第94話 掴む

 これは、つい最近私が体験したお話です。

 帰省先の家から単身赴任先のアパートに戻って来た私は、携帯をポケットから取り出しながら、テーブル代わりの炬燵の前で腰を降ろしました。

 無事到着の連絡を妻にするためです。

 移動で五、六時間を要するのと、私の運転技術が下手なのが、妻にとって心配のたねでして。

 電話を掛け乍ら、ふと目線を前に向けた時、妙なものを眼に捉えました。 

 対面に座る、何かの姿を。

 朧げな輪郭でしかなく、身体は透明でしたが、何となく男性のような気がしました。

 ただ、分かったのは頭と肩のラインくらいで。指先とか下半身は見えなかったのです。

 例えるならば、透明人間ってとこでしょうか。

 愕然とする私に、何かを訴える訳で柄も無く、それは音も無く立ち上がりました。

 この時も腰から下は輪郭すらなく、存在するのは上半身の輪郭のみでした。

 よれは、後ずさりするように、ベランダに面したアルミサッシの前に移動すると、そのすぐ横の壁のそばにあるテレビの角に手を掛け、消えました。

 消える瞬間、刹那の間だけでしたが、私は、はっきりとその手の色を捉えていました。

 鮮やかなピンクに近い肌色。

 どう見ても、この世の器を失ったものとは思えない。

 そう、つまり。

 生霊だったような気がします。

 これが死者の霊だと、土色だったりしますので、恐らくは・・・。

 でも、誰の生霊かは不明です。

 これだけの情報じゃあ、流石に一体誰なのまでは分からないし、調べようがない。

 私の周囲で、全身虚脱の無気力状態の者がいれば、きっとその人物が生霊の主なのでしょうけど。なにしろ、魂が飛んできている訳ですから。

 ただショックなのは、部屋に結界が張ってあるにもかかわらず、何故入って来れたのか。

 若干霊媒体質な所があるが故に、連れて来てしまうのを防止しようと、それなりに結界を張っているつもりなのですが、それを擦り抜けて来ているんですよね。

 結界は、私に何か及ぼそうとする輩を家に入れない為のもの。

 そう考えると、反対に私に危害を加えようとしていない方なのかも。

 そう、考える事にしました。

 取り敢えずは・・・。

 

 



 

 



 

 

 

 

 

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