何でもないフリ
「うーん……」
澪は何度も画面を閉じたり開いたりしながら苦悩していた。
テーマに対する答えが全く出ないのだ。
澪は高校で、文芸部に所属している。そこで月に一度、共通のテーマに対して部員がそれぞれオリジナルの作品を持ち寄ることになっており、その課題作文をしているところだ。
今回のテーマは「何でもないフリ」。それに対して何も浮かばないわけではない。仲違いする二人、何でもないフリをするが内心は互いを気にしていて、……とそこまで思いつき、ありきたり過ぎて粗筋を消した。そこから先、何も進まないでいる。
(誰かとかぶったらつまらないしなあ、どうしたもんかな)
悩みに悩むが、何も出てこない。締切は明後日に迫っている。執筆の時間を考えると、もう粗筋は決まっていなければならない頃合いだった。
「澪、ごはん」
黎が呼びに来た。
「わかった、すぐ行く」
「早くしろよ」
黎は扉を閉めると去っていった。
(仕方ないよな)
本当は、夕飯の前にどうにかしたかったのだが。澪はスマホをポケットにしまい、リビングへと向かった。
夕飯は豪勢だった。普段は忙しいからか、ごはんに大皿のおかず一品というような献立ばかりのこの家で、大皿三品にスープまでついてくるような食事が出るとは。今日は誰かの誕生日だったか?その割にはケーキはなく、食卓の雰囲気もなんとなく暗い。
「さあ、どうぞ」
無理に明るい声を出したように母が言う。
「んむ」
父はテレビから目を離さないまま、肉を摘む。
「今日はスーパーで安売りしていたから、ごはんいっぱい作っちゃったの。どうかしら、黎」
「悪くないんじゃない?美味しいよ」
「そ、そう。澪はどう」
「うん、美味しい。でも、作り過ぎじゃない?」
「やっぱりそうかしら。おかわりもあるのよ」
「げっ……そんな食えないよ」
いつものような他愛もない会話だが、どこかギクシャクしている。母の様子が変なのだ。ふと脳裏に創作テーマが過る。何でもないフリ。
(母さんは苦手みたいだな)
明らかに何かあったと、それほど鋭くない澪でも察せられた。何があったのかはちょっと気になったが、下手に話を振って地雷を踏み抜いたら適わない。結局表面上はいつもと同じような会話を続けながら、夕飯は幕を閉じた。
食器を下げて、澪と黎はそれぞれ自室に向かった。
「兄貴」
部屋に入ろうとする黎を呼び止める。
「なんだよ」
「今日、なんか母さん変じゃなかった?」
黎は澪より察しが良い。なにか知っているんじゃないかと思って聞いた。
「ああ、俺と母さん、喧嘩してるから」
答はあっさりと返ってきた。
「え、喧嘩?」
「そう。二人きりだともう……3日くらい口利いてないかな」
「え、そうなの?え?」
全く気づいていなかった。
「ちょっと揉めてな」
まあ、折れる気はないけど、と黎は続けた。
「澪には関係ないことだから気にしなくていいよ」
そう言うと黎は部屋に入ってしまった。
(なんだよ……3日って)
全く気づかなかった。黎は何でもないフリがうますぎる。それだけに。人一倍、なにか抱え込む傾向が黎にはあった。
(……よし)
意を決して澪は、黎の部屋の扉をノックした。
たまには弟が兄の相談にのるのも悪くないだろう。
部活の課題のことは、澪の頭からはすっかり抜け落ちていた。
(お題 何でもないフリ)
2023.12.12 01:54:01
短編集 @sternark
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