出逢い

ステンドグラスから射し込む朝の優しい陽射し。

女神さまの像を天頂から照らして、神々しさを感じさせます。

呼び掛ければお答えが返ってきそうなその雰囲気に、目を細めてお顔を見上げます。


あの時、予言者さまから与えられた使命・・・戦巫女。


この二ヶ月間、基礎的な訓練を積んで、少しは動けるようになってきたと思います。

短剣術の方はまだまだですが、神聖魔法の方は教官がおっしゃるには、驚くほどの成長を見せているそうです。

まだ戦闘自体は経験したことが無い為、あまり実感はありません。


この選択が本当に良かったことなのか、正直、判断できません。

ただ、この道が何処か別の場所へ導いてくれるような、そんな不思議な感覚を感じています。

教会をやめて神殿を出て行くということではありません。

そう、見上げる女神さまのお導きというか、そんな感じです。


女神さまの頭上から降り注ぐ光が、キラキラと煌めきながら私を包み込みます。

すると私の身体が淡く光りだしました。


「!?・・・これは・・・?」


驚いて祈りの為に組んでいた手をほどいて立ち上がってしまします。


「どうやら、第一段階は合格のようですね、ニケ。」


声に振り向くと、先程まで誰も居なかったはずの礼拝堂の入り口に、巫女長さまのお姿が見えました。


「第一段階?・・合格、ですか?」


戸惑いながら問い返す間に、今度は降り注ぐ光が私の身体に吸収されていくように、身体の奥が温かくなり力が満ちていくようでした。


「それは女神・キシンリュウ様のお力です。第一段階は、そのお力を自らの身に宿す事です。」


巫女長さまは礼拝堂に入ってくるものの、あと一メートルというところで足を止めました。


「私たち巫女が、女神様のお力をお借りし行使することに対し、戦巫女は、女神様のお力をその身に宿し、具現化し操る者です。」


慈愛の神であり、荒ぶる戦神。

二面性を併せ持つその女神さまは臥龍神と言われ、天上で深い眠りに就きながら、夢の中で私たちの世界を見守り続けておられるのです。

女神さまがお目醒めになられるのは、この世界が滅亡に瀕したときと言われています。


「貴方がた戦巫女は、女神様がお目醒めにならぬよう、そのお心を乱されないよう、そのお力を身に宿して戦い、平穏を守るのが役目です。」


「教官から教わったでしょう?」と巫女長さまはおっしゃられました。

確かに、教官から、ことあるごとにその事は聞かされています。


「今、貴方に降り注いでいる光がその身に収まったとき、第二段階の試練の始まりです。」


「それはどのような試練でしょうか?」


光が身体の中に吸い込まれていく速度が緩やかになり、それにあわせて感じられていた温かさも治まってきました。


「まだ十五歳と心配ではありますが、これからは実戦を行うことになります。そこで一定の戦果と実力をつける事が、第二段階の試練となります。」


一人で行う必要があるわけではなく、他の戦巫女や、場合によっては冒険者を雇ってもいいとのことです。

ただし、戦闘の中心は試練を受けている戦巫女であり、他の方はあくまでサポートのみだそうです。


「私、まだ短剣術が苦手で・・・。」


「これからはそうは言っていられませんよ。この道は貴方が選んだ道。頑張りなさい。」


厳しくも聞こえるそのお言葉は、しかし優しい声音で私を元気づけているようでした。

光が収まった私を、近付いてきた巫女長さまは、またその胸に抱き締めて、頭を撫でてくれました。

幼いころから、私が泣いたり不安がっているときは、まるで母親のようにいつも私を抱き締めてくださいます。

安心を覚えながら、私は今の心境を言葉にします。


「この道の先に、何かあるような気がするのです。夢で見たあの光にも近付けているよう気がします。」


しばらく私の頭を静かに撫でられていた巫女長さまは、ゆっくり身体を離しました。


「貴方に女神様のご加護がありますように。」


