第66話 むせる

 これは、かなり昔の話です。

 子供がまだ小さい頃、とある博物館に行った事がありました。

 そこは、博物館にありがちな敷居の高さが感じられず、 常設の展示品以外にも、期間限定ではありますが子供が喜びそうなイベントが催されたりする、小さな子供から大人まで楽しめるような施設でした。

 その日、私達が訪れたのはイベント目的でした。今となっては何のイベントだったか全く覚えていないのですが、子供向けの科学実験的な何かだったのは確かです。

 博物館に着いた私達は、まっすぐイベント会場に向かいました。

 子供向けのイベントと言う事もあったか、大勢の家族連れが来館していました。

 イベントが行われている目的のブースに辿り着いた時、突然妻がむせ始めました。

 今まで何ともなかったのに、まるで喘息の発作の様に咳が止まりません。

 これではイベントに参加するのは本人もきついでしょうし、他のお客さんにも迷惑を掛けてしまいます。

 私達はイベントのブースを離れ、少し休むことにしました。

 ところが、不思議な事に、其のブースから離れた途端、妻の咳が治まったのです。

 妻に、何故急にむせたのか聞いたのですが、本人もよく分からないとの事。

 再度イベントに参加しようかと思ったのですが、妻は明らかに難色を示しています。子供達も別の所がいいと言うので、やむなく他の催し物のブースに向かいました。

 そちらでは、妻は特にむせる事無く、子供達もイベントを楽しんでしました。

 その後、常設の展示物を家族で見て回りました。

 そして最後の方の展示室に来た時の事です。

 その部屋は、世界の民族に関する展示が行われている所でした。入り口には民族衣装を着た人形が立っており、室内にも同様に世界各国の民族衣装を着た人形が並んでいるようでした。

 私はその展示室の前で立ち止まりました。

 何だか妙に胸がぞわぞわしたんです。

 不意に視線の右端を透明な何かが動きました。

 影のような、オーブのような・・・。

 改めて視線を向けても何も見えません。

 その時、再び妻が激しくむせ始めました。

「私、ここ無理・・・」

 妻の言葉に私は頷きました。

 子供達もその展示室には関心がないようでしたので、私達は退散する事にしました。

 そこを離れると、また妻の咳は嘘の様に納まりました。

 どうやら、妻なりに何かを感じ取っていたらしいのです。

 心霊スポットに行くと気分が悪くなったり、体調が悪くなってそれ以上先に進めなくなる人がいると聞いた事があります。

 恐らくそれは、その方を背後で守って下さっている守護霊が『行くんじゃない』と引き留めているからだと思います。

 恐らく、妻の場合もそうなのだと思います。

 家でも何かと起きていた頃だったのですが、妻は家ではむせる事はありませんでした。

 と言う事は、相当ヤバいものがあの場所にいたのかもです。

 私には、そこまではっきりと診断できる力は備わっていないので、はっきりとは言えませんが。

 何分、人の出入りの多い所と言うのは、こういう事もあるんでしょうね。

 その建物や土地に何の縁も所縁も無くても、たまたま人を介してってのもあるでしょうし。

 その後、他の場所で同様の事例は起きていませんが、旅行とかに出かけても、もし妻がむせ始めたら、それ以上先には行かないようにしようかと。

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