第114話 もみもみ

 その日、私は晩御飯の支度をしていました。

 茄子を切ろうとして包丁の刃が滑り、「ちっ」と舌打ち。

 普段ならこれ位の事で舌打ちなんて下賤な仕草はしないんですが、この時、ちょっとイラついていたんですよね。

 今度通院する妻に、休みを取って帰省するから付き添うって言ったんですが、帰ってこなくてよいと。

 今後の治療について医師から説明があると言う事で、尚更、私が行かなくてはと思ったんですが・・・。

 でも、妻が言うには、私は何かあれば直ぐに動揺するから、帰って来る事すら危険だと釘を刺されてしまいました。

 確かに、それを言われるとぐうの音もでません。今まで、事あるごとにメンタルの弱さが露見されてきているだけに、反論の余地無しです。確か、先回の通院時も同じことを言われたんですよね。

 まあ、私の事が心配でそう言ってくれているのでしょうけど。

 そんな状態で包丁を握っていましたから、包丁も滑ります。

 其れでも指を切ったりはしませんでしたが。

 とりあえず切り終えた茄子をフライパンに放り込み、炒めようと――。


 もみもみ


 ぬ?

 今、誰かが、左肩をもんだぞ。

 子供じゃない!

 大人の手だった。

 私はフライパンの火を止めると、息子に電話を掛けました。

 勿論、霊感スペックの有る方です。

「どおしたのお? 」

 携帯越しに間延びした息子の声。

「変な事が起きた。料理作ってたら、誰かに肩揉まれた」

 私は泡食った口調で彼に説明をしました。

「どんな手だった? 大人? 子供? 」

「大人の手だった」

「嫌な感じは? 」

「しなかったな」

「じゃあ、お母さんじゃない? 」

「え? あ、そうかもな」

 確かに可能性がある。

 息子が大学生の時、妻の生霊が彼の元に入った話は以前ここにアップしました。

 彼は妻の声を聴いただけですが――あ、そうでした。

 それどころか、 私はモロ目撃しているし。

 息子との電話を切り、妻に電話を掛けてみます。

 電話に出た妻に、さっき私が体験した話と息子の意見を伝えました。

「うーん、別に眠くならなかったし。分からんなあ」

 妻はそう答えましたが、本人曰く、自分でも生霊が飛んで行っているかどうかは分からないらしいです。よくオカルト系のネット配信で、生霊が飛んでっちゃっている時は、本体はぼおっとしているらしいと言うのを聞いて、そう思っているだけなのですが。

「でも、行ったかもね」

 と、妻は前振りを思いっきりひっくり返すような、あっけらかんとした返事を返してきました。

 でも、結局のところは分からずじまい。

 まあ、悪意は感じられなかったのが、唯一の救いかもです。

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