第75話 宇宙仕事
これは、私が去年体験したお話です。
怖いというより、不思議なお話ですね。
その日、私は関東地方の某県の山中にある神社を参拝していました。
参拝と言っても、山中にある為、途中からちょっとした登山になるような自然豊かな場所なんです。なので、山歩きの好きな私にとっては絶好のパワースポットなんですよ。
麓の拝殿と末社のお参りを済ませ、更に山の中腹にある奥宮へと向かいます。
最初は少々岩の転がる程度の山道なのですが、次第に傾斜が急になると同時に、地表にむき出しになった木の根が入り乱れる様に這い、それに足を取られ、転びそうになります。
私は慎重に足元を選びながら、山道を登って行きます。それでも、慣れた道ですので足取りは軽く、順調に歩みを進めました。
途中、ゆっくりながらしっかりと歩みを進める一人の女性がいました。
歳は恐らく私より上だと思います。細身の体躯で、色は白く、髪はショートヘアーの上品な御婦人でした。
「お先に失礼します」
私は彼女に声を掛けると、追い抜き、前に進みました。
細くて急な傾斜道に差し掛かります。
暫く進みますと、見えてきました。
目的地の一つである奥宮の社殿です。
最後の石段を上り詰めると、少し開けた場所があり、更にそこから石段を上がった所に奥宮が鎮座されています。
既に何人かの参拝客がおられ、石段の前で順番を待っていました。
私は列から少し離れた所に立ち、呼吸を整えました。
私はここを訪れた時には、よくこうやってしばらくぼおっと立ったままでいます。
山道で乱れた呼吸と心拍を整える意味もあるんですが、他に目的がもう一つ。
神気を取り込んでいるんです。
神々の気と大自然の浄化作用が相まってなのでしょう。ここの空気は実に澄みわたっているんですよ。
後から来られた方に参拝の順番を譲りながら、私はゆっくりと呼吸を繰り返しました。
列から離れた所で立っていたのですが、何故か参拝の順番を待っていると思われた様で、何人かの方が私に声を掛けて下さいました。
やがて、途中で私が追い抜いた御婦人が到着しました。
「お先にどうぞ」
参拝の順番を譲ると、御婦人は満面に笑みを浮かべながら私に頭を下げ、鳥居をく階段を登って社殿に向かいました。
全身に神気を取り込んだ為か、私の身体を「気の鎧」がすっぽりと包み込んでいます。
そろそろ奥宮に参拝して頂上を目指そうかと思った矢先でした。
「お先にすみません」
参拝を終えた先程の御婦人が私に話し掛けて来たのです。
「いえいえ。何時も暫くここでぼおっと立って、神気を取り込んでいるんです」
「分かります。ここは凄いですよね」
私に答えに、御婦人は満足そうに頷きました。
「分かります? やっぱりそうですよね」
私はご婦人にそう返しました。
「あ、私はそんな力を持っている訳じゃないんですよ。ただそれでも、感じるものがありますよね」
御婦人は苦笑を浮かべます。私が彼女の事をスピリチュアルなスペックの持ち主だと勘違いしているのだと思ったようです。
「よくここにはこられんですか? 」
御婦人が興味深げに私に語り掛けてきます。
「はい、よく来ますね。ちょっとした登山も楽しめますし」
「他にも神社とかお参りしているの? 」
「大体ですが、ここに来た後、次の休みの日には必ずと言ってよい程に行く神社がありますね」
私はそう御婦人に答えました。
その神社は山の中腹にあるのですが、山頂にある御社は元より、山そのものが信仰対象なっている所です。
勿論、世間的にも有名なパワースポットでもあります。
私がその事をお話しすると、御婦人はますます嬉しそうでした。
「あなた、宇宙仕事をされているのね」
突然でした。
その御婦人は、思いも寄らぬ言葉を紡いだのです。
「え、宇宙仕事って? 」
ぽかんと口を開けて当惑する私に、御婦人は眼を細めました。
「あ、誤解しないで下さいね。変な宗教じゃないですから」
御婦人は笑いながらそう弁明しました。
「私は、ここの様な山にある力の強い神社にお参りしては、他の神社にお参りして、力を分散しているのよ。大地震が起きない様にね」
「え? 」
驚愕と猜疑心が露骨なまでに私の顔に浮かんだのを実感しました。
まずい・・・気を悪くされたかも。
「大丈夫ですよ。変な宗教じゃないから」
一瞬、私の顔に出た警戒色を、御婦人は素早く見て取ってカラカラと笑い飛ばしました。
その後、しばらくお互いが参拝している神社の話をした後、御婦人は私に会釈をすると、頂上目指して参道に向かわれました。
「やっぱり、ここって凄いんですか」
登山客の別の御婦人が私に突然話し掛けてきました。どうやら、私とさっきの御婦人の会話を耳にして、今度は私がその手の能力者の様に思われた様でした。
「ええ、凄いですよ。神々しいですよね」
私は差しさわりのない言葉でその御婦人に答えました。
参拝待ちの方がいなくなったので、私は鳥居をくぐると石段を登り、奥宮にお参りしました。
お祈りをゆっくり済ませると、今度は頂上です。
赤土むき出しの山肌を踏みしめながら、慎重に進みます。途中、靴くらいの岩石がごろごろしている道を登って行きます。
着きました。頂上です。
御神体に日々のご報告と祈願をし、ふと見ると、頂上の一際小高い岩の上に腰掛けている人が目に映りました。
さっきのあの御婦人です。
御婦人は、じっとある一点を見つめていました。
私は気付きました。御婦人の目線の先にあるのはないか。
先程、奥宮の前で、こちら以外でお互いによく行く神社の紹介をし合ったのですが、其の時、真っ先に御婦人の口から紡ぎ出された神社――それこそ、今、御婦人が
見つめている方向に鎮座しているのです。
私は参拝を済ませると、彼女に一礼し、下山しました。
自宅に帰ってから、「宇宙仕事」でネット検索したのですが、全くヒットしません。
活動は、あの御婦人との会話では、一人ではないようでした。
どなたか心当たりのある方がいらっしゃれば、教えて頂きたいのですが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます