第106話 白い靄

 これは、つい最近私が体験したお話です。

 その日は一カ月ぶりの帰省。いつもなら出迎えてくれる年長の猫様の姿が無い。

 深夜零時を過ぎていましたから、寝ているのだろうと気にも留めませんでした。

 実際、以前に比べるとお出迎えの頻度は激減していましたので。

 因みに年下猫二名は、私の顔を見ると逃げ惑うんですよ。 時々シャーって威嚇しますし、完璧に不審者扱いです。まあ、普段家にいないから、仕方が無いといやあ仕方が無い。

 それでも年長の猫様はまだすりすりしてくれますから。

 の、はずなんですが・・・翌日になっても、年長猫は私に近寄ってこず。

 彼は、かなり離れた洗面所の床に香箱座りしたまま、じっとこちらを見ているんです。

 まるで、何かを警戒している様な仕草で。

 妻は、私が妙なものを連れて来たんじゃないかと疑っています。

 でも、私自身憑りつかれている自覚症状がないので、それは無いと答えるしかないんですけど。

 ところが、ある出来事が私の回答を覆す事になりました。

 それは、家族で夕食をとっている時の事でした。

 食事も終盤に差し掛かった頃、私の左目の端に、何やらゆらゆらと揺れているのがうつったんです。

 慌てて見ると、それは白い湯気のような、靄状のものでした。

 勿論、そんな所に湯気や煙のたつようなものはありません。

 白い靄は、隣の誰も座っていない椅子の辺りから立ち昇り、私の目線の辺りで掻き消すように消えて行きました。

 見間違いではありません。

 私が其れに気付き直視した後も、ゆらゆらと下方から立ち昇っていたのですから。

 ですが、妻に伝えようとした瞬間、其れは跡形も無く消え失せました。

 あれはいったい何だったのか。

 悪い気は感じられませんでしたし、何しろ食卓のすぐそばに神棚がありますから、そうそう変な輩は入ってこれないはずなのです。

 と、其の時でした。

 今まで遠巻きに私を見ていた年長の猫様が近付いて来たのです。

 それどころか、ぴょんと私の膝の上に乘ると、香箱座りでくつろぎ始めたんです。

 驚きでした。

 普段でも、私の膝に乗るなんて無かったのに。

 其れも、今まであれ程警戒していたのに・・・。

 と言う事は、やはり私に何か憑いて居たのでしょうか。

 恐らく、悪意のないレベルの何かが。

 



 


 

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