第81話 真っ黒な顔

 これは、昔、私が体験したお話です。

 その日、私は家族で信州の山中にある某神社を訪れていました。

 この神社のお話は色々ありまして、不思議な何かが映り込んだ写真の話は以前にも述べたかと思います。

 今回は、また別の日に、この神社を訪れた時に体験したお話です。

 この日は特に順番にこだわる事無く、中社をまず御参りした後、奥社へと向かいました。

 髄神門をくぐり、清廉とした空気に満ちた杉並木を進んで行きます。

 いつ来ても思うのですが、この門をくぐった途端、時空が変わるような気がします。

 世俗から完全に切り離された、神々の世界――大げさかもしれませんが、そんな気がするんですよね。

 最初は平坦な道なんですが、しばらく進みますと道が石段に代わり、次第に険しくなってきます。

 其の時、下山して来る参拝客の中に、ちょっと気になる四人連れがいました

 一人の中年女性を、同年代の二人の女性が両サイドから抱きかかえるように肩を貸し、ゆっくりと石段を下りてくるところでした。その少し先を、修験道の行者のような格好をした高齢の男性が、その三人を見守りながら先導していました。

 問題は、二人の女性に抱えられている女性です。

 顔が、真っ黒なんです。

 日に焼けて黒くなっているのではなく、まるでフィルムのネガを見ているかの様に、その女性の顔だけが真っ黒なんです。

 私はその事を妻に話しましたが、彼女は気付いていなかったようでした。

 奥社で参拝を済ませた私達は、下山した後に、いつもなら先に御参りする神社に車で向かいました。

 参拝の順序は、一番離れた神社を訪れ、徐々に戻って来るルートを取ることにしました。

 一番離れた神社をお参りし、次の神社へ。

 そして、最後の五社目を訪れた時、私はある参拝客の一団に目を停めました。

 奥社へと向かう途中に擦れ違った、あの不思議な参拝客一団です。

 私は思わず立ち止まってその参拝客達を見つめました。 

 特に、その中の一人の人物に。

 あの、顔が黒かった女性です。

 私は息を呑みました。

 黒くないんです。

 血色の良い顔色をされており、穏やかな笑みを浮かべてお連れの方と談笑されているのです。

 修験道の行者姿の男性も、その姿を満足げな表情で見守っていました。

 あの、参道で見た黒い顔は、一体何だったんでしょうか。

 あの時、明らかに息絶え絶えになっており、一人では歩く事はおろか立つ事すらままならぬように見えたのです。

 それが、僅かの時間の間に、まるで別人の様に元気な装いで佇んでいるなんて。

 あの方に、一体何があったのか。

 それともう一つ。

 女性達に付き添っていたあの行者姿の男性は、一体何者だったのでしょうか。

 


  

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る