私の頬を軽く撫でて女神さまの加護を願ってくれました。


「さ、今日は施しの日ですよ。貴方の初めてのお仕事です。皆さんが待っているので、行きましょう。」


差し出された巫女長さまの手を取り、本日、施しを行う巫女たちが集合している中庭へと歩き出しました。

今日は、戦巫女である前に、巫女である私のお披露目の日です。

神聖魔法の使用については、何も不安はありません。

神殿内にある治療院でも少しずつではありますが、治療のお手伝いもしてきました。


「慢心はせず、力まず、謙虚にね。でも自分をしっかり信じるのですよ。」


教官にすら太鼓判を押されている神聖魔法。巫女長さまは私が間違わないよう、静かに忠告をして下さいました。



-----



中央広場には、既にたくさんの方が集まっていらっしゃいます。

その多くが怪我や病気に苦しむ貧困層の方たちです。

運が悪ければ、捨て子だった私もこの方たちの中に居たのかもしれません。


神殿に続く街道脇の林の中に毛布にくるまった状態で捨て置かれた私。

普段、危険を避けるため、そのような場所に足を運ばない巫女長さまが、何故か林に分け入り、私を見つけられたそうです。

このとき拾われなかったら、魔獣に食べられるか、他の者に拾われてスラム街に連れて行かれるかしていたかも知れません。

しかし、私は巫女長さまの許ですくすく育てられ今に至ります。

感謝しかありません。



中央広場の北側に左右二対ずつテントが並べられ、それぞれに担当教官一名と巫女が二名配置されます。

テントの前面の片端に一名、冒険者の方が警備につきます。

中央広場の南側には怪我人や病人が待機する場所が設けられていて、そこにも一人の冒険者が配置されています。

広場の入り口にも一人ずつ計四名の冒険者の方が、と過剰とも思える警備状況です。

随分前、我先にと治癒を求める方たちが押し寄せ、巫女が三名ほど押し倒されて怪我をされました。

それがトラウマとなり引退した方もいるという事があった為、警備が増員されたのだそうです。


担当教官に連れられて訪れたテントの前には、まだ幼い女の子がいました。

私のような、どこにでも溢れた金色の髪ではなく、陽の光すらも吸い込んでしまいそうなほどの、けれど光を受けてキラキラと輝く黒い髪。

同じく吸い込まれてしまいそうな黒い瞳。

その背丈は、同年代の中でも背が低い私よりも、頭一つ分低かった。

身体は冒険者とは思えないほどの軽装で、白いカッターシャツに膝丈の濃い赤のフレアスカートです。

手は黒い革の手袋で包まれ、足は赤いブーツを履いていました。

その腰には少女の背丈ほどもありそうな剣(おそらく一般的にロングソードと呼ばれるものだと思います)が提げられていました。


「こちらが今日、貴方たちを護衛してくれる冒険者で、サヤさんと言います。」


「よろしくお願い、です。」


サヤさんは、緊張しておられるのか、言葉に詰まりながらも小さく頭を下げました。


「心配かもしれませんが、これでも冒険者ギルドのマスター推薦の冒険者ですよ。」


自分たちよりも幼い女の子が護衛と聞いて、誰がその実力を信じられるでしょう。

隣に立っている同僚の巫女・ランカさんも不信な表情をされています。


「これでも・・・十八歳、だよ、です?」


そう言ってサヤさんは、冒険者ギルドのカードを私たちに見えるように掲げてくださいました。

そこに記されているものを見て、私たちは驚きの声を上げてしまいました。

私たちの声に惹かれてこちらを見た方たちも、サヤさんを見つけて「なぜ子供が・・・?」と同じように不信感を抱いているようでした。

他の冒険者や担当教官が宥めて下さりその場は何とか収まりました。


「ごめんね、私はランカ。二十一歳だよ。」

「ニケです。私は十五歳です。」


それぞれ自己紹介しながら握手をしました。

彼女は手も小さく、(剣の柄を握れるのかしら?)とやはり心配になりましたが、手を握ったとき私の中に温かな何かが、流れ込んでくるような感覚に襲われました。


