第105話 祈り
病気が見つかった妻が再検査を受ける数日前の事です。
その日、私は朝から関東地方の某県の山間部にある神社を目指していました。
通院の付き添いを妻には申し出たのですが、本人以上に動揺している私に気遣い、それを断って来たんです。遠方の単身赴任先から車で帰って来るのは危険だと。
確かに、私の動揺振りは自分でも驚く程で、こんなに弱い人間だったのかとつくづく思い知らされたものでした。
そうなれば、私に出来る事と言えば、祈るしかない。
そう思い立っての行動でした。
当日の朝、私は目覚ましが鳴る前に目を覚ますと、てきぱきと身支度を整え、出発しました。
道もいつもより混んでおらず、車はスムーズに流れて行きます。
ですが、神社の駐車場の前まで来た時、車の流れが停まってしまいました。
駐車場は幾つもあるのですが、それが全て満車状態なのです。
状況を察した前の車は、諦めて車を走らせていきます。少々遠いのですが、神社を通り過ぎた先に、近隣の山をトレッキングする方向けの駐車場がありますので、恐らくはそこに向かったのでしょう。
私も諦めて前の車に続こうとした瞬間、駐車場入り口でさっきまで腕で×印をしていた誘導員の方が、駐車場に入る様に誘導してくれたのです。
見ると、車がちょうど一台出るとこでした。
何だか今日はついています。
ひょっとしたら、神様に呼ばれているのかもしれない。
そう実感しました。
鳥居をくぐり、祓戸神社に参拝してから参道を進みます。
その後、すぐ脇にある小さな鳥居をくぐり、崖の上にある御社に向かいます。
と、その崖を登る怪談の手前に祠があるのですが、いつの間にかお稲荷さんの祠が一つ増えています。確か、以前は先程くぐった鳥居のそばにあった様な、無かったような・・・。
何故か気になります。
きっと呼ばれているのだと解釈して、お稲荷さんにご挨拶です。
崖の上の御社をお参りし、再び参道に戻ります。
杉並木の道を進み、手水舎で手と口を清めて這う殿へと向かいます。
日曜日と言う事もあってか、境内は人出が多かったのですが、何故か拝殿に並ぶ人は少なく、すぐに順番が回ってきました。
御挨拶を済ませ、拝殿の裏手にある八大竜王様と不動明王様の祠に向かいます。
まずは八大竜王様にご挨拶と日々の感謝を述べ、最後にお願い事を祈願しました。
次に、不動明王様に同様の感謝と祈願を伝えました。
その時です。
私の瞼の裏に、不動明王様の御姿が、すうっと入り込んで来たんです。
剣を手にし、じっと私を見つめていらっしゃいます。
妻の干支の守護神は、奇しくも不動明王様。
ひょっとして、これは・・・。
私はうれしくて、一心に感謝の言葉を奉じました。
すると、不動明王様は静かに姿を消されました。
私は眼を開けると、興奮気味に深々と頭を下げました。
私の願いが届いたのだ――そう実感した瞬間でした。
数日後、検査を受けた妻から連絡が入りました。
命に別状はなかったようです。
ですが、更にその後の検査で、経過観察が必要と医師から説明を受けました。
完全に治すには手術が必要なのですが、色々とリスクを伴うそうです。
今のところ、それに起因した自覚症状がでていないので、危険を冒すまでもないと言うのが、医師の診断でした。
其れは、何だか常にリスクを背負いながら生活しなければならないような気がして、何だか納得できない様な内容でした。
当然、私以上に妻も其の診断には納得できないようでした。
ですが、これは、医師の診断に従うしかありませんし・・・。
私達は即手術かと考えていましたから、拍子抜けプラス脱力感が半端無かったです。
でもそれは、決して安堵ではなく、先が見えない事への不安によるものでした。
私に出来る事――それは、やはり祈るしかないようです。
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