第42話 光るもの
これは、私と家族が体験した出来事です。
ひょっとしたら、お化けの類じゃないかもですが。
私が単身赴任生活をする前までは、夕食後に家族で近所を散歩していました。
散歩と言うより、ウォーキングですね。結構速いペースで歩いていましたから。
私の家は郊外にある為、少し歩けば田園風景が広がっています。
車の通りが少ない為、夜でも安心して歩けるのです。
が、街灯が少なくて暗く、少々物寂しい感じはします。
自然豊かな環境だけに,虫や蛙が苦手な方はちょっときついかもです。
その日も夕食後、私達はお決まりのコースを歩いていました。
日は既に沈んでおり、濃紺色のヴェールに覆われた夜空には星が瞬いています。
民家から離れ、水田と畑に挟まれた道に出た時、それは起こりました。
突然、妻と息子が歩くペースを速めたんです。
どうしたんだろう、急に。
私も負けじとペースを上げます。
すると、今度は二人とも駆け出しました。
私も二人の後を追っ掛け、走りました。
元々走るのは得意な方です。でも、食後ということもあって、思うように走れません。
胃の中が激しくシェイクされる不快感に堪え、ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら走り続けました。
漸く百メートル程先の街灯の下まで来て、二人は立ち止まりました。
全力疾走だったのか、二人とも肩を上下させながら大きく呼吸を繰り返しています。
「どうしたの? 急に走り出して」
漸く二人に追いついた私は、息絶え絶えに成りながら妻に問い掛けました。
「どうしてって!? 気付いてないの? 」
妻は驚いた表情で私を見ます。
「何、気付いてないって・・・」
私は恐る恐る妻に尋ねました。妻の狼狽振りに、只ならぬものを感じたのです。
「お父さんの後ろに、変なのがいたんだ」
息子が、緊張した面持ちで、乾いた唇を引き剥がしながら躊躇い気味に呟いたんです。
「変なのって? 」
慌てて今走ってきた道を振り返りますが、そこには何もいません。
「もういないよ。光の珠みたいなやつ。ちょっと歪な形していたけど」
と、妻が答えます。
「光の珠って・・・人魂? 」
「人魂にしてはちょっと変。見てたら色が変わってたし」
妻はそう言うと、スマホのアプリをタッチ。
「動画撮ったから見せてあげるよ」
得体の知れないものに恐怖しながらも動画を撮っているなんて・・・凄い。
私は妻の機転に感心しながら、スマホを覗き込みました。
暗闇に、微かな光が少し上下しながら移動しているのが見えます。。
これは私です。スマホの画面を見ながら歩いていたから、画面の灯りが闇に浮かんで見えるんです。
歩数をカウントして、そのポイント数で懸賞に応募出来るアプリを見ていたんです。
夜の農道ですし、一般の車は進入禁止となっていますから、まあ危険と言えば水田に足を突っ込みそうになるくらいです。でも、歩きスマホは良くないですね。音源はミュートにしていたんですが・・・反省です。
でも、妻が見た光の正体が分かった気がします。
たぶん、私のスマホの光を見て、勘違いしたんでしょうね。
「まだだよ、これからだから」
私の考えていた事を察したのか、妻がすかさず釘を刺しました。
昔から勘が鋭いんですよね。
私が心に思った事、大体見透かされてしまいます。
しばらく見ていると、不意に赤っぽい光の珠が画面の右手から映り込んで来るのが見えました。
「これに気付いたから、動画を取り始めたのよ」
妻が恐る恐る画面を指差します。
光の珠は、私の背後まで来ると、かなりの至近距離まで近づいてきていました。
不思議な事に、最初赤っぽかった光が、紫、青と時折色が変わるのです。
が、動画はここまででした。
得体の知れない不気味な光の珠に恐怖を覚えた妻が、撮影を中断して逃走したからです。
「全然気付かなかったの? 」
「うん、足音も何もしなかったし」
「宙に浮いているから足音はしないでしょ。それに、動画にはっきり撮れるくらいだから、結構明るい光だったと思うよ」
妻が、呆れ顔で私を見ました。
「でも、ぞくぞくっともしなかったし、何も感じなかったな」
突然、早足から疾走に移った妻達に気を取られていたせいもあるのか、背後に気配は全く感じられなかったのです。
「ひょっとしたら、UFOだったりして」
「まさか」
私は思わず首を傾げました。
「分かんないわよ。だって火の玉があんなに色が変わる? 」
私の反応が不服だったのか、妻はふくれっ面で私を睨みつけます。
その日の散歩はそこで中断しました。
またあの妙な光が現れるかもしれなかったからです。
私としては正体を確かめたい気持ちもあったのですが、怯える妻の意見に同意する事にしました。
結局、以後散歩はお休み。
その間、私や家族には特段変わった事は起きず、平穏な日々が過ぎて行きました。
それからしばらくしたある日の夜、花火大会があるというので、久し振りに散歩に出る事になりました。
打ち上げ場所からはかなり離れているのですが、遮るような障害物が無いので、外に出ればよく見えるんです。
昔は打ち上げているそばまで見に行ったのですが、人出が凄い上に道も渋滞になるので、最近はもっぱら遠方からの鑑賞です。
私も妻も、元々人の多い所が好きじゃないので、今のスタイルが一番落ち着けるんですよね。
私達は家を出ると、民家から離れ、農道の方に向かいました。
と言っても、例の光るものを目撃した場所とは正反対の方向です。
夜空に花火が刹那の華を咲かせ、散っていきます。
打ち上げ場所からかなり離れているせいか、音は、花火が開いた後に遅れて聞こえます。
それはそれで趣きがあります。。
華やかな現実を一歩退いて垣間見ているかのような、何となく俯瞰で今を見つめ直している感覚に囚われのです。
不意に、一筋の光が視界を過ぎる。
何だ?