『え、何これ・・・?』


聞いたことのない言葉で小さく呟くサヤさん。

おそらくサヤさんも、同じものを感じているのかもしれません。

手を握り見つめ合った私たちに、担当教官から声がかけられます。


「大丈夫ですか、貴方たち?そろそろ始まりますので持ち場にお着きなさい。」


名残惜しそうに私たちは手を離しました。

流れ込んできた温かなもの、それは夢の中の光の温もりと同じものでした。

私は確信しました。

この子(と言っては失礼かもしれませんが)こそが、あの光の持ち主なのだという事を。

ずっと待ちわびていた光が、ようやく。

溢れてきた涙を気づかれないようにそっと拭いながら、決められた場所に移動しました。


その後、施し自体は少しの喧嘩などあったものの、全体的には滞りなく進み、問題なく終了しました。

お昼ご飯をサヤさんとご一緒しようと思いましたが、お昼も交代で警備の仕事があるらしく、同席することはできませんでした。

残念です。

でも、ちょっとした小休憩などでサヤさんをチラッと覗くと、その横顔は真剣で、とてもかっこいいと思ってしまい、頬が熱くなるのを感じました。

結局、最後までちゃんとお話をすることができないまま、私たちはお別れすることになりました。


「ニケさん」


皆さんが引き上げ始めてその後に続こうとしたとき、サヤさんに呼び止められました。

振り向くと、少し恥ずかしそうに上目遣いで私を見るサヤさんがいました。


「また、会いたい・・・です?」


(なぜ疑問形?)と思いながらもその言葉は嬉しく。


「はい!」と返事をしました。


少し出遅れた私をランカさんが呼ぶので、小さく手を振るサヤさんに、ペコリと挨拶をして、今日は別れることになりました。



-----



気になる女の子がいた。


警備中は無駄話が出来ない為、初体面の時の挨拶時に少し言葉を交わした程度。

彼女はニケさんと言い、近付いてくるだけでも温かな気配で私を包み込んでくれるような存在だった。

十五歳の彼女は私よりも頭一つ分大きく、私の力の都合上仕方ないとはいえ、本当の姿はもっと大人びていて安心を与えてやれたのにと、そっと悔しがってみたりもしてみた。

ただ、握手をした時は驚いてしまい母国の言葉がつい零れてしまった。

直接、手を通して彼女の力が流れ込んでくることなど、想像すらしていなかったから。

ニケさんから流れ込んできた力はとても優しく、彼女の性格を好く表わしているのだろうと思った。


昼休みの交代時間の隙に、警備班のリーダーをしている冒険者に彼女のことを尋ねてみた。

彼女は二年振りの新人巫女で、今日が初仕事らしい。

傍でその力を見ていると他の巫女よりもその力は強く、誰よりも【守護力・・・】の力を淀みなく発揮・操作し、患者だけでなく周囲の人間まで一緒に治癒していた。

おかげでもう一人の巫女のランカさんも疲れを感じることがないようで、私が担当していたテントでは施しの進み具合が早く、終いには他のテントの患者まで振り分けられていた。

夕方五の刻まで予定されていた神殿の施しは、三の刻を少し回った時点で終了した。


結局、最後までお話しすることができず、別れる間際、勇気を振り絞って呼び掛けてみたものの、語尾の使い方がまだよく解らない為、言葉を掛けるのも少し恥ずかしくてつい、おずおずと、


「また、会いたい・・・です?」


またもや疑問形のようになってしまった。

(恥ずかしいよぉ///早くなんとかせねばっ!)と改めて決心するのだった。


「はい!」


そんな私に対して、嬉しそうに元気に返事を返してくれたニケさん。

私は小さく手を振って、今日は別れを告げた。





その後、家で今日のことをユアに話すと、何故か拗ねられてしまった。

そっぽを向いて膨らむ頬は可愛いけれど・・・。



・・・えっと・・・・・何故?




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