっている。
この日、ギルド内は人が
「すみませ~ん。」
「あら、いらっしゃい、サヤちゃん。」
受付のカウンターは一般的な大きさに作られている為、背の低い狭也は少し背伸びをして受付嬢を見上げていた。
「『えっと』姉の情報、入りました?」
狭也の可愛さに頭をナデナデしたい衝動に駆られながら、受付嬢は手元の書類に目を通した。
狭也は、入り口に近いこの受付カウンターをよく利用することから、この机には専用の書類が置かれている。
狭也の姉の行方に関する情報はいち早くここに持ち込まれるのである。
しかし、大陸の国々にはない、黒い髪と黒い瞳という目立つ特徴であるにも
「ごめんね、まだ無いわ。」
狭也は、ほぼ毎日、ここに来て確認を行っている。
そうそう新しい情報など入るはずもなかった。
だからか、狭也は別に落ち込むこともなく、これからどうしようかと悩み始めた。
「ねぇ、サヤちゃん。この依頼を受けてみない?」
受付嬢は悩む狭也に一枚の紙を差し出した。
さすがにカウンターの上に出された紙の内容は今のままでは見ることは出来ない。
狭也は、壁際にある足台を持ってきてその上に上がった。
ロングソードを片手で軽々と扱う狭也が、腰に提げたそのロングソードを引き摺りながら、足台を両手で抱えてえっちらおっちらと歩いている様に受付嬢は自然と笑みが零れた。
『よいしょっ、と。』
狭也の口から出る異国の言葉。
たまに考え事をして一人で呟いているときなど、今の片言とは違い、流暢に紡ぎだされていることから、しっかり話せるようになれば、今ほどの可愛さは失われてしまうかもしれない、とは、ギルド職員全員に一致した認識である。
「『えと』、ゴ・・・ゴブ、リンの・・討伐?」
「えぇ、東の森の洞窟にどうやらゴブリンが住み着いたらしいの。」
依頼の内容は、洞窟に住み着いたゴブリンの討伐。
確認されている数は十三体。
ブラックウルフ三頭を瞬殺との報告や、これまでの他の冒険者との共同受注による報告からも、ここで一度、しっかりその実力を確かめたいと、ギルドマスターが選んだ依頼だった。
「これは、あなたの実力を測るギルマスからの試験みたいなものよ。期日はなし。まぁ、出来るだけ早い解決を求められてはいるけれど、無理はしなくていいわ。」
「一人でしていいの?」
狭也は、今まで他の冒険者のパーティーと共同でしか討伐の仕事をさせてもらえなかった。
ギルドマスターからすれば、共同受注させることで、誰かとパーティーを組ませようとしていたのだが、狭也が嫌がるというよりも、一緒に仕事をした冒険者がパーティーに組み込むことを拒んでいた。
「出来れば誰かと組んで欲しい、というのがギルドの考えだけど。」
報告書などを見る限り、この程度なら単独受注でも問題はないと判断されていた。
「じゃあ、やる・・ります!」
少しの躊躇もなく受ける狭也に、受付嬢は受注印を押して受注書と洞窟の場所を示した地図を渡した。
「それよりもサヤちゃん、そのロングソード、ショートソードとかに変える気はないの?」
狭也が腰に提げているロングソードは、どう考えてもその手に余る長さをしていた。
(どうやって鞘から抜き差ししてるの?)と誰もが感じていた。
「ん・・・?」
少し柄を上下するだけでも、切っ先が地面にカツカツと当たる。
歩くときは手で縦に抱えて、先日の警備の時は柄を上から押さえて地面に当たらないようにしていた。
誰がどう見ても邪魔だった。
「まだお金、ない、です。」
今後の事を考えれば無駄遣いは出来ない。
それ以前に、狭也としては、別に剣を携えている必要はない。
ユアを助けたときに手に持っていた武器を、いつでも出し入れ出来るからである。
その武器種は“刀”。
この大陸には殆ど流通のない武器であり、余計な混乱を避ける為、ユアに普段使いは禁止されていた。
別に従う必要はないのだが、狭也も騒ぎはごめんなので、この街に入ってからは一度も出していない。
『あ、よく考えたらあの後、手入れしてないな。チイ、怒ってるかな?』
「サヤさん?」
突然の狭也の異国語による独り言に、受付嬢は首を傾げた。
「あ、ごめんなさい。『えっと』このままで良いです。」
狭也は慌てて手を振って受付嬢に挨拶をして、ギルドをあとにした。
狭也の片言が、日を追うごとに自然な話し方になっていっていることに気付いた受付嬢は、ちょっとだけ残念に思いながら、狭也の後ろ姿に手を振った。
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「ただいま、ユア。お仕事、もらった。」
家に戻ってきた狭也は、一階の仕事場で薬造りをしていたユアを見つけて報告した。
「お帰りなさい。どんなお仕事?」
狭也は受注書をユアに見せた。
受注内容によっては情報漏洩になりかねない行為だが、狭也が大陸の言葉に慣れていないことから、ユアは出来る限り内容を確認するようにしていた。
「ギルドマスターから、試験、だって。」
「なるほど、サヤの実力を図ろうってわけね。」
ゴブリン十三体の討伐。
心配ではあるけれど、冒険者ギルドのマスターの試験なら、断らせるわけにもいかない。
ユアは狭也のロングソードを見る。
「流石にその剣は邪魔ね。」
「うん。他の人、居ないから、チイを使う、思う。」
「じゃあ、剣は預かっておくわね。」
狭也は、ロングソードを預けて身軽になる。
「できればその服装も、せめて革鎧とか着て防御を固めて欲しいのだけど。」
「いやっ!」
そこだけはどうしても譲らない狭也だった。
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狭也は正門から出て、東にある森に向かっていた。
その森はユアと出逢った場所でもあった。
地図を見ると、ユアを助けた場所よりもさらに奥に洞窟はあるようだった。
洞窟やその周辺はキュリア市にとっては大事な採集場所である。
基本五体前後で行動するゴブリンの異常行動。
狭也の実力を図るには持って来いとギルマスは判断していた。
『あ、ここ、ユアを助けた場所ね。』
森の中、木の傍に元は黒い毛皮を持っていた遺体が三体。
他の獣や魔獣に食い荒らされたのだろう、無残な姿になって放置されていた。
体内にあったはずの魔石も無くなっているようで、もしかしたら新たな魔獣が誕生している可能性や、強化された魔獣が潜んでいる可能性が出てきた。
『あの時は私もユアも、我が身の事で必死だったから、処分するのすっかり忘れていたわ。』
(これは報告案件ね。今回出てくれば、一緒に退治しましょう。)
狭也は、ブラックウルフの遺体に手を翳した。
『【
龍皇国の言葉による詠唱。
周囲より緑色の靄が狭也の手に集まり、そこからブラックウルフの遺体を包み込むように広がる。
やがてその靄の色が黄色に変わるとブラックウルフの遺体が空気に溶け込むように解け、やがてその姿はその場所から消えていった。
狭也の行使する力は、魔力や霊能力・精霊力といったものとは別物である。
【守護力】以外は、龍皇国のみに伝わる力であり、この世界そのものと言っても過言ではない力であり、総じて【
【守護力】は神聖魔法として、教会を通して世界中に伝わっていた。
どうやって協会がその力を習得できたのか、今では誰も解らないものの、それ以外の五つの力は、他の国々に広まることも、その存在を知られることもなかった。
【守護力】自体、今では神聖魔法として伝わっている為、その真実を知る者はいない。
綺麗にブラックウルフの遺体が消えたことを確認した狭也は、地図を確認して改めて洞窟を目指した。
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