第121話 引き戸の向こうに・・・

 これは、私が高校生の時に体験したお話です。

 当時、私は大学受験を控え、精神的に不安定な時期でした。

 いくら勉強しても頭に入ってこない状況が続き、当然、模試の結果も伸び悩み、焦燥と不安に追い詰められる日々を過ごしていました。

 ある日、気分を変えようと勉強部屋から居間に移動し、炬燵でテキストを解いていました。

 やがて、日々の疲れのせいなのか、ついうとうととしてしまったのです。

 其の時でした。

 不意に、人の気配を感じたのです。

 その日、家族は外出しており、家にいるのは私だけのはずでした。

 でも、明らかに誰かいる。

 正面の引き戸の向こう。

 引き戸には模様の入った摺り硝子が入っており、はっきりとは見えない。

 ただぼんやりとは透けて見えるので、引き戸の向こうの廊下に誰かいれば見えるはず。

 見えない。

 姿は愚か、影さえも。

 でも、誰かが佇んでいる気配がする。

 その気配は、何となく、私の知っている存在であるような気がする。

 身に覚えがある気配なのだ。

 分かる。

 はっきりと。

 でも。

 認めたくない。


 これは・・・僕だ。


 私がそう気付いた刹那、その気配はゆっくりと踵を返す。

 床板が、みしっと軋む。

 消えた。

 同時に、あれだけ屈強に憑りついていた睡魔が、一瞬にして私の思考から消え失せる。

 今のは、何だったのだろう・・・。

 寝ぼけていたのか? 否、寝ていないし。

 私は立ち上がると、思い切って引き戸の向こう側を覗きに行きました。

 玄関まで続く廊下には誰もいません。

 気のせいなのか。

 精神的に疲弊しているから、おかしなものを見た感じに捉えているのか。

 それと、さっきの急な睡魔は?

 もう一人の自分――ドッペルゲンガーと本人が対峙すると死んでしまう。

 そんな、都市伝説があります。

 ひょっとしたら、私を守護して下さっている方が、あえて見えない様にして下さったのでしょうか。

 私が精神的に不安定な時期はしばらく続きましたが、その後は同じ様な経験をする事はありませんでした。

 ひょっとしたら、あの頃は心身ともに虚弱な状態に陥っていましたので、肉体から魂が離れやすくなっていたのかもしれません。

 その頃からオカルト系は大好物でしたから、中二病をこじらせていたと言ってしまえばそれまでなんですが。

 あの頃、何か腑に落ちないままにいた記憶が、この手のお話を書き綴っているうちにふと思い出しましたので、文字に起こしてみました。

 同じような経験をされた方、ひょっとしたらいらっしゃるかもしれませんね。

 でも、また同じような事が起きて、今度ははっきりと見えてしまったら・・・。

 むしろあれが錯覚だったとしたら、その方がいいんですが。

 一

 

 


 

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