第124話 洞窟

 これも、私が小学四年生の時、担任の先生から聞いたお話です。

 其れも、かなり若い頃の話だそう。この先生、見た感じが若々しかったので、あの頃いったい何歳だったのか・・・今思えば謎です。

 それはさておき、話を戻します。

 当時、先生は郊外のかなり田舎の町に住んでいたそうです。

 その夜、どうしても寝つけられなかった先生は、気晴らしに散歩に出掛けました。

 その頃、先生は未だ独身。それも親元を離れて生活していましたので、夜中に外出したとて、誰も彼を引き留める者はいません。

 外はすっぽりと闇に包まれ、家々は黒いシルエットとなって静寂の海に沈んでいます。

 唯一、聴こえるのは虫の声。

 都会の繁華街でしたら、まだ人込み溢れる喧騒が醸す、混沌とした雰囲気に呑まれている頃合いなのでしょうけど。

 日の出と共に人々は目覚め、日の入りと共に家に戻り、床につく――ある意味、自然のサイクルにのっとった生活環境なのかもしれませんね。

 街灯がまばらなため、先生は夜空に広がる星明りを頼りに道を進みました。

 郊外だけに居酒屋は無く、当時はコンビニもありませんでしたから、部屋に買い置きしていなければ、一杯ひっかけてから眠りにつくってのも出来ませんでした。

 でも余計な灯りが無かった分、星空はすこぶる綺麗だったそうです。

 やがて道は集落を離れ、小高い丘へと先生を誘います。

 と、其の時、先生の眼に妙なものが写りました。

 オレンジ色の光が、丘の麓辺りでゆらゆらと揺らめているんです。

 懐中電灯な灯りではありません。ましてやこんな時間、田舎の夜道を歩く酔狂者は先生位です。灯りの揺らめく感じから、火が燃えているようにも思えます。

「狐火か」

 先生はそう思ったそうです。普通ならここで驚いて逃げる所ですが、先生は違いました。

 元々怖いもの知らずの性格で、好奇心旺盛な方だったので、この時も正体を見極めてやると思ったそうです。

 そんなわけで、先生は躊躇う素振りを微塵も見せずに、その灯り目指して歩みを進めます。

 そばまでたどり着いた時、丘の急斜面にぽっかりと人が優に通れる穴が開いているのに気付きました。

 洞窟のようです。明らかに人の手で堀られたものでしたから、恐らくは戦時中に作られた防空壕なのかもしれません。

 揺らめく灯りは、その洞窟の奥からこぼれていました。

 先生はそっと耳を澄ませました。

 何か聞こえます。

 人の声。

 老婆のような・・・。

 声色に何だか独特の節回しがある。

 お経?

 いや違う。 

 何やら呪詛めいた感じがする。

 意を決し、足音を潜め乍ら洞窟に踏み入る。

 声は次第にはっきりと聞き取れてくる。

 朗々と紡がれるそれは、お経に似ているものの、自分が今まで聞いたもののどれにも当てはまらない。

 揺らめく光の中に、白装束を纏った声の主のシルエットが浮かび上がる。 

 声の主は、身体を小さく折り曲げながら、一心不乱に呪詛を紡いでいる。

 その前に小さな祠が祀られており、幾つもの蝋燭が灯されていた。

 この光が、

 洞窟の外に漏れていたのだ。

 やっぱり、何かの儀式か・・・。

 先生は興味深げにその人物を見つめた。

 不意に、呪詛が途絶える。

「誰だ」

 鋭利な刃物のような鋭い語気が、先生の胸に突き刺さる。

「ここで、何をしているんですか? 」

 先生は言霊の応酬に動じず、あくまでも平静な口調でその人物に話し掛けた。

「修行をしているのさ。私を知らないって事は、あんた、ここの人じゃないね」

 声の主は、先生の方を見ると、穏やかな表情で答えた。

 白髪混じりの髪。首には長い大きな数珠。

 顔には深い皺が刻まれているが、眼光には生命力に満ちた輝きを湛えている。

 老婆は、この地に住む祈祷師なのだそうです。

 他の住民達は知っていても、他の地方から来た先生には分からなくて当然の事でした。

 その後。、先生はすぐには立ち去らず、そのお婆さんとつかの間の会話を楽しんだそうです。

 でも、それがどんな会話だったかは、教えてもらえませんでした。

 先生は、脱線した時間を取り戻すかのように、話をそこでエンドにすると、再び授業を開始したのです。

 先生はみんなの集中力が落ち始めたと感じると、こうやって勉強以外の話をして再びみんなの関心を引き戻そうとしていました。

 授業が楽しいと感じられるような取り組みを、常に考えている先生でした。

 ですが、残念な事実が一つ。

 先生の雑談は、はっきりと記憶に残っているのですが、その前後の授業が何をやっていたのか全く覚えていないんです。

 先生の呪詛は、どうやら私には効かなかったようです。

 

 

 



 



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