第99話 無縁の・・・

 これは、私が小学生の中学年の頃に体験したお話です。

 私の実家は大きな川のそばにあり、そこから少し歩けばすぐに海岸に出られます。

 ですから、子供の頃は川や海でよく魚を釣ったりして遊んでいましたね。

 でも、学校では小学生は子供同士で釣りに行っては行けないという決まりがありまして。そこで、無理矢理両親を巻き込んで釣りに連れて行ってもらってました。

 親が釣り好きで一緒に行くパターンなら分かるんですけど、その逆パターンでしたね。

 まあそれでも、子供って結構ずる賢い所があって、釣りさえしなきゃいいんだろって事で、それこそ上げ足を取るような都合のいい解釈で、防波堤やテトラポットで遊んだりしていました。

 この防波堤、川沿いに作られているんですが、その根元の辺りにヨットを停めておくマリーナがあり、そのそばに旧競艇場の廃墟が立っていました。

 廃墟と言っても、入り込めるのは階段状の観覧席くらいで、ここで鬼ごっこをやったり、はたまた防波堤のテトラポットで秘密基地を作って遊んでました。

 その日も、友達が数名集まって、テトラポット周辺で遊んでいたんですが、いつもの遊びに飽きて、旧競艇場の船着き場付近をたむろしていたんです。

 其の時でした。

 私は岸近くの波間にぷかぷかと浮いている妙なものを見つけたんです。

 それは、粉ミルクの缶をガムテープでぐるぐる巻きに空いたものでした。

 私は何故か、それを岸に引き上げてみたい衝動にかられました。

 たまたま足元に落ちていた竹の棒を拾うと、私はそれを使って缶を岸に寄せようと試みました。

 丈が短くて届かないものの、水面を叩いているとその波に乗って近寄ってきます。

 友達も私に触発されたらしく、あちらこちらから棒を搔き集めて来ると、水面をぱしゃぱしゃ叩きながらそれを岸に寄せようとし始めました。

 今思えば不思議なんですが、周囲に釣り人が何人かいたのに、誰一人として私達の暴挙を咎める方はいませんでした。

 普通なら、音で魚が散ってしますので怒られてもおかしくは無いのですが。

 努力の甲斐があってか、私の竹の先が缶に触れました。

 私はそれを岸まで手繰り寄せると、手を伸ばして陸に引き上げました。

 缶を軽く振ると、カタカタと音が。

 中に無いか入っている。

 私達は色めき立ちました。

 私は、躊躇う事無く、缶の蓋をぐるぐる巻きにしているガムテープを引っぺがしました。

 残るは蓋のみ。

 小さな手に力を込めます。

 と、意外にも、蓋はするすると簡単に緩みました。

 蓋を開けてみると、何やら小さな木の札が入っています。

 そこには綺麗な筆遣いで漢字とひらがなが書かれていました。

 でも、なんて書いているかが分かりません。

 学校から帰るなり、宿題もせずにランドセルを放り投げて外に遊びに行くのが常の、勉強大嫌い少年だった故にでしょうか。

 でも、友人達も同様に、その文字が何て書いているのか読めませんでした。

 それでも気になった私は、近くで釣りをしていた三人の大人達に、缶毎これを見せてなんて書いてあるのか尋ねて尋ねてみました。皆、初老の男性でしたが、彼らは缶の中を覗き込むと、皆、顔を背け、揃いも揃って知らない読めないのご回答。

 流石の私も、何となくおかしな状況になってきた事に気付きました。

 

 このまま持っていては駄目だ。


 何となくそう思った私は、再び缶に蓋をし、ガムテープを巻いて川に戻しました。

 今なら不法投棄に当たり、良くない事ではありますが、当時はそこまで頭が回っていませんでした。

 私は家に帰り、札に書かれていた漢字を調べました。昔から記憶力は良かったので、漢字は読めませんでいたが、その形を覚えていたんです。

 形に加え、ひょっとしたらこうかもって思った読み仮名で辞書を引きまくったら、何とか解読に成功。

 言葉の意味が分かった刹那、私は得体の知れぬ気味悪さに憑りつかれました。

 あの木札には、こう書かれていたんです。

『無縁の霊』と。

 文字は明らかに大人が書いたしっかりとした書体のものでしたので、子供が悪戯で流したものとは思えませんでした。

 恐らく、霊障に悩まされていた方が、あの札に憑依していた何者かの霊を封じ込め、川に流したのではないか・・・当時から怖がりの癖にオカルト系の話が大好きだった私は、そう解釈しました。

 それも、何かしらの術師の方からの、助言を受けての施術の様にも思えました。

 でも、それを私は開けてしまった。

 封印を解いてしまったんです。

 その後、私には特に何も起きませんでした。

 翌日、友達にその事を伝えたのですが、驚いてはいたものの、何も起きていないとの事でした。

 川に戻したから良かったのかもしれない――そう、みんなで思う事で無理矢理安心する事にしました。

 あの時、水面に浮遊する缶が気になった時点、ひょっとしたら私は封印された何者かに魅入られていたのかも入れません。

 文字の解読を依頼した大人達が顔を背けて答えなかった訳も分かります。

 明らかに忌避すべき気を孕んでいたという事でしょうから。

 今思えば、あの時、札に触らなかったのは正解だったと思いました。

 もし、札を手に取っていたら、

 そして、家に持ち帰っていたら。

 私は、どうなっていたんでしょうか。

 

 

 

 


 


 

 

 

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