サーチライト?
振り向くと、私達の驚き振りを察したのか、其の光源の主はライトをOFF
刹那、カラフルな光が私の目に飛び込んで来る。
赤、青、紫・・・更に点滅までしている。
まさか、あの時の?
「ちょっと見て来る」
「え、やめておいた方が――」
妻の制止を振り切り、私はその光のもとに駆けだした。
その正体を暴く為に。
ていうか、この時既に正体は分かっていた。
正確には、その光を両眼に捉えた瞬間に。
距離にして、百メートル位か。
息を荒げながら私が駆け寄ると、サーチライトの主はきょとんとした顔で私を見ていました。
この近所では見かけない、五十代位の眼鏡をかけた温和な面立ちの男性でした。
そして。
彼の足元には、華やかなイルミネーションの首輪をつけたわんちゃんが、しっぽを振りながら右往左往していましたのです。
そう。
光の正体は、わんちゃんの首輪だったんですよ。
「変わった首輪ですね。遠目に見てたらUFOに見えて、驚いて素っ飛んできたんですよ」」
私は息を整えながら、彼に話し掛けました。
「はっはっはっ! 確かにそうですよね。まあ、これだと目立つから、何処かに行ってもすぐに分かるんですよ」
彼は眼を細めると、嬉しそうに笑いました。
私は彼にお辞儀をすると、妻の元に戻りました。
「分かったよ、この前の光の正体は犬の首輪だった」
「えっ! そうなの? そうならいいんだけど・・・もし本物のUFOだったらどうするのよ」
真実を知ってほっとしながらも、妻は私の軽率な行動を叱責しました。
まあ、それだけ心配してくれているという事は有難いですよね。
「こっちではもっと凄い事があったのに・・・」
と、妻が、残念そうに呟きました。
「え、何があったの? 」
妻の意味深なその一言が気になります。
「見たのよ。本物のUFO」
妻が得意気に目を輝かせました。
「えっ? マジでか!? 」
「あなたが走って行っちゃった時、空に変な動きをするのがいてさ。見てたら消えたのよ」
「飛行機じゃなくて? 」
「違う違う。飛行機じゃない。流れ星でもない。真っ黒けの球みたいなやつ」
興奮気味に話す妻の言葉に、偽りは無さそうでした。
私が偽物のUFOを追い掛けている間に、本物が飛んで来たなんて・・・。
私も目撃するチャンスがあったのに、残念!
口惜しい想いをしつつも、光の一件を解決出来た事にはほっとはしていました。
その時は。
そうなんです。後で考えると、妙なんですよね。
私が駆け寄ったわんちゃんは、膝下位の大きさだったのですが、あの時の光はスマホの光とほぼ同じくらいの高さ――少なくとも、私の腰よりかは上だったのです。
もし、花火の時とは別の、それも大型犬だったとしたら、辻褄が会うかもですが、そうであれば流石に足音と息遣いは分かると思います。
あの時、そう言ったものは全く聞こえませんでしたから。
それに、わんちゃんなら走れば追っかけて来そうですし。
ましてや、在り得ない事に僅かな時間の間に忽然と消え失せていましたし。
残念ながら、動画にはその瞬間は映ってはいませんでしたが。
あれって、いったい何だったのでしょうか。
その後、散歩は再会したのですが、結局あの光とは遭遇していません。
やっぱりわんちゃんだったのですかね。
別件ですが、この時の体験を元に、現代ファンタジー的なお話を描き上げています。簡単に言うと、タイトル其のままでおっさんが地球を救うといったお話なんですが・・・よろしかったらどうぞ。
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