第37話 ずん

 これは、かなり前に私が体験したお話です。

 息子の所属する部活で、親子合宿がありました。

 特別なトレーニングをする訳ではなく、それも同学年の親子だけでの、どちらかと言うと親睦を深める会でした。息子の学年は仲が良く、それも有ってか親同士も良好な人間関係が築かれており、多くの家族が夫婦で参加していました。

 場所は、口外のキャンプ場に併設されている宿泊施設。と言っても、ホテルの様な豪奢なものではなく、大部屋での雑魚寝。勿論、お母様方は別部屋です。

 季節は冬。

 確か、忘年会も兼ねた行事だったと思います。

 会場に向かう途中、近くのキャンプサイトで冬キャンプを楽しんでいるグループがいました。

 食事会――親は、宴会ですね――の最中、ある親御さんとその事が話題になりました。

「あれ、ヤバいよね」

 その親御さんが、意味深な笑みを浮かべます。

「分かる? 俺もそう思った」

 私は彼に同意し、頷きました。

 キャンパー達がテントを設営した場所ってのが、ちょっと・・・。

 まあ、出るって噂の場所なんですよ。

 私が務める会社の方で、子供会か何かの行事でその場所でキャンプをしたそうなんですが、一晩中テントの周りを歩き回る足音がしていたらしいです。

 外を見ても何もいないのに・・・。

 因みに、昔、近くの公衆トイレだったかで女性が殺害された事件があったという話を聞いた事があります。

 事実かどうかは分からないですが。

 食事が終わり、親の宴会も終焉を迎え始めた頃、妻が私を呼びました。

 翌朝の食事に使うお米が足りないから持って来てくれないかと言うのです。

 幸い? 私はお酒の飲めない体質なので、勿論アルコールは一切口にしてません。

 それに、この時間だと店も開いていないから、家から持って来るしかないとの事。

 参加者の中で、ここから一番家が近いのは我が家ですし、まずシラフなのは私一人。

 選択の余地無しです。

 私は快く引き受けると、家に向かって車を走らせました。

 途中のキャンプサイトで灯りに浮かぶテントが見えましたが、なるべくそちらは見ない様にして車を走らせます。

 家に到着。留守番を頼んだ他の息子に声を掛け、米を車に積み込むと、再び車で夜道を走ります。勿論、安全運転で。

 宿泊施設に帰り着くと、建屋はひっそりと静まり返っていました。

 私はお米の入った袋を手に、車を降りました。

 橙色の照明に照らされ、建物の白い外装が闇に浮かび上がってます。

 鉄筋コンクリート製の真新しい二階建てのその建造物は、一階が資料館と事務所のなっており、二階に宿泊所を兼ねた多目的ルームがあり、そこそこの利用者がいるようです。

 見た目は勿論、不気味さはありません。

 が。

 私は、歩みを停めました。

 何か、違う。

 さっき、ここを出た時とは、明らかに空気が違っていました。

 自然に囲まれた林間特有の、夜の澄み切った空気とは異なる、何か張り付く様な妙な気配。

 それと明らかに異なったのが、視界が少しぼやけて見えるのです。

 霧が出てきたわけではないのに。

 否、霧とは違う。

 照明の光が、ちかちかと異様に乱反射しているように見える。

 おかしいのは、私の眼?

 でも、確実に感じる。

 誰かが、見ている。

 濃厚な夜の闇に植え付けられた畏怖が醸す錯覚――なのか。

 正面入り口から建屋に中に入る。

 階段を上り、二階へ向かう。


 ずん


 突然、悍ましい寒気が肩から背中へと駆け抜ける。

 肩が、急に重くなる。

 まずい。

 何かを背負っちまった。

 小刻みに息を吐く。

 前に、SNSで見た事がある、簡単な除霊法。

 小刻みに息を吐きながら、意識を統一。


 来るんじゃねえ。

 俺には何も出来無いからな。

 

 漸く、肩の重みと悪寒が消える。

 周囲に意識を張り巡らせる。

 いない。

 どうやら、うまくいったらしい。

 妻にお米を手渡しましたが、この事は内緒にしておきました。

 怖がらせてもよくないですし。それに、話をした結果、怯える事で反対にその手の輩を引き寄せてしまいそうですから。

 今回もそうなんですが、私は姿を見た訳じゃないので、詳細については何とも言えません。

 ただの錯覚かも知れませんし。

 出来れば、私の勘違いであって欲しいです。

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