第109話 どおおおおおん

 これは、昨年の秋に、私が体験したお話です。

 内容が内容だけに、場所を特定されたくないので、今まで以上に内容をぼかします。

 その日、私は某寺社仏閣に訪れていました。

 本殿でのお参りを済ませ、境内を散策したところ、メインの参道そばにありながら、木々に覆われた一角がありました。

 こじんまりとした領域なのですが、本殿とは異なる重く厳粛な雰囲気が感じられるのです。

 私は躊躇しました。

 何かが、私の胸の奥でブレーキを掛けるんです。

 こんな時、私はほぼ自分の胸騒ぎに従います。過去、その予感の審議を確かめようと、あえて逆らった結果、憂き目を見た事がなんどかありましたので。

 でも、その日は好奇心が勝ったんです。

 何故が気になりましたので。

 まあ、ちょっとだけ立ち寄ってみようかと思い、飛び石の細い歩道を進みました。

 短い歩道を進むと、木立ちに隠れたその先には、大きめのお地蔵様の周りに、小さなお地蔵様がびっしりと並んでいました。

 どうやら、水子供養の場所の様でした。

 空気が重いのはこの雰囲気のせいでしょうか。でも、空気は澄んでいますし、しっかり供養されているのが感じられます。

 私は中央のお地蔵様に手を合わせました。

 静かです。

 すぐそばの参道は、結構人の往来があるのですが、こちらに立ち寄る方は少ないようです。 

 参拝を済ませると、私は来た歩道を戻ろうと踵を返しました。

 刹那。

 どおおおおおんと両肩が重くなったんです。

 何故?

 厳粛な気に満たされてはいましたが、異様な感じはしなかったのに。

 私は肩を手で払い、呼気を小刻みに吐きました。

 大抵の者はこれで払えるのですが、立ち去ってくれません。

 余り妙な動きをしても、他の参拝客から変な眼で見られるのも嫌なので、どうしようか思案しながらも仕方なく参道を進み、出口に向かいました。

 肩は重いのですが、それ以上の事は何もしてこない。

 水子の・・・否、でもあの場所は見るからにちゃんと供養されていた。

 それ以外の?

 ただ、悪いものではなさそう。

 ここはまだ境内の中。

 結界の中にいるようなものだ。

 外から、そんな妖の類は入ってこれないはず。

 戸惑いながら参道を進みます。

 そして、私はとうとう境内の敷地から足を踏み出しました。

 刹那、両肩が嘘みたいに軽くなりました。

 どうやら離れてくれたようです。

 でも、あれが何だったのかは、 結局分からずじまいです。

 供養されてはいるものの、参道のそばにありながら立ち寄る方が少ないので、寂しく感じていた何かがいたのかもしれません。

 それが、たまたま立ち寄った私に近付いて来たのかもです。

 境内から出る時にちゃんと離れてくれましたから、悪気は無かったようですし。

 否、違うかも。

 ひょっとしたらですが。

 境内という結界の中に封じ込められている「何か」が、本性を隠したまま私に憑りついて、何気に外の世界へ出ようとした――のだったら?


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