第130話 通り過ぎる

 これは、数年前に私が体験したお話です。

 当時、関東地方の太平洋岸の某県で単身赴任生活を送っていました。

 其の時の住まいがマンションの三階だったんですが、閑静な住宅街にあり、結構新しかった上に、部屋も2Kで、一人で生活するには少々広いかなって感じでした。

 家賃はそこそこしましたが、会社負担でしたので贅沢させて貰いました。

 そこでの生活に慣れて来たある日の夜。

 その頃、既に物語の創作活動に勤しんでいた私は、昼間の仕事の疲れもあり、押し寄せる睡魔に敗北し、洋室の居間から、寝室にしている隣の和室の布団へと潜り込みました。

 瞼を閉じ、睡魔の誘いに身と意識を委ねます。

 と、其の時でした。

 突然の耳鳴り。 

 同時に、手足が硬く硬直。

 金縛りだ。

 ぴしっ

 ぱしっ

 家鳴りがする。

 起きるはずがない。

 何故って?

 だって、ここは鉄筋コンクリートのマンションなのだから。

 正体を見届けてやる。

 辛うじて動く瞼をこじ開け、天井を見る。

 何か、いる。

 黒っぽいもやもやした影が、中空に漂っているのが見える。

 ただそれは、近付いて来る訳でもなく、その場に留まったまま私を見下ろしている。

 恐怖心は何故かなかった。

 ただ、何故それがここにいるのかが気がかりだった。

 確か、ここって事故物件ではなかったはず。

 前もってネットの某サイトで調べたのだけれど、全くヒットしなかったし。勿論、不動産屋にも直接確認している。

 体がふっと軽くなる。

 金縛りが解けたのだ。

 今のは何だったのだろう。

 特に何かを訴えかけてくる訳でも、憑依しようとしていた訳でもなかったのです。

 ただ、はっきり言えるのは、決して幻覚ではなかったと言う事。

 その日は、結局その後特に何も起こらなかったので、私は疲れも相まってかすぐにそのまま眠りに落ちました。

 それからしばらくして。

 今でパソコンと向き合っていると、襖を開けっぱなしにしている和室の方で、何か気配を感じました。

 何気に視線を向けると、半透明のもやもやしたものが、こちらを窺う様にしながら通り過ぎていきました。

 慌てて和室を覗きに行ったんですが、もうそこには何もいません。

 また数日後、同じように半透明の影のようなものが通り過ぎていきます。

 その後も何度か。

 何となく気が付いたのですが、それは、押し入れの方から窓へと抜けて行っている様な感じなんです。

 後日、霊能力のある方にちらっとお話してんですが、『そう』と言ってニヤニヤ笑っていました。害がないならいいんじゃないとのご返事。

 たぶん、その方は気付いていたんでしょうね。私が引き押せ体質の気がある事を。

 因みに其の時は、私自身、自分にそんなスペック――と言っていいのだろうか――があるとは思ってもいませんでした。

 それに気付いたのは、ほんの最近ですし。

 そこには二年滞在したのですが、その他には特に何も無く、快適な生活を送ることが出来ました。

 でも、今後どこで生活しようが、何かしらの現象は起きるんですよね。

 なんせ原因は、建物や土地ではなく自分自身な訳ですから。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る