第96話 金色の珠

 これは、私が七、八年位前に体験したお話です。

 その頃、会社での仕事がうまくいかず、鬱々とした日々を送っていました。

 何とか無理矢理意識を奮い立たせ、仕事に取り組むのですが、事がうまく進まず、結果、負のスパイラルにはまっていくのです。

 それでも、踏みとどまっていられたのは、家族の存在です。

 守るべきものがある――これが、私の精神的な支えとなっていたのは間違いないです。

 其れともう一つ。

 過去の経験上、こういった苦労を強いられる理不尽な状況に陥った後に、必ずと言ってよい程、大きな転機が待ち受けているんです。

 今は蛹の時なのだ――そう思って、其の時、私は何としてでも耐え抜いてやると誓ったんです。

 ある日、家で夕食後のコーヒータイムを楽しんでいた時の事です。

 妻がキッチンに向かうのを、何気に目で追いました。

 刹那、視界に金色に輝く珠が飛び込んで来たんです。

 決して大きい物ではなく、ラムネの栓に使われているビー玉くらいの大きさでした。

 

 何だ、これは・・・?


 私が両眼を見開いた瞬間、その珠は忽然と消え失せました。

 其の時、何故か妙な確信が私の意識に芽生えたんです。

 何かが変わると。

 その日から、何となく気持ちが軽くなりました。

 漸く蛹の時が終わるのだ――そう思うと、手足に課せられていた箍が、一気に弾け飛ぶのを感じました。

 そうなると、不思議に仕事も何とか回る様になり、気持ちも落ち着きを取り戻し始めてきました。

 それにしても。

 いったい、あの時に見た金色の珠は、一体何だったのでしょうか。

 自分の転機を暗示したものだとは、後になって何となく分かったんですが・・・。

 そもそも珠の正体が、皆目見当が付かないのです。


 さて、その後ですけど、やはり転機が訪れました。

 私は他の事業所へ異動となり、新天地でとある部署を任されることになりました。

 でも、蛹の時は、あれでもう最後にしたいですね。



 

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