第39話 いる・・・

 これは、息子が大学生の時に体験したお話です。

 その日の朝、目を覚ました彼が、ベッドから起きようとした瞬間、全身の筋肉が硬直状態に陥りました。

 またか。

 それも寝起きに。

 彼は不満気に顔を顰めました。

 彼には恐怖心は皆無でした。

 慣れというのは恐ろしいもので、頻繁に金縛りを経験している彼にとっては、それは日常茶飯事的なものに過ぎませんでした。

 積み重ねた経験値の高さ故に、その現象を冷静に捉える精神力を備え持つ程になっていたのです。まあ、私もそうなんですが。おっと、ちょっと大げさな言い方だったかもです。

 霊能レベルで行けば、自力で見れない祓えないと言った初心者クラスですから、余り調子に乗っちゃいけないですよね。

 反省です。

 脱線して申し訳ない。息子の話に戻ります。

 息子はその日も金縛りを齎す存在を確認しようと、かろうじて動く眼をこじ開けました。

 いた。

 枕元に黒い影。

 正座して、顔を覗き込んでいる。

 お婆さんでした。

 顔は体同様真っ黒な影に埋もれており、目鼻立ちは確認できず、判別できるのは輪郭だけでいた。

 ただ、かろうじて確認出来るそのシルエットと影が醸す気配から、お婆さんだと察したようです。

 でも、彼が知っている人物の中に、その影と一致する者はいませんでした。

 にもかかわらず、不思議と恐怖心は無かったのです。

 黒い影と言えば、彼の経験上、危害を加えようとするものがほとんどでした。

 ですが、このお婆さんの影は、過去に対峙したものとは醸す雰囲気が全く異なりました。

 気持ちが安らぐのです。

 見知らぬ、それこそ得体の知れない存在なのに、不思議と心が安堵に包まれるのです。

 いつまでもこのままでいたい――そんな、不思議な感覚に彼は包まれていました。

 その黒い影は、体に入り込もうとか、あちらの世界に引き込もうとする素振りは一切なく、何か話しかける訳でもなく、ただじっと息子の顔を覗き込むだけでした。

 優しく見守っている。

 そうともとれる感じでした。

 やがて、金縛りが解け、束縛されていた全身の筋肉も自由を取り戻しました。

 お婆さんの影は消え失せていました。

 彼は、今まで感じた事の無いその存在に戸惑っていました。

 心地良い良い安らぎと、この上ない優しさ。

 お婆さんの黒い影から感じられたのは、この二つでした。 

 御先祖様なのか。

 それとも、生前愛おしく思っていた孫と息子が同じ位の歳や風貌だったので、通りがかった際に立ち止まり、懐かしさの余り見入ってしまったのか・・・。

 どうなんでしょうね。 

 


 

 

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