第48話 親子

 これは、私が大学生の時に先輩から聞いたお話です。

 その日、先輩は夜遅くまで研究室で卒業研究に取り組んでいました。

 当然の事ながら、先輩のいる研究棟には彼以外誰もおらず、静まり返っています。

 不意に、先輩は手を止めました。

 突然の耳鳴り。

 体が硬直して動かない。

 金縛りです。

 余りにも思いも寄らぬ出来事に驚愕しながらも、彼は不穏な気配を感じたそうです。

 何か、いる。

 研究室のドアから、何者かが覗き込んでいる。

 先輩はドアに背を向けて座っていたので、実際には見えてはいない。

 でも、明らかに気配を感じる。

 親子――母親と子供だ。

 直感的にそう感じたそうです。

 ふっと体の硬直が弛緩する。

 金縛りが解けた――と同時に、ドアに視線を向ける。

 誰もいない。

 その時には、先程まで感じていた異様な気配も無かったそうです。

 その後、私も先輩と同じ研究室を志望していたので、時折その部屋に出入りするようになりました。

 ある日の夜、私は用が有ってその研究室に立ち寄ることになりました。どんな用だったかは忘れましたが。

 当時、学生寮が研究棟の近くでしたので、行こうと思えばいつ何時でも出入りは自由でした。今思えば、セキュリティ―的にどうかとは思いますよね。

 研究棟に入り、目的の研究室を目指します。

 階段や廊下は非常灯が付いており、特に気味悪さはなかったですね。

 目的の研究室に到着。

 不思議なんですが、何故かこの部屋だけ、いつもドアが開けっ放しになっていたのを記憶しています。

 部屋に入り机に向かった刹那、突然の耳なり。

 背後に気配。

 振り向き、ドアの方を凝視する。

 誰もいない――否。

 一瞬、残像のようなものが、ドアの陰に隠れました。

 それも、一人じゃない。

 二人いた様な気がします。

 先輩みたいに金縛りには襲われなかったので、私はすぐにドアに駆け寄りました。

 誰もいません。

 勿論、人の気配も無し。

 誰かが私を脅かそうと思って悪戯した訳ではなさそうでした。

 結局、正体を見極める事は出来ませんでしたし、その後も調べる事はありませんでした。

 まず、その部屋にはいる事が二度とありませんでしたから。

 何故かって?

 志望していた卒業研究のテーマを土壇場で変更したんです。

 あの部屋を使わなくて済む様に。


 




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