第65話 御堂

 これは、私が大学生時代に体験したお話です。

 当時、私は関西地方の某大学に通っており、一時期学内のサークルに入っていました。

 その時のサークルの部員達と日帰り旅行に出かける事になりました。と言っても、サークルの活動内容が京都や奈良中心の歴史に関わるものでしたので、その調査を兼ねての小旅行でした。

 ただ、その時の行き先ですが、今となってははっきりとは覚えていません。奈良だったか、京都だったか・・・まあ、どちらにせよ、文字に起こす際には今までの様にぼやかすつもりでしたのでご勘弁を。

 その日、立ち寄ったのは何処かのお寺でした。大きな伽藍がいくつかありましたので、そこそこの大寺院だったと思います。

 因みに、神社は拝観料を収める所は稀ですが、大きな、それも観光地の寺院ですと必ずと言ってよい程、拝観料を納めなければなりません。これって何故でしょうかね。

 こんな話を持ち出すと、せこいと思われるかも・・・いやいや、それどころかばちが当たるかもですが。

 その日、寺院の中を散策していたのですが、途中でみんなとはぐれてしまい、私と先輩のSさん二人だけになってしまいました。

 因みに先輩は私より二年上の男性で、武道経験があり、見た目は怖いのですが、男気のある方でした。これが女性の部員の誰かだったら・・・などと邪な考えが一瞬過ぎったりしましたが、見事にそこを先輩に見抜かれ、いじられながら参道を進むという、ある意味精神修行の御時間となってしまいました。

 その日も、他の部員とはぐれたにもかかわらず、特に気にしていないようでした。  

 すぐに合流すべきかときょろきょろ周囲を見回す私を制し、『自分達がいないのに気付かず行く他の連中の方が悪いんや、のんびり行こう』というスタンスで気ままに進撃を続けます。

 メインの参道を外れ、小径に入った時、不意にSさんが歩みを停めました。

「あれ、何と思う? 」

 Sさん

が指差す方向には、小さな御堂がありました。

古びてはいましたが、そう言った意味では味のある建築物でした。

 木々に囲まれて建立されたその御堂は、古寺の雰囲気満載のわびさび的な情緒豊かな風情のある風貌を湛えていました。

「ちょっと見に行こうや」

 Sさんに言われるままに、私は彼と共にその御堂に向かいました。

 が、その時、何となく意識にブレーキがかかるのを感じました。

 行くのはまずいかもしれない。

 でも、Sさんはそんな私の心情を察する事無く、ずんずん御堂に向かって進んで行きます。

 そうなると、先輩に従わなければならないところが後輩の辛さです。

 当時の大学生にとって、先輩の存在は神以上でしたから。特に部活やサークル活動をやっていれば、その所属内でのヒエラルキーは明確なピラミッドそのもので絶対でしたね。今の時代はどうなのかは分かりませんが。

 やがて私達は御堂の前に到着しました。

 御堂は障子戸が閉じられていましたが、その一部に故意に開けられた穴(空気穴? )が開いていましたので、中が覗けるようになっていました。

 Sさんは早速その穴から中を覗くと、眉間に皺を寄せて私に向き直りました。

「ちょっと中を見てみ」

 Sさんの表情から、余り良くない感じを悟ったのですが、断る訳にもいかず、私はやむなく穴から中を覗きました。

 するとそこには、幾段もの棚が壁にしつらえてあり、その棚には小さな白い壺がびっしりと収められていました。

 また、そのそばには、『水子供養』と白い紙に書かれた看板が立てらえていました。

 そうです。

 ここは納骨堂だったんです。

 それも、水子の。

 背筋にぞくぞくっと冷たいものがはしります。

「ここヤバいぞ。行こうや」

 先輩はそう言うなり、いきなり駆け出しました。

 私に中を覗かせておいてヤバ委は無いだろうと思ったのですが、そこは先輩後輩の関係ですから、文句も言えません。

 私も先輩の後を追い、駆け出しました。

 程なくして、私達は主力部隊と合流、同期の友人にさっき見た納骨堂の話をしました。

「おいおい、それってあんまよくねえな。ちゃんと謝ってきた? 」

 友人が呆れ顔で私を窘めます。

 いけない。謝ってない。

 Sさんの後を追って、何も考えずに駆け足でその場を去ったので。

 其れを友人に話すと困ったような顔を浮かべていました。

 その日、遅くに寮に帰り着いた私は、シャワーを浴びるとすぐに布団に潜り込みました。学生寮ですが、門限が無かったのでこの点は自由気ままでした。

 翌朝、私は不意に目が覚めました。

 体が動かないんです。

 四肢は突っ張ったまま硬直していましたが、かろうじて眼だけは開けることが出来ました。

 私は無理矢理こじ開けた目で、周囲を見渡しました。

 部屋は既に明るく、夜が明けてからかなり時間が立っているようでした。

 その時、目線の上方に何やら蠢くものが。

 黒、わさわさした塊が二つ、天井付近を漂っています。

 あれは何?

 ひょっとして、昨日の昼間に覗いた御堂の・・・


 ごめんなさい

 ごめんなさい

 ごめんなさい

 

 私は必死になって謝罪しました。

 言葉には出せなかったので、そう心の中で祈り続けました。

 その刹那、私はもう一つの存在に気付きました。

 私は驚愕に眼を見開きました。

 私の傍らでじっとこちらを覗き込む人影があったのです。

 友人でした。

 昨日、納骨堂を覗いて逃げ帰った私を窘めたあの友人が、心配そうな表情で私を覗き込んでいるのです。

「え、何? 」

 私は呆然としたまま、彼を見つめました。

 不意に、体が弛緩。

 金縛りが解けた。

 同時に、視界が闇に沈む。

 枕元の目覚まし時計を見ると、針は深夜二時を示している。

 私は体を起こしました。

 今のは、何だったんだろう・・・。

 夢だったのだろうか。

 その後、再び眠りにつきましたが、今度は本物の朝まで何事も起きませんでした。

 翌日、その友人に話すと、何か憑いて来たんじゃないかと心配そうに答えました。

 その友人は特に霊感が強いとかは無いのですが、今思えば、何となく彼の生霊が私を救ってくれたような気がします。

 因みに、Sさんにもその話をしたのですが、特に何も起きなかったとの事。

 やはり、先輩強しです。


 

 

 

 

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