第110話 空気が重い・・・

「お父さん、ちょっと嫌な事があったんだ」

 いきなりの息子からの電話に、私は色めき立ちました。

 しかも早朝に。

「何? 何があったの? 」

 仕事上のトラブル、それともご近所の方と何かあったのか?

 困惑しながら彼を問い詰めます。

「前にさあ、黒い手が見えるって話をした事があったよね」

 思いも寄らぬ息子の言葉に、私は眉間に皺を寄せました。

「ああ、あったあった」

 私は電話越しに頷きました。

 確かにありました。この話、以前にここで紹介したお話なんですが、彼は高校生の時、家で電子レンジの硝子越しとかで黒い手をよく見ていたんです。極めつけは、食卓のそばの窓のカーテンの下からもろ覗いていたそうで。

 黒い手は、残念ながら私は見ていません。妻は金縛りに遭った時に一度見ているそうです。それが、息子が見たものと同じものなのかどうかは分かりませんが。

 あの時、結局あれは何だったのか分からずじまいだったんですよね。

「また出たの? 」

 更に息子に問い掛けます。

「違う。黒い手は出てない。ただ・・・」

 徐に、彼の声のトーンが低くなった。

「ただ? 」

 私は嫌な予感がしました。黒い手は出なかったものの、確実に彼の部屋で何かが起きているのは確かです。

「さっき、何となくあの時見た黒い手の事を思い出したんだよね。そしたら、急に部屋の空気が重くなって」

「それだけ? 」

「それだけじゃないんだよ。隣の部屋で、ぴしっとか、ぱしっとかラップ音がしたり、ガサゴソと誰かがいる音がしたり」

「マジかっ! やばいんでねえの」

 私は思わず大声を上げました。

「あ、今は大丈夫。咄嗟に不動明王の真言を唱えたら、空気も軽くなってラップ音もおさまったから」

 私の焦燥振りをよそに、彼はあっけらかんとした態度でそう締めくくったんです。

「どういうこと? それ・・・」

 呆気にとられる私。

「もう大丈夫なんだけど、一応報告しておこうと思って」

 狼狽する私とは対照的な落ち着いた態度で、彼はそう答えました。

 どうやら、不思議なお話を書き綴っている私への、ネタの提供だったようです

「ああ、分かった。有難う」

「また何かあったら連絡するよ」

 彼はそう私に告げると、電話を切りました。

 一瞬、何事かと思ったんですが・・・。

 でも、不思議ですよね。

 息子は何故、突然あの黒い手の事を思い出したのか。

 思い出したタイミングで発生したラップ音などの霊現象――あれは、何を意味しているのか。

 そもそも、黒い手の正体は何なのか。

 謎は更に謎を深め、真実を遠方へと追いやって行きます。

 

 

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