第49話 お久し振りです
これは、私が入院中に体験したお話です。
症状は大したものではなかったですが、一カ月間程入院生活を送った事がありました。
最初は大人しくしていたのですが、半月を過ぎると、暇なときは病院内をうろうろするようになりました。
売店までお菓子を買いに行ったり、待合室で新聞や雑誌を読んだりと。
昼間だけでなく、夜にも病院内の自販機に飲料を買いに行ったりしていました。
何か、不思議な事が起きるんじゃないかと。
でも、期待外れ? でした。
全く何も起きませんでした。よく病院関係の怪談で語られるような黒い影は見ませんでしたし、車椅子が勝手に動く事もありませんでした。
怖かったと言えば、点滴中の男性の患者さんが、勝手に点滴の針を外してトイレに行ったものだから、血液が廊下やらトイレの床やらにあちこち点々としててビビった事がありました。
その方、女性の看護師さんにやんわりと叱られていましたね。どうやら絶対安静だったようで、トイレの時はナースコールで呼ぶように言われていたみたいです。
ある日の事です。その日も暇だったので、昼間、病院の売店に買い物に向かいました。
その後はすぐに病室には戻らず、ぶらりと気ままに病院探索です。待合室は大勢の患者さんでいっぱいだったので、そこを過ぎて脇の通路に入りました。
こちらはCT室とかが続いており、余り人通りが無い上に、丁度病院の中庭が良く見えるんです。
中庭には手入れの行き届いた花壇があり、季節の花が植えられていて、見る者を和ませてくれます。
「あれ? 〇○さんじゃないの。どうしたの? 」
不意に、背後から誰かに呼び止められました。
振り向くと、そこには懐かしい初老の男性の顔がありました。
Fさんです。
彼は、私が務めている会社の元従業員で、確か何年か前に定年になって退職されたはずでした。
「お久し振りです、お元気そうですね」
病院で再会して、お元気そうも何もあったもんじゃないんですが。
「〇○さん、入院しているの? 」
私が病院服を着ていたので、Fさんはそう察したようでした。
「ええ、実は・・・」
私は入院する羽目になったいきさつをFさんに話しました。
「そりゃあ、大変だったね。まあ、体には気を付けてくださいね」
「有難うございます。Fさんもお元気で」
私は彼に会釈をすると、彼は笑顔で立ち去って行きました。
ふと、その時、私はある事を思い出しました。
Fさん、もう何年か前に亡くなっていたんです。
確か、自ら命を絶って。
私は慌ててFさんの後を追いました。
が、彼の姿はもうどこにも見当たりませんでした。
Fさんの事は、以前、会社で人から聞いた話なので、私の聞き間違いだったのかもしれません。それに、彼の姓はこの地域では非常に多く、別の方の事を言っていた可能性も無きにしも非ずです。
私の勘違いであって欲しい――心から、そう思いました。
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