第41話 エアコン
これは、息子が高校生の時の体験談です。
季節は夏。
外は肌を刺す様な強い日差しですが、教室はエアコンがついているのでいたって快適でした。
私の学生時代はそんな優遇措置は取られておらず、額に噴き出る汗を手の甲で拭いながら、下敷きを団扇替わりにして涼をとるのが暑さへの対抗手段でした。
実に裏山口惜しい。
でも、私が高校生の頃は、今みたいに呼吸が出来ない程暑くは無かったような気がしますから、地球温暖化故にやむ負えないのでしょう。
今の時代の夏の暑さは異常ですから、昔の根性論なんか通用しませんよね。
一つ間違えたら熱中症で死んじゃうこともある訳ですから。
昔の価値観で今を語るのは良くない事です。
反省。
さて、その日も息子は快適な環境の中で、授業を受けていました。
教鞭を執る教師の声、それを筆記する生徒達のシャープペンシルの音、黙々と任務を遂行するエアコンの排気音・・・理想的な授業のワンシーン。
ですが、息子は妙なものに気付きます。
エアコンの下に、突然黒い影が現れたのです。
それは、やがて人の形に形状を成していきます。
長身の男性。顔は見えないものの、その体躯の醸す雰囲気から息子はそう察しました。
勿論、この世のならざる者です。
息子は、じっと影を見つめました。
背の高さが半端ない――彼は、驚きを隠せぬ表情で、じっと影を見つめました。
教室って案外天井高いですよね。それ故に、エアコンの室内機もかなり高い位置に設置してあります。
黒い影ですが、その室内機に届く程の長身だったそうです。
天井までの高さは、およそ三メートル強。
でも、不思議な事に、自己主張が半端ない割には、全く何も仕掛けてこないのです。
反対に、其れも不気味といっちゃ不気味です。
誰一人騒ぎ立てていないことを見ると、教室の中で影の存在に気付いているのは、恐らく息子だけのようです。
唯一息子が存在に気付いていることを察していないのか、影は全く彼に関心を示さず。
大抵、自分の存在に気付いていると知ったら、その手の者達は思いをぶちまけようと執拗に絡んで来るのですが、その影の存在はちょっと異質でした。
ただただ、エアコンの前に立ち続けているのです。
息子もその影が害の無い存在とふんだらしく、その動向を眼で追い続けました。
不意に。
影が動きました。
生徒達が座る机と机の間を擦り抜け、移動し始めたのです。
真っ直ぐ、息子の方へ。
まずい。
感づかれた。
息子の意識に焦燥の波紋が広がる。
影は単に彼の存在に気付かなかっただけなのだ。
確実に近付いて来る黒い影。
息子は息を潜めた。
これから彼に襲いかかる霊障を覚悟しながら。
耳鳴り。頭痛。金縛り・・・それだけで、済めばいいが。
迫場る影。
距離が縮まって来る。
目の前を通過。
出て行った。
息子は愕然とその影の行方を眼で追う。
いない。
黒い影は息子の席の前を抜け、其のまますぐ横の廊下側のドアから出て行ったのです。
結局、その黒い影は息子に少しも関心を示しませんでした。
いったい、何をしたかったのでしょう。
涼みに来た――そう言ったところで、肉体を伴っていない霊が寒暖を感じる事が出来るのか。
ひょっとしたら、夏イコール暑いというイメージから、生前の記憶で行動しているだけなのかも知れません。
どちらによ、あの影は、結局通りすがりの害の無い存在だったと推察します。